【6】俺の同僚
戦闘描写的なものがあります。苦手な人はご注意ください。
俺と同じ王の騎士であるクライスは、俺の幼馴染であるベネの兄だ。
初めて出会ったのは、10歳のとき。
クライスは極度の恥ずかしがり屋らしく、いつも被り物をしていた。
――事故で行方不明になっていた兄様が、記憶喪失になって帰ってきたんだ。
ベネは、クライスをそう俺に紹介した。
俺はベネの兄だから、仲良くしてやろうと思った。
けどクライスときたら、何かと俺に嫌がらせをしてくる。
ミサキといると引き離そうとしてきたり、人が親切で記憶を取り戻そうとしてやってるのに、その度に馬鹿じゃないのかとダメだししてくる。
そういうわけで俺も喧嘩腰になり、いつも嫌がらせの応酬をするような仲だった。
騎士学校に入る少し前、クライスの顔を初めて見た。
弟のベネと同じ、黒髪黒目。
先祖にトキビトがいるらしく、その色を受け継いだらしい。
けどベネと違って、クライスはミサキやヤイチさんと似たような肌の色で、似た系統の顔立ちをしていた。
俺も15だったし、昔の事は忘れて仲良くしようぜと友好的な態度で接した。
けれど、クライスはいままで以上に、何かと俺につっかかってきたのだ。
騎士学校で同じクラスになって、何故か俺はクライスと組む機会が多かった。
その度に絡まれ、これくらいできないでどうすると煽られて、喧嘩をする。
そんなことの繰り返しで、何故クライスはこんなにも俺を目の敵にするのかと、不思議に思っていた。
しばらくして、俺はクライスの妹であるベアトリーチェと知り合った。
クライスの妹ってことは、幼馴染であるベネの妹という事だ。
だから友好的な態度をとれば、クライスはそれが気に入らないようだった。
クライスは極度のシスコンのようで、俺がベアトリーチェと仲良くしていると、毎回割り込んでくる。
別に、ベアトリーチェに興味はない。
俺はミサキが好きだと周りにも言っていたし、クライスもそれくらいわかっているはずだ。
なのに敵意を含んだ視線を、毎回俺に向けてきた。
騎士学校を卒業した俺は、王の騎士になるための功績を手っ取り早く手に入れようと、戦地へ行った。
何故かその場所には、クライスもいた。
クライスの家はかなり位の高い貴族だ。
わざわざこんな危険なところに来なくたって、すぐに騎士団の幹部になれる。
「なぁ、クライス。お前なんでここにきたの?」
「うるさい。ヴィルトに関係ない」
尋ねればこんな調子で、理由は全く教えてもらえなかった。
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戦地では戦わなくちゃいけない。
その覚悟はしてきたつもりだったけれど、俺は甘かった。
初陣で現場に立てば、敵味方関係なく、そこには死がある。
目の前で繰り広げられるのは、騎士学校の演習にはない殺し合い。
俺は敵を前に、とどめを刺すことができなかった。
「ヴィルト!」
その敵が、起き上がって俺に襲い掛かろうとし、クライスがそいつを切り捨てた。
敵は絶命して動かなくなって、クライスは引きつった声を出し、蒼白になった。
「あ……俺は……」
クライスもまた俺と同じで、人を斬ったことがなかった。
茫然自失となったクライスに、新たな敵が背後から襲いかかる。
「クライスっ!!」
俺はクライスを突き飛ばし、代わりに敵の攻撃を受けて、大怪我を負ってしまった。
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しばらく、俺は寝込んだ。
少し回復した頃に、俺にクライスが食べ物を運んできた。
「なんで嫌いな僕を庇った」
「そもそもは、俺がトドメを刺さなかったから、ああいう事になったんだ。別にクライスを庇ったわけじゃない」
こいつなら、そういうことを言うだろうと予想はしていた。
あらかじめ用意していた言葉を口にすれば、クライスは眉間のシワを増やした。
「馬鹿かお前は!! 死んでたかもしれないんだぞ!」
怒って叫ぶクライスの目には、涙があって。
泣かれるとは思ってなかったから、驚いた。
「なんだその顔は。自分は死なないとでも思ってたのか!」
「いやそうじゃないけどよ。クライスが俺のために泣くなんて思ってなかったから。お前、俺のこと嫌いだろ?」
キッと睨まれてそう返せば、あぁ嫌いだと言われた。
「お前のような向こう見ずなバカは大嫌いだ。お前がいなくなれば、悲しむ人達がいるのをわかってるのか!? ミサキも、ベアトリーチェも、皆お前が帰ってくるのを待ってるんだぞ!!」
クライスに胸倉を掴まれる。
その迫力に、俺は押し黙るしかなかった。
「本当に、僕はお前が大嫌いだヴィルト。何でお前はそう……」
ふいに俺の胸倉を掴む力を弱め、クライスは唇を噛んだ。
「もしかして、お前さ。俺が心配で戦地まで着いてきたのか?」
嫌われてるし、ありえないとは思った。
けれど、俺の言葉にクライスは思いっきり目を見開いて。
それから、誤魔化すように視線を下の方へ向けた。
「……お前が死ねば妹が悲しむ。それに約束したんだ。無事にお前を連れ帰るって」
バツが悪いというように顔をしかめながら、クライスは口にした。
「僕がお前を守るつもりできたのに、守られてたら意味がないんだ。絶対にお前を生かして連れて帰る。だから……絶対に死ぬな」
真っ直ぐに見つめられて強く、でも願うように口にされる。
どう見たってその表情は、俺を思って言ってくれているようにしか見えない。
「言われなくても。お前こそ死ぬなよ。ベネが悲しむし、俺だって嫌だ」
全く素直じゃない。けど、少し嬉しくなって笑いながらそう言えば、クライスはふいっと顔を逸らす。
「何でお前はそうなんだ。いっそ僕を嫌ってくれればやりやすいのに……」
「クライスって、よくわけのわからない事いうよな。そんなに俺に嫌われたいのかよ」
嫌な奴だとは思うけれど、嫌いじゃない。
何故だか嫌いになり切れない。
それがどうしてなのかと、クライスを見つめて、ふと思う。
――こいつって、ちょっとミサキに似てるんだよな。
黒髪黒目だからというのもあるし、顔立ちもかなり近いものがあるのだが、何よりその中身。
クライスはミサキと同じで、うじうじしたオーラが出てる。
嫌いな俺のために戦地まで来る、お人よしな所もそっくりだ。
そう考えて、連鎖的にクライスが弟のベネを褒めるシーンが頭に浮かんだ。
クライスは目線を合わせるために少ししゃがんで、ベネの頭を撫でる。
それを見るたび、俺はミサキと幼い頃の自分の姿を重ねていた。
「お前ってさ、何だかミサキに少し似てるんだよな」
俺の言葉に、クライスは今まで見たことがないほどの動揺を見せた。
目を見開いて、焦ったような顔をしている。
こんなクライスは初めて見た。
「なんだよ、その顔?」
「……べ、別に何でもない。僕はもう行く。食器は後で取りに来るから」
まるで逃げるようにして、クライスは部屋を出て行った。
一体なんだったんだと、俺は首を傾げた。
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ある日、俺は脱衣所で懐中時計を拾った。
戦地であるラザフォード領の城は共同の風呂だったから、誰かが着替えの時に落としたんだろう。
ミサキが持っている懐中時計とよく似たその時計は、手にとってみれば温かく、妙な感じがした。
時計から、気配がするとでも言ったらいいのだろうか。
ミサキが持っている時計は、まるでそれ自体がミサキと同じ気配を帯びている。
この時計からも、似たような気配を感じた。
……これ、トキビトの懐中時計じゃないのか?
何となくそんな気がして蓋を開けば、ミサキの時計とは違って秒針は時を刻んでいる。
けど、この時計には、普通の懐中時計にあるべきものが着いてない。
時計の上部にチェーンをつけるための出っ張りはあっても、時計を動かすために1日1度巻かないといけないリューズというネジ部分がないのだ。
分解して上蓋をあけ、中でリューズを特製の鍵で巻くタイプもあるけれど、上蓋に開ける為の窪みもなかった。
……もしかして、姐さんの時計なんだろうか。
このラザフォード領には、一人だけトキビトがいた。
ラザフォード騎士団の料理人で、隊長の恋人・リサさん。
凄腕の魔術師でもある彼女のことを、俺は尊敬を込めて姐さんと呼んでいる。
この時計は、トキビトにとって大切なものだ。
すぐに渡さなきゃなと考えてポケットにしまったら、騒がしい音を立ててクライスが脱衣所のドアを開けた。
「なんだよクライス。びっくりするだろ」
「……悪い。ちょっと忘れ物をしたんだ」
クライスが妹以外のことでこんなに焦るなんて珍しい。
クライスは、脱衣所の籠を手当たり次第に捜し始める。
その顔は必死で、とても大切なもののようだった。
「俺も一緒に捜してやるよ。何を無くしたんだ?」
「懐中時計だ」
尋ねればそんな事を言ってきたので、ポケットから懐中時計を取り出す。
「これか? さっきそこに落ちてた」
「……よかった。無くしたらどうしようかと思った」
手渡せばほっとしたようすで、クライスは時計を受け取った。
「なぁクライス、それ本当にお前の時計なのか?」
「そうだ」
「でもそれ、トキビトの時計だよな」
クライスには驚いた顔をしたけれど、すぐにいつもの仏頂面になった。
「僕が黒髪黒目で、トキビトと同じ容姿をしてるからそう思えるだけだろ」
「そうじゃなくてさ。それ、リューズがないだろ。ミサキの時計も同じなんだ」
「リューズ?」
「一日に一度巻かないといけないゼンマイのことだよ。そうしないと時計は動かないだろ。何でその時計動いてるんだ? それにミサキの時計みたいに、そいつから人の気配を感じるんだ」
どうやらクライスは、リューズを知らないらしく、首を傾げていた。
常識じゃないのかと思いながら教えてやれば、クライスはふいっと視線を斜め下へ逸らす
こういう顔をするときのこいつは、何か考え事をしてるか困っている時だ。
もう割と付き合いも長いので、それくらいはわかっていた。
「……これはトキビトの時計なんかじゃなく、普通の懐中時計だ」
「でもリューズもないし、変な気配がある。模様もミサキの懐中時計とよく似てる」
俺の汎論に、クライスはしばらく黙り込んだ。
「……トキビトだった僕の曾お祖父さんの時計なんだ」
クライスの祖先はトキビトだ。
珍しいものだし、隠しておきたかったのだと、クライスは言った。
「へぇ? いいのかこんな大事なもの持ってきて。というか、曾お祖父さんってまだ生きてるのか?」
「……それよりもヴィルト。リサさんが呼んでたぞ。早く行かないと、お前の夕食だけマカロニ虫のトマト煮込みになるかもな」
俺の質問に答えず、クライスがそんな事を言う。
マカロニ虫とは、うねうねしていてネバついた触感の魔物だ。
魔物とは魔力を持った生き物のこと。
マカロニ虫は、動く白い巨大な虫といったところだ。
この国には魔物を食べる習慣がないけれど、料理人である姐さんが、魔物を食べる隣の国で暮らしていたトキビトのため、頻繁に食卓に上がる。
虫を食べるなんてありえないし、俺はトマトとネバネバしたモノが嫌いだ。
それを全て兼ね備えたこの料理は、最悪の一言に尽きる。
だったら残せばいいとか、そういうわけにもいなかい。
姐さんが作った料理を残すと、隊長が怖いのだ。
「オレのリサが作った料理を食わせてやってるのに、残すとはいい度胸だな?」
そんな事を言われ、しごかれるのが目に見えている。
クライスの懐中時計も気になったが、そんなことよりこっちの方が一大事だ。
たとえそのメニューにならなくても、姐さんを怒らすと後が怖い。
急いで俺はその場を後にして、すっかりその時計のことは頭から忘れてしまった。
4/11誤字修正しました。
★7/27 微修正しました。
★2016/10/3 読みやすいよう、校正しました。