【5】恋敵との対面
★トキビトシリーズ第4弾「男装令嬢は身代わりの兄に恋をする」のネタバレをある程度含みますが、こっちから読んであちらを読むのもありかと思います。
あちらの完結記念に3話更新予定です。ちなみにクライスは第4弾の相手役です。
「ヴィルト、チサト兄に変なこと言わないようにね?」
「変なことって何だよ。俺はちゃんときっちり説明して、納得してもらってミサキを連れ帰るつもりだ。家族に挨拶もせずに、ミサキを連れてくなんて礼儀知らずなことできるわけないだろ?」
不安な顔をしてるミサキに言えば、それはそうなんだけどと口ごもる。
ミサキは、チサトとかいう従兄弟の男が好きで、振られて傷ついて、俺の住む異世界にやってきた。
ヤイチさんからその事を聞いたのは、ついこの間の事だ。
待ってる家族がいるから、帰らなきゃいけない。
ミサキは昔から俺にそう言っていた。
でも、その家族っていうのが恋した男の事だとは、ずっと今まで知らなかった。
ミサキに俺以外の好きな奴がいたというのは、正直嫌な気持ちだった。
でも、納得はした。
日本に好きな奴がいるから、ミサキは俺の世界を選んではくれなくて、振られているから日本に帰り辛かった……そういうことなんだろう。
ミサキはうじうじ悩んで、そいつのせいで臆病になって、今度は俺の気持ちから逃げ出した。
けど、今のミサキは素直になって、日本にまで迎えにきた俺と、ずっと共にいることを望んでくれている。
未練はきっちり片付けて、またここに戻ってきてしまわないようにするべきだ。
チサトってやつと話をして、言うべきことは言う。
白黒はっきりつけて、ミサキを俺の世界へ連れ帰るんだと、俺は心に決めていた。
――チサトに、ミサキはお前のモノだとはっきり見せ付けて、奪い返してこい。
ふいに、ここに来る直前、同僚のクライスから言われた言葉が頭に浮かぶ。
王の騎士のパーティで、俺と切り結んだルカナン家の子息で同僚のクライス。
祖先にトキビトがいる、黒髪黒目の刀使い。
ミサキがいなくなったことで、俺はあいつに八つ当たりをした。
反省した俺は、ミサキの元へ旅立つ前に、あいつに謝りに行った。
クライスはそんな俺に、チサトからミサキを奪ってこいと言ったのだ。
あいつは事情をヤイチさんから聞いていたんだろう。何故かチサトのことを知っていた。
本気でミサキを連れ戻すつもりなのか。
そう聞かれて頷けば、なら僕と勝負していけと剣を突きつけられた。
どうしてそういう流れになったのか、俺にはよくわからなかった。
しかし、クライスが喧嘩を吹っかけてくるのはいつものことだ。
俺も剣を抜いて、その勝負を受けることにした。
実は、俺とクライスとは幼い頃からの知り合いだ。
クライスは、俺の幼馴染の兄だった。
しかし、何が気に食わないのか、昔から俺に突っかかってくる。
特によく絡んでくるようになったのは、同じ騎士学校で肩を並べるようになってからだ。
何かと喧嘩を売ってきて、挑発してくる。
クライスは、いけ好かない奴だが嫌いではない。
基本的に真面目で礼義正しく、俺以外には親切な優しい奴だ。
融通利かないし、ブラコンな上シスコンだし、方向音痴だし、ミサキといると邪魔してくるような奴だが、それなりに信頼している。
何かとペアを組まされることも多く、戦地では一緒に戦った。
喧嘩はするが、安心して背中を任せられる相手だ。
結局、この勝負は僅差でクライスが勝った。
この日のクライスはやけに強くて、それでいて真剣で容赦なかった。
「まだまだだな、ヴィルト。でもまぁ、この前よりいい面構えになったんじゃないか?」
「何様だよお前。全く相変わらずだな」
そんなこと言いながら、クライスは笑って俺もふっと笑みを返した。
「ヴィルト。僕はお前が嫌いだ」
「はぁ? 何だよいきなり」
そんな事は言われなくても知っていたが、わざわざ本人に言うか普通。
そう思いながら呆れていたら、けどとクライスは続けた。
「でも、ミサキを幸せに出来るのは僕よりもお前だと思ってる」
そのクライスの言葉で、俺はピンときた。
こいつはミサキの事が好きだったから、ずっと俺に絡んできていたのだと。
クライスはいつも、俺が妹のベアトリーチェといると、射殺すような視線を送ってきていた。
俺は全くベアトリーチェに興味がないと言ってるのに、懲りずに絡んでくる。
だから、俺はクライスがシスコンで、妹以外興味ないのだと思いこんでいた。
「お前もしかして、ミサキの事が好きだったのか?」
「――そうだ。だから、お前が今から会うチサトって男に伝言を頼みたい。一字一句間違えずに言ってやってくれ」
まさかと思って口にすれば、クライスは認めて俺に伝言を頼んできた。
クライスからの伝言は酷い内容で、そこまで言う必要はあるのかと、俺ですら思った。
「……それはさすがに酷くないか。一応ミサキの身内だし、目の前で奪っていくにしても礼儀ってものがあるだろクライス。真面目なお前らしくない」
「僕には無理だが、ヴィルトなら問題なく言える。そして一発殴られてこい」
クライスは自分がチサトに言うわけじゃないから、平気でそんなことを言えるのだろう。
しれっとした態度で、そんな事を言った。
「クライスお前他人事だと思ってるだろ」
「そうでもないさ。チサトに、ミサキはお前のモノだとはっきり見せ付けて、奪い返してこい。僕が許す」
顔をしかめた俺の背を、クライスは笑いながら景気づけるように叩いてきた。
クライスとのやり取りを思い返していたら、ミサキの家に着いた。
「くれぐれも、チサト兄に喧嘩は売らないでね」
何度目かになる念を押してから、ミサキは謎のボタンを押す。
どうやらこれが呼び鈴らしい。
しばらくするとドアが開いて、黒髪に黒目で、真面目そうな顔立ちをした若い男が現れた。
「おかえりなさい! ミサキ……そっちの人は?」
そう言って俺に目を向けたそいつは。
――どう見たって、クライスそのものだった。
★2016/10/3 読みやすいよう、校正しました。