【4】彼女の世界と、別れの儀式
※注意※「育ててくれたオネェな彼に恋をしています」の結末部分のネタバレを含みます。あちらを見ていなくても読めますが、もし読んでいないなら「オネェ」の方を読んでから読むことをオススメします。
「育てた騎士」本編を読んでるなら、飛ばしてとりあえず次に行っても大丈夫です。
ミサキの住む日本には、変なものがたくさんある。
地面は灰色をしているし、不思議な建物が多い。
妙な形をした馬車が道を走っているのだけれど、肝心の馬がいない。
ミサキと気持ちを確かめあった俺は、ミサキの生まれ育った場所でデートをすることにした。
「ヴィルト、とりあえずその格好目立つから着替えようか。お金下ろしてくるね」
そう言って、ミサキは建物の中に入って行った。
勝手に扉が開く仕組みらしく、こっちが足を踏み出しただけで扉が開く。
「もうヴィルト、自動ドアで遊ばないの。ここ銀行なんだから、怪しい人だと思って警備員さんきちゃうでしょ!」
つい面白くて何度かやっていたら、ミサキが焦るようにして俺の手を引いた。
――そんなに変な格好はしてないと思うんだけどな。
ミサキの世界がどんなところかよくわからなかったから、とりあえず儀礼用の騎士の格好で来た。
正装で来たのに、ミサキは不満らしい。
コスプレとかよくわからない言葉を呟いて、困った顔をずっとしている。
人目を引いているから、こちらではこういう格好は珍しいんだろうという事は理解できた。
日本に行く前、ミサキと同じ日本からきたトキビトのアカネは、シンプルな家着を勧めてきた。
結局は、チサトとか言うミサキの元想い人に舐められないよう、この格好にしたのだが……アカネの言うことが正しかったようだ。
ただ、ヤイチさんが勧めてきた、あの不思議な形状をした動きにくい服にしなくてよかったと思う。
これこそが、日本の普段着である着物だ。
ヤイチさんはそう主張していたが、あの服を着てる人は見当たらない。
ヤイチさんから聞いていた日本と、ミサキのいるこの世界は大分違っているように見える。
キョロキョロしていたら、ミサキがあそこに行きましょうと、大きな塔を指差した。
そこには服屋がいっぱいあるらしいので、ミサキにつれられるままに歩く。
「ここにはよく来るのか?」
「ううん、初めて。さっき外でお姉さんから店の名刺もらったんだけど、男モノの服もありますよって言ってたから」
「ふーん」
ミサキから名刺を受け取る。
黒地に大きなロゴが入ったカードだった。裏面にはよくわからない文字が書かれている。
「この店じゃないか?」
ロゴと同じ看板を見つけて指差せば、ミサキが店内へ入っていった。
ミサキは真剣に服を選びだしてしまって、ちょっと暇だ。
少し側を離れて店内をウロウロしていたら、店員がすすーっと近づいてきた。
「いらっしゃい! 今日は服を買いにきたの? それともヤイチさんのお遣い?」
親しげに、女が喋りかけてきた。
肩までのさらさらの髪は真っ黒で、小動物のようにくりくりとした目。
年は20代といったところだろうか。
俺は彼女に見覚えがある気がした。
彼女は、何か期待するようなにやにや顔。
それにこのやり取りは、今までに何度もしていたものだった。
けれど、まさかそんなことが……あり得るのだろうか。
「お前、アカネなのか!?」
「正解! こんなところで会えると思ってなかったです!」
きゃーと嬉しそうに、アカネが俺の手を取ってくる。
アカネは、俺の同志であり親友だ。
彼女もミサキと同じトキビトであり、7歳のまま成長が止まっていた――はずだった。
なのに、目の前のアカネは、ミサキよりも年上に見える。
いやそもそもだ。
日本に行く直前まで、俺は向こうの世界でアカネと一緒にいたのだ。
ミサキを連れ戻してこいとアカネに発破をかけられて、俺はここにたどり着いていた。
「なんでアカネがミサキの世界に!? しかも成長してるってどういう事なんだ!?」
「その前に聞きたいんだけど、ヴィルトは王の騎士になったお祝いのパーティで、ミサキが元の世界に帰ったから、連れ戻しにきたんだよね?」
混乱する俺に、アカネが確認をとる。
ここまで知っているなら、彼女が間違いなくアカネ本人なんだろう。
「そうだけど。何がどうなってるんだよ?」
「わたしはね、ヴィルトが知ってるアカネより未来のアカネなんだよ」
アカネによれば、この後俺はあっちの世界へ戻り、ミサキと結婚式をあげることができるらしい。
その少し後に、アカネは望んでないのに日本へと帰されたようだ。
「じゃあ、お前はトールとは離れ離れになったのか」
トールというのは、アカネの想い人であり、彼女を育てた服屋のオネェだ。
アカネは7歳の時にトキビトになって、俺達の暮らす世界へやってきた。
そんなアカネを拾い、育ててくれたのがトール。
彼自身もアカネと同じトキビトで、彼がいつかアカネを日本へ戻すつもりでいたのは、俺も知っていた。
俺達の世界にいる限り、アカネは成長しない。
永遠に7歳のまま、大人になることができないのだ。
アカネの『時』を進めるには、日本へ戻すしかなかった。
親代わりとしての、トールの気持ちはわかる。
けれど、この日本にアカネの大切な人はいない。
たとえ大人になることができても、その代償が大切な人との別れならば――それは辛すぎる。
やりきれない気持ちで、俺は唇を噛み締めた。
「一度は確かに離れ離れになったよ。でもね、ヴィルトのおかげで再会できたんだ」
「俺のおかげってどういうことだ?」
笑顔のアカネに思わず毒気を抜かれ、目を瞬かせる。
アカネは胸のポケットから、1枚のカードを取り出して俺に見せてきた。
この店のロゴが入ったカード。
さっき俺がミサキから手渡されたものと同じ。でもアカネが持っているそれは大分くたびれていて、透明な薄いケースに入れられていた。
「ミサキを連れて日本から戻ってきたヴィルトがね、これをくれたの。次はお前の番だ、お守りだから持っておけってね。それで何か意味があるんじゃないかと思って、わたしこのお店に就職したの」
そしたら、この店の客として、トールそっくりの男が現れたらしい。
それは、トキビトとなる前のトールだった。
アカネどころか、俺達の世界を知らないトールだ。
けれどつい最近、そのトールがアカネの知っている彼になった。
今は幸せいっぱいだというように、アカネはカードを大切にポケットへしまった。
「トールね、わたしを日本まで追いかけてきてくれたの! それでわたしのことを世界1一番大好きだって、側にいてくれって言ってくれたんだよ!」
俺の手をとって、アカネははしゃぐ。
こいつのこういう顔を見るのは、とてもいい気分だった。
けど、一つ気になることがあった。
トキビトは日本という異世界からやってくる。
しかし、そのやってくる時代はバラバラで、もし日本へ戻ったのなら、トールはアカネよりずっと年下の可能性が高いと聞いていたのだ。
「トールはいったいいくつなんだ?」
今度はトールが7歳とかいうんじゃないだろうな。
そんなことを思っていたら、奥の方から見たことのある顔がやってきた。
すっとした目鼻立ちの、20代半ばの男。
茶色のさらさらとした髪は、以前のようにポニーテールではなくて、さっぱりとしていたけれど、それはトールだった。
いつも裾にフリルとか、襟元にリボンのある男のくせに可愛い服を着ていたけれど、シンプルな普通の服を着ている。
「あらやだ、ヴィルトじゃないの!」
黙ってキリリとしていれば、冷たい雰囲気を放つクールな美青年に見えたのに、口を開いてしまえばいつものトールだった。
毎度のことだが、その折角の見た目を台無しにしてるよなと思う。
彼は俺が知っているトールと、変わりないようだった。
アカネが事情を説明すれば、トールはすぐに状況を理解したようだった。
けれど、何故か不機嫌な顔をしていた。
どうやらトールがアカネを追って日本へ行く際に、色々俺がけしかけたらしい。
「あんた、あたしがアカネと再会できるのを知ってて、あんなふうに煽ったのね!? どこで出会えるか知ってたなら、情報をくれたっていいじゃない。かなり苦労したのよ! しかも今日ここで会ってるってことは、俺とアカネが同じ年ってことも、知ってたってことだよな! なのに……あぁもう、腹が立つ!」
トールは何やら怒っている。
しかも後半はいつものオネェ言葉じゃない。こんなトールの様子を初めてみたけれど、俺にはさっぱり身に覚えがなかった。
よく覚えてないというか、これから俺がやるべきことなんだろうと、頭の隅に残しておくことにする。
「……色々世話になったわね、ヴィルト」
一通り落ち着いたのか、トールがそんなことを言ってきた。
「でも、もう安心して頂戴。アカネはあたしがちゃんと幸せにするから」
「トール!」
トールがアカネの肩を引き寄せる。アカネは、本当に幸せそうだった。
「ヴィルト、ありがとね。わたしもヴィルトに感謝してる。どこにいたって離れてたって、ずっと親友だと思ってるから!」
アカネが感謝を伝えるように、俺に抱き着いてくる。
トールが少しむっとした顔をしたけれど、これはしかたないと思ったのか何も言わなかった。
「俺がいなくても大丈夫か? もう振られても付き合ってやれないぞ?」
軽口を叩いてにっと笑うと、アカネが笑い返してくる。
「ヴィルトこそ、ミサキに振られないようにね。わたしも、もう付き合ってあげられないから」
冗談めかして互いに笑う。
「元気でな、アカネ」
「ヴィルトこそ、元気でね」
互いに手をパンと合わせる。
気合をいれるときの、俺たちの恒例の儀式。
アカネの目には少し涙があったけど、その顔は笑みを作っていた。だから俺も精一杯笑い返して、ミサキの元へ戻った。
――幸せにな、アカネ。
遠くから祈る事しかできないけど、きっとお前なら大丈夫だ。
寂しい気持ちはあったけれど、俺は後ろを振り返りはしなかった。
●●●●●●●●●●●●
ミサキが購入してくれた服を着て、街を歩く。
「なぁミサキ。着替えたのに注目されてる気がするんだけど?」
「それはヴィルトが……格好いいからだと思う」
質問したら思いがけない言葉がきて、ミサキを見たらなにやら照れている様子だった。それがちょっと嬉しくて、からかいたくなってくる。
「ミサキ、俺のことカッコいいって思ってくれてんだ?」
「……当たり前じゃない」
照れ隠しなのかむすっとした顔で言うミサキが愛しくて、すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られたけど、ぐっと我慢する。
今日のミサキは素直すぎて、危険だ。
ミサキが怒るだろうとわかっていても、油断すればつい手が出そうになる。
一緒にぷりくらという機械で写真を撮ったり、回転する寿司というものを食べに行ったり。あちらの世界へ戻る時に便利そうな代物を、いくつか見て周ったりした。
それからミサキの両親の墓へ連れていってもらう。
四角く縦長に切り取られた石の下に、ミサキの両親が眠っているらしい。
ミサキの世界へ行ったなら、絶対に訪れると決めていた場所だ。
花を添えて手を合わせる。
「お父さん、お母さん。ミサキは責任をもって、俺が幸せにします」
ミサキと出会えてよかったと思っていることを、ミサキの両親に語りかける。
もしミサキがいなければ、俺はずっと寂しいままで、人に迷惑をかける関わり方しか知らない、嫌な奴になっていたことだろう。
自分のことを見てくれて、叱ってくれる。
それが嬉しくて、ミサキに纏わり着いて。
気づけば惹かれていた。
ちらりとミサキを見れば、瞳を潤ませていた。
いつだってミサキは、しっかりしていて自分に厳しい。
強くあろうと頑張って、弱みを人にみせたがらない。
そんなミサキがほんの少し、俺に見せてくれた小さな隙。あの日初めて、ミサキが泣いているところを見て、俺が守ってやるんだと誓った。
ミサキが、俺の側だけでは強がらなくてもいいように、素直に泣けるように。
そんな場所に――俺がなりたいと思った。
「ミサキ、泣き虫になったな」
ぽろぽろと涙を零すミサキの姿が、たまらなく愛おしい。
こんなミサキの姿を見れるのは俺だけだと思うと、ミサキが泣いているというのに嬉しく思ってしまう。
「これは……ヴィルトのせいなんだから」
「そっかミサキが泣くのも、俺のせいならいいや」
もう少しミサキの泣き顔を見ていたい気もしたけれど、服の裾で涙を拭ってやる。
これから先もこうやって、ミサキの弱いところは俺だけが見ていればいい。
こんな可愛い泣き顔を、他の男に見せる気なんてさらさらなかった。
「ヴィルトと一緒に両親にも挨拶したし、デートもできたし。もう未練はないよ。あっちの世界に帰ろうか」
「帰る前に、もう一つよるところがあるだろう?」
明るく誤魔化そうとするミサキに、笑顔で告げる。
ミサキが俺の世界に来ることになった原因で、日本に残した未練。
ミサキが恋をしていた相手で、年上の従兄弟。
『依存』と『恋』は違うとミサキに言った奴。
俺とそいつをミサキは会わせたくないと思っているようだけれど、一言言ってやらないと気が済まない。
まぁ、つまりは嫉妬だ。
ミサキを振った相手だし、まぁ色々格好悪いことはわかっている。
割り切れるほどに俺は大人ではなかった。
――それに、ミサキは俺が貰っていくんだから、挨拶するのが礼儀だよな?
ミサキは、俺を選んだのだから。
少し好戦的な気持ちを抱きながら、俺はミサキを引き連れて、チサトとやらが待つ家へと足を踏み出した。
「育ててくれたオネェな彼に恋をしています」の完結記念となります。あちらの方での謎が解けたらいいなと思って作りました。
楽しんでいただけたらいいなと思います。
★2016/10/2 読みやすいよう、校正しました。