【3】王の騎士
騎士になるため俺はミサキと離れて、王都に住むことになった。
その直前、ミサキの友人で元屋敷のメイドだったヘレンの結婚式があり、ミサキと一緒に王都まで行く機会があった。
俺はヤイチさんのお世話になることになっていたのだけれど、ミサキはヤイチさんに、ヴィルトをお願いしますとふかぶかとお辞儀した。
ここまでの手配は全部、ミサキがやったものだった。
王の騎士になると決めた俺のために、ヤイチさんに掛け合い、手続きを調べ、書類を揃えて準備してくれた。
そんなミサキの期待に答えようと、俺は改めて思った。
ただ少し気に入らないのは、ミサキが王の騎士にこだわりすぎるところだ。
何でいきなりそんな事を言い出したんだろうと考えれば、その原因はヤイチさん以外に思いつかない。
前に王の騎士であるヤイチさんの強さを、ミサキは見たことがあった。それで惚れてしまったのかもしれないと思うと、物凄くイライラする。
――絶対ヤイチさんより強くなって、いつかミサキの前で倒してやる。
そんな目標を勝手に決めて、俺は王都での生活をスタートさせた。
ミサキに一度会えば、離れたくなくなるかもしれない。
そう思って、俺は王の騎士になるまでミサキに会わないことを決めた。
これがかなり辛かった。
屋敷で働いていた元メイドで、ミサキの友人でもあるヘレンの結婚式。
俺はそこで、子ども扱いしかしてくれないトキビトに恋をしている同士を見つけ、友達になった。
アカネというそいつもトキビトで、見た目は7歳から成長しないけれど、俺とほぼ同じ年。
想い人もトキビトで、トールという女口調の男だ。
正直トールが男として魅力的かと問われればら首を傾げるところだ。
一般的に見て顔はいい方だし、良いやつだとは思うけど、あの喋り方と仕草が全てを台無しにしている。
あれのどこがいいのかと思わなくはないが、アカネが好きなら応援してやりたいと俺は思っていた。
アカネに話すことで、ミサキへの気持ちを奮い立たせて、俺は見事に王の騎士団へ入ることができた。
これでもう、ミサキは俺から逃げない。
そう思っていた矢先のことだった、
王の騎士となったお祝いの日に、ミサキが元の世界へ帰ろうとしたのだ。
あんなに好きだと言ったのに、全く伝わってなかったことに絶望して。
もうミサキの気持ちとか考えるのが面倒になって、無理やり俺のものにしてしまおうと思った。
そうすれば、もうミサキはどこへも行けない。
なんだ最初からこうすればよかったと思った。
ミサキは俺の気持ちが刷り込みで、依存だというけれど、それだっていいんじゃないかと俺は思う。
親代わりや姉弟に、こんな気持ちを抱いたりはしない。
この気持ちにどんな名前をつけたって、結局はミサキが好きという一言でまとめられるのに、わざわざミサキは複雑にしようとする。
もう少しで手に入れられると思ったのに、ミサキはその直前で俺の腕の中から掻き消え、元の世界へと帰ってしまった。
ミサキがいなくなって、俺のしてきたこと全ての意味がなくなって。
折角用意していた部屋も無駄になって、ミサキを捕らえておけなかった自分に嫌気がさした。
目に見えるものを全部消してやりたくて、手当たり次第に部屋やものを破壊した。
物音に気づいた使用人が部屋にやってきて、その惨状に顔面を引きつらせた。
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そのまま、俺はパーティの会場へ戻った。
どこに行ってたんだよなんて、お酒が入って陽気になってる知り合いたちの手を跳ね除けて、パーティに来ていたお客の前で王の騎士を辞退すると宣言する。
あれだけ騒がしかった広間が、シンと静まり返った。
皆の間抜けな顔が、とても可笑しかった。
「それを本気で言ってるのか、ヴィルト!」
胸倉を掴んできたのは、俺と一緒に王の騎士になったルカナン家の子息。騎士の学校でも同期で、何かと俺に対して絡んでくるやつだった。
「あぁ本気だ」
「そうか」
静かに言い放ったら、そいつに殴り飛ばされる。
口の中が切れて血の味がして、本気で殴られたのだとわかった。
「剣を抜け」
そいつは刀を抜いて、俺に向けてきた。
周りがざわつく中、俺は冷たい目でそいつを見ていた。
何を熱くなっているんだろうと思った。
こんなどうでもいいことで。
「一緒にやってきて、認めてやってもいいかとようやく思えるようになってきたのに。やっぱりお前に妹は渡せない!」
こいつの妹とは、ミサキを追いかける直前まで俺に言い寄ってきていたベアトリーチェの事だ。
彼女に興味なんて、全くなかった。
けれど、酷く暴れたい気分だったので剣を抜く。
ルカナン家の子息は、真っ黒な髪に黒い目をしていた。顔立ちも俺達とは違っていて、ヤイチさんやミサキに近い。トキビトのような見た目をしていた。
こいつの先祖にトキビトがいたらしく、先祖返りというやつでこんな見た目をしているらしい。
ミサキと同じその黒が、さらに俺を苛立たせた。
剣を振るえば、そいつは軽く避けてみせる。
速さを重視した、ヤイチさんと似たスタイル。
ルカナン家の息子が使う武器も、剣ではなくヤイチさんと同じ刀で、その型までよく似ていた。
――けど、こいつはヤイチさんより弱い。
何度もヤイチさんと手合わせしている俺には、こいつがどう出るのかがわかった。
刀は横腹を叩けば弱い。
叩き折ってやると力をこめて剣を振り下ろせば、小刀でそれを止められた。
2本使うのかよと思った次の瞬間に、腹に蹴りを入れられる。
普段の剣の訓練ではやらない、喧嘩のような荒い作法だった。
「悪いね。本来は二刀流なんだ」
「へぇ……そうかよ」
口の血を拭い、剣を構える。
上等だと思った。
「やめろ2人とも!」
お客が遠巻きに俺たちを見守る中、止めてきたのは今まで一緒に過ごしてきた騎士団のメンバーだった。
けれど、俺たち2人に敵うものはこの場にいなかった。
戦いの邪魔だと2人して騎士団のメンバーを排除して、続きをすぐに再開する。
「くっ!」
ルカナン家の息子が、俺の一撃を受け止めて小刀を落とす。
何度もそれで防いできたけれど、重い剣撃に耐えられなくなったんだろう。
その隙を見逃すわけもなく、剣を振り下ろす。
けれど、その一撃はそいつには届かなかった。
「あなたたちは一体何をしてるんですか!」
そいつと俺の間に入って、剣を受け止めたのはヤイチさんだった。
額には汗をかいていて、めずらしく焦った顔をしている。
ミサキが元の世界に帰るつもりかもとしれない。
俺にそう教えてくれたのは、ヤイチさんだった。
手分けして探しましょうと提案され、俺が先にミサキを見つけた。
今までヤイチさんは、ずっとミサキを探していたようだ。
「ミサキはどうしたんですか」
その問いかけには答えず、ヤイチさんに対して剣を振るう。
軽くかわしながら、ヤイチさんは全て悟った目で俺を見てきた。
「……八つ当たりですか、ヴィルト。ミサキさんを引き止められなかったのはあなたでしょう?」
「うるさい!」
ヤイチさんはわざと痛いところを付いてくる。
この人の全て知っているかのような顔が嫌いだった。
躊躇いなくヤイチさんに剣を振り下ろしたのに、それは軽くいなされる。
何度剣を振り下ろそうと、それはヤイチさんの体には届かなくて、加えてヤイチさんは一切攻撃してこなかった。
「気が済みましたか?」
「っ!」
疲れて息が上がってきた俺に、ヤイチさんがそんな事を言う。
「あんたが帰る方法を教えなければ、ミサキは帰らなかったんだ!!」
「私が教えなくても帰る時には帰りますよ。それにトキビトは最初から帰る方法を無意識に知ってます。大抵の人は帰りたくないから、気づかないふりをしてるだけです」
俺の叫びに、ヤイチさんはやれやれというように刀を構えた。
「いいでしょう。私が代わりに相手をしてあげます。私も大切な人を引き止めることのできない、ふがいない弟子にお灸を据えたいと思っていたところです」
すっとヤイチさんの瞳が細まって、気配が研ぎ澄まされる。
今までのが本気じゃなかったとわかる圧倒的な強さで、俺は気を失うまで叩き潰された。
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目が覚めたら俺は部屋にいた。
全てがどうでもよくて、ただぼーっと過ごしていた。
時折衝動的に暴れたりする俺を、使用人達が遠巻きに見ていた。
自暴自棄になっていた俺を助けてくれたのは、友達のアカネだった。
「ミサキを連れ戻す方法、探してもないのに諦めないで。ミサキがいないって嘆いてる暇があったら、どうやったらミサキとまた会えるか一緒に考えようよ。わたしに諦めんなって言ったヴィルトが、こんなことでミサキを諦めるの?」
アカネが俺に喝を入れてくれて、ようやく俺は――まだできることがあったと気づいた。
「あぁ、やっと来ましたか。ちょっとはいい面構えになったようですね」
王都へ行き、ヤイチさんを訪ねた。
ミサキを連れ戻したいと言えば、ミサキの世界へ行く方法があると教えてくれる。
この人は、本当に肝心なことを言わない。
けど、たぶんそれは、俺がヤイチさんを訪ねてここへくると信じていたからなんだろう。
試されていて――多少認めてはくれている。
手の内で踊っているようで気に食わなかったが、俺はヤイチさんの手を借りて、ミサキの世界へと飛んだ。
「ヴィルト、会いたいよ……」
そこで出会ったミサキは、俺の名前を呟いていた。
「ようやく俺の事呼んだな」
嬉しくて、愛おしくて。
ミサキから抱きついてきたので、そのぬくもりを腕の中に閉じ込めた。
ようやく捕まえた。
ミサキから自分で抱きついてきたんだ。
嫌だって言ってももう遅い。
ミサキから離れたくないと思うように、とびっきり甘やかして。
それでも逃げ出そうとしたら、何度だって連れ戻してやる。
泣いているミサキを抱きしめながら、俺はそんなことを誓った。
ちなみにパーティのお客さんたちには、ヤイチさんが全部余興だったと強引すぎる感じで説明して締めました。
新キャラのアカネは新作の「育ててくれたオネェな彼に恋をしています」の主人公です。
4/2 誤字修正しました。指摘ありがとうございます!
4/9 細かいところ修正しました。内容に変更ありません。
★2016/10/2 読みやすいよう、校正しました。