【1】空から落ちてきたもの
★11/7 トキビトの新作をアップした記念&投稿三ヶ月のセルフお祝いにアップしました。ヴィルト視点の話になっています。
★新作の「育ててくれたオネェな彼に恋をしています」にもこちらのキャラが登場するので、よければどうぞ。
小さい頃からミサキが好きだった。
ミサキと出会った塔の屋上は、俺の秘密の場所だった。
両親は病弱な兄に構いきりで、俺のことなんて見てくれなくて。愛情がないわけじゃないけれど、それでも寂しかった。
誰かに囲まれていると、自分が余計に孤独だとと思えて苦しくなる。
だから、いっそ周りに何もない方が落ち着いた。
あの日もいつものように空を見上げていたら、ふわりとミサキが落ちてきた。
ゆっくりゆっくり、ふわっとした風をまとって、俺の寝ていた横に下りてきたんだ。
見たこともない服を着た、真っ黒な髪の女の人。
顔を覗き込んだら、寝ていたミサキが目を開けた。
真っ黒な瞳の中に俺の顔が映っていて、たっぷりと見つめ合った。
「へロー?」
ミサキの発した第一声は、よくわからない言葉だった。
後で聞けば、ミサキは俺をミサキの世界の外国に住む人だと思ったらしい。あれは英語の挨拶なのだと言っていた。
どうして空からやってきたのかとか、ミサキの事情を聞いた後、俺は父さん達にミサキのことを相談した。
そこで俺は、ミサキがトキビトという存在で、異世界からやってきたお客さんだと知ったのだ。
ミサキはこの世界にいる限り、18歳のまま歳を取ることがない。
こっちの世界にいる間は、ミサキの元の世界での時間は止まったままで、いくらでもこの世界に滞在して問題ないのだと、説明を受けた。
俺の国は、トキビトに対して友好的な国だった。
ミサキは俺の家預かりのトキビトとして、国から認められ、一緒に暮らすことになった。
「お世話になってるのに、何もしないっていうのは嫌なんです」
働かなくたっていいくらいの補助金を貰ったのに、ミサキはどうしても働くと言い張った。
そしてミサキは、俺の家のメイドになった。
ミサキはとても働き者で手際がよいと、当時のメイド長は絶賛していた。
元の世界でミサキは学生をしながら、色んな仕事をやっていたらしい。
俺はミサキのことが気になって、勉強をサボるついでに仕事しているのを見にいった。
「ヴィルト様、この時間はお勉強のはずですよね。ちゃんとやらなきゃダメですよ」
ミサキは、俺のスケジュールをちゃんと把握してくれていて、叱ってきた。
屋敷の者達は、俺に甘い。
何をしたって許されていたのに、サボってミサキの元を訪れれば、毎回叱られて勉強部屋に戻された。
「ミサキ、遊びに行くぞ」
「今は掃除中です。後にしてください」
ミサキは頑固で、融通がきかなかった。
割り振られた仕事をサボることは絶対になく、この家の息子である俺がどんなに許すと言ったって、首を縦にふってはくれなかった。
ここでミサキがサボったところで、また坊ちゃんのわがままかと、誰もミサキを責めることはないというのに。
「じゃあ早く終わらせろよ。待っててやるから」
「しばらくは終わりませんよ?」
「……しかたない。俺が手伝ってやる。やり方教えろ」
俺がそんな事を言えば、ミサキは目を丸くした。
「手伝ってくれるんですか。ありがとうございます」
坊ちゃんに、掃除なんてさせられません。
そう言われるかと思ったのに、ミサキはふわりと笑った。
こんな風に、微笑まれたことなんてなくて、ドキリと心臓が音を立てた。
「別にいい。その代わり、終わったら俺と遊んでもらうからな」
「いいですよ」
ちょっと照れくさくて、ぶっきらぼうな口調になった俺を、ミサキは微笑ましそうに見ていた。
それがむず痒くて、とても嬉しかったのだ。
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7歳になったある日。
俺は、庭師であるソマリのハサミを埋めた。
特に理由はない、ただの悪戯だった。
けどミサキに見つかって、凄く叱られた。
「あれはソマリさんが師匠から貰った大切なハサミなんです。人の大切なものを奪って隠すなんて、やってはいけないことです」
正直、そんなに怒られると、俺は思っていなかった。
「ソマリが目につくところに置いておくのが悪いだろ。大切なら、ずっと肌身離さず持っておけばいい」
けど、素直にごめんなさいが言えなかった俺は、屁理屈をこねた。
「じゃあ、もしヴィルト様の大切なものが誰かに奪われて、隠されたらどんな気持ちになりますか」
「大切なものなんてない。なくしたら、新しいものを買えばいいだろ」
俺の答えに、ミサキは悲しい顔をした。
「ヴィルト様、大切なものっていうのは替えがきかないんですよ。きっとヴィルト様は、私がいなくなっても……他の人を代わりにしてしまうんでしょうね」
それもしかたない。まるでそういうかのように、ミサキは寂しそうな声で呟いた。
「そんなわけないだろ! ミサキの代わりなんていない!」
俺はそれがとてつもなく嫌で、なんでそんな簡単なことがわからないんだと腹が立った。
ミサキが、俺を馬鹿にしてると思った。
何かを代わりにできる程度にしか、ミサキを好いていないのだと、本人にそう思われてしまっているのが悔しかった。
ミサキは目を丸くして驚いていて、俺は重要なことに気づいた。
大切なものっていうのは、替えが効かない。
替えが効いたら、それはそもそも、大切なものじゃない。
なら――俺にとって、替えの効かないミサキは、大切なものだということだ。
「俺、ミサキが好きだ。大切で代わりなんてないし、代わりはいらない」
れをすぐに言葉にしたのは、ミサキに伝えたくて、仕方なかったからだ。
「うん。ありがとう――嬉しい」
きょとんと目を見開いていたミサキが、嬉しそうに微笑む。
その笑顔がとても特別に思えて、かわいいと思った。
俺にも、大切なものができていた。
そのことを、俺はその日初めて気づいたのだった。
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俺はその後、ソマリに謝りに行った。
それからは、人が本当に困るような悪戯はしないようにした。
自分がされて嫌なことは、人にしてはいけない。
自分がされて嬉しいことを相手にしてあげたら、相手も喜ぶ。
そんな当たり前のことに、俺はミサキと出会ってから気づいた。
俺は悪戯以外にも、人と関わる方法を覚えた。
それは主にミサキ限定ではあったけれど、手伝いをしたり、プレゼントを贈るようになった。
子供のやることだから、本当は手間になってたかもしれない。
けれどミサキは、それを快く受け入れてくれた。
そうはいっても、やっぱり構われたくて、悪戯はしたけれど――そのターゲットはミサキになった。
「こら、ヴィルト! またバティスト様の書斎から大切にしている像を持ち出したでしょ!」
「だってあの像、投げると面白くてさ。必ず先の方が地面に突き刺さるんだ」
「なんてことをしてるんですか!」
最初は敬語だったミサキも、だんだん遠慮がなくなってきて。
俺に心を開いてくれてる証拠のように思えて、それがとても心地よかった。
★2016/10/2 読みやすいよう、校正しました。