【1】育てた騎士に求婚されています
「ミサキ会いたかった!」
すっかり低くなった声で私を呼んで、子供の時と同じように、ヴィルトが抱きしめてくる。
その力は昔と比べ物にならないし、抱きつかれるというより、今では体格が違いすぎて覆われてると言ったほうが正しい気がした。
6年もの間、屋敷を離れていたヴィルトが、今日帰ってきた。
ヴィルトは見違えるほどに男らしくなっていて、子供の頃の面影はあるけれど、一瞬誰かと思ったほどだ。
背が伸びて、肩幅も大きくなった。
お陰で、私がヴィルトを見上げる形になってしまう。
「ヴィルト、苦しいからやめなさい。あと、他の使用人に示しがつかないから、離れてっ」
「なんだよ、俺が久々に帰ってきたのに、冷たくないか?」
無理やり腕を突っぱねて押し返すと、ヴィルトは不満そうに口を尖らせ、私を軽々と抱き上げる。
「冷たくない! ちゃんと喜んでるからっ! だから下ろしてよ!」
出会った時のヴィルトは5歳で、家を出た15歳の時は私とそう体格が変わらなかった。
なのに今では胸の厚みとか、腕の太さとかあらゆるものが違って、まるで別人のように感じてしまう。
私が戸惑うのも仕方ないことだ。
「ミサキ、小さくなったなぁ」
「ヴィルトが大きくなったの! 私はトキビトだし成長しないもの!」
ジタバタと手足を動かして抵抗していたら、満足したらしいヴィルトが、私を地面に下ろした。
「なぁ、ミサキ。俺、約束通り王の騎士団に入ったんだ。歳だってミサキを追いこした。だから、結婚しよう!」
大人びた顔で、子供のときと同じ笑顔をヴィルトは向けてくる。
私は、ヴィルトに求婚されていた。
ヴィルトのことは嫌いじゃない――むしろ好きだ。
私が育てたようなものだし、可愛くないわけがない。
けど、ヴィルトが私に抱いている感情は、刷り込みなのだ。
男の子が小さい頃に、お母さんをお嫁さんにすると言ってるのと代わらない。
――かつての私が、そうだったように。
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私はトキビトという存在で、この世界のお客さん。
いわゆる異世界からの客人という奴だった。
私の『時間』は、18歳のときのまま止まっている。
この世界でトキビトは老いることがなく、寿命で死ぬこともない。
家に福を呼び込むとされていて、いわゆる座敷童子扱い。
やってきたトキビトたちが、色んな文化を持ち込んで国を豊かにしたため、国からも保護の対象になっている。
トキビトを保護をする家には審査があり、補助金まで国から出る。
だから、家にいてくれるだけでいいよと屋敷の主人から言われていた。
しかし、それじゃあ私の気は収まらない。
お世話になるのならと、無理を言ってメイドとして働かせてもらうことにした。
ここは元の世界でいうと、中世の西洋に似ていた。
金髪に青い目の人々。
白亜の城。甲冑を着た騎士。
馬車が石畳を走る音に、活気あふれる市場の人々の声。
春には野原に花が満ち、秋になれば小麦が金色に輝いていた。
どうやったら、元の世界に帰れるんだろう。
そんなことを思いながら、同時にまだ帰らなくてもいいかなと思っていた。
探せばきっと、元の世界に帰れる方法がある。
けれど私は現実からの逃避もあって、ずるずるとここで15年も過ごしていた。
目の前にいるヴィルトは、私がお世話になっている家であるバティスト家の次男坊。
この世界に来て、私は私と同じように寂しい瞳をしたこの子と出会った。
長男が病弱で、一方のこの子は元気いっぱい。
元気だからこそ放っておかれて、両親も長男にばかりかまう。
好きなだけ好きなものを与えられるし、わがままも受け入れられるけれど、いつだって彼はひとりぼっちだった。
ヴィルトは、手のつけられない乱暴者に育ってしまっていた。
その姿が、両親をなくした幼い頃の自分と重なったのもあって、私はヴィルトに手を差し伸べた。
一緒に遊んで悪い事をすれば叱り、寂しいと駄々をこねれば、ベッドで共に眠った。
その結果、ヴィルトは私のいう事しか聞かないやんちゃ坊主に成長してしまい、面倒の一切は私の担当になっていた。
依存されてるなとは思ったけれど、それが心地よくもあった。
――いつかヴィルトも、私から自然に離れていく。
なら、それまでの間、私くらいはヴィルトだけを見ていよう。
そんなことを考えていたのに、ヴィルトは15歳になっても私にべったりだった。
ヴィルトの好きが、恋愛めいた意味を含み始めたのは、いつからだっただろう。
気づけば、はいはいと流すには重くなっていて、最初は年上の大人の男しか恋愛対象にならないとごまかして。
年齢が近づいてきたら次は、結婚するなら王に仕える騎士じゃないと嫌だなんて言って、私は問題を先送りにした。
騎士になるのは難しいし、王の騎士となるとそうそうなれはしない。
そんな風に思っていたのに、ヴィルトは難しい試験をクリアして、王のお抱え騎士団へ異例の出世をしてしまった。
けど、ヴィルトは貴族の息子で、私は何も持たない異世界人の居候。
釣り合う身分とか、そういうのがあるはずで、私はふさわしくない。
老いない私は、ヴィルトと同じ『時』を過ごせない。
加えて私は、いつか――元の世界へ帰らなきゃいけない。
なのに、私はヴィルトを甘やかして、自分なしじゃいられないよう依存させてしまった。
無責任で酷いことをしている。
そんな自覚があったから、尚更気持ちには答えられなかった。
この地方とは違い、王都に行けば素敵なお嬢さんとの出会いも多いはず。
そこでヴィルトが恋に落ちて、目を覚ませばいい。
そんな期待もあったというのに、再会したヴィルトは相変わらずで、結婚しようと言ってくる。
「そんなことよりも、まずはお祝いのパーティでしょ? 早く支度しなきゃ。皆ヴィルトを待ってたんだからね!」
「なんだよそんなことって! 俺、ミサキと結婚するために頑張ったのに!」
帰ってくるなり結婚だというヴィルトをなだめ、屋敷の中へといざなう。
ヴィルトはまだ文句があるようだったけれど、私が手を引けば素直に従ってくれた。
「ミサキと手を繋ぐの久しぶり。俺の手にすっぽり納まるの、変な感じする」
「それはこっちのセリフ。ヴィルトの手、昔は柔らかかったのに、固いしでかいし」
「剣の稽古たくさんしたからなー。大人の男って感じするだろ?」
へへっと笑うヴィルトが、少し格好よく見えるのは親の欲目みたいなものだろうか。
成長したなと、微笑ましく思う。
「なぁ、俺頑張ったよな?」
褒めてほしいというように、ヴィルトが言う。
大人っぽくなったなと思ったけれど、そういうところはまだ子供みたいだ。
そんなヴィルトが可愛くて、私はいつもやってたように頭を撫でてあげようとした。
けれど、伸ばしかけた手を止める。
撫でやすい位置にあったヴィルトの頭は、もう私の手では届かない高さにあった。
ヴィルトがそれに気づいて、膝を折ってかがむ。
撫でるんだろ?というように頭を差し出されて、なんだか悔しくなり、代わりにでこピンをお見舞いしてやった。
★7/27 他シリーズとの兼ね合いによる年齢修正をしました。ミサキがヴィルトと離れていた期間を5年→6年に修正しています。
★2016/10/2 読みやすいよう、校正しました。