師走の月 Ⅲ①
“特発性間質性肺炎”
10万人あたり10~20人が発症されると言われている呼吸器系の難病。肺胞壁に炎症を起こし、炎症部分が厚く硬くなることで呼吸をしてもガス交換が出来にくくなる病。
発症すると、安静時には感じない呼吸困難感が、歩行中や入浴・排便などといった日常生活の動作の中で感じるようになり、長年かけて次第に進行していく。
危険とされているのは、発症している本人
の自覚症状が極めて遅いということだが、症状がはっきりと身体の外側に現れる頃には、かなり進行しているケースが多い。
現在の医学において、特発性間質性肺炎の原因は明確に解明されてはおらず、進行が進めば進むほど、薬剤による治療は困難になっていく。(医学書 資料p-XX)
余命宣告を受けたあの日から、頭の中では日記が書き続けられている。
形には表さない。誰にも言わない。頭の中だけで開いて、頭の中だけで閉じる、そんな日記。
『12月XX日 残り1年とおよそ10ヶ月
最近、発作があまり起こらない。
この心臓を止めるための準備をしているのか。
そのうち、大きな発作が起こるだろう。
さほど遠くはない未来がすぐ傍まで迫っている。未練はない。だから…
はやく、連れて行って』
「…ちゃん。な…ちゃん、…きて」
そう切実に何度も繰り返す声が聞こえた。けれどそれは、まるでノイズがかったラジオのようにブツブツと途切れ、正確に聞き取るなんてことは出来なかった。
そもそも、今こうして思考を働かせていること自体、どういう心理なのか分からない。視界は暗く、指の先から身体の芯まで冷たい何かに侵食されているような奇妙感。
…声は出なかった。不安や恐怖心も何故か感じることはない。あるのは、ただ思考を繰り出すだけの機能と、それを受ける躯だけ。
“生者”か“死者”か。その区別はしようがないけれど、この際だ。どちらだって構わない。ゆらりゆらりと漂う意識の中で、そう結論付ければ楽なことだった。
“現実は甘くなどない”大人がよく口にする決まり文句。それはそうだろう。現実なんて甘くはないに決まっている。むしろ酷く残酷だと言ってもいい。
罪を犯し、人を殺めたわけでもない筈なのに、運命というルーレットにかけられ、未来を決定づけられる。
だから、いっそのこと、このままでいたほうが幸せだと思うほうが自然で人間らしい。
…なんて誰もが思う話だ。
この世に真っ当な考えなんて存在していない。誰もが己の利益、欲、願望を無意識のうちに計算し、答えを導き出している。
それが人間だ。人間だからこそ、その存在が見る“夢”は儚く、貪欲でそれらしい。
だから、そろそろ戻るとしよう。まだ、この身体が生きているというのなら、働かせろ。耳を澄まして声を拾い取れ。
「…ちゃん。起きて…捺ちゃん」
名前を呼んでいるあの声に応えたくて、捺は硬く閉じられた瞼をゆっくりと開いていった。
心配せずとも、所詮は夢も現実も何一つ変わらない。すべては自分自身のことだから。




