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真夏の1ページ  作者: 如月 空
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師走の月 Ⅱ②







それからしばらく経った頃、軽いノック音と共に入ってきた三波の姿に、捺は毛布に埋めていた顔をもそりとドアの方に傾けた。


部屋が暗いせいなのか、普段は明るい三波の髪は少し影を落とし、今は黒に近いそんな曖昧な色に染まっている。



「ほんと…驚くほど冬は日が落ちるのが早いわね」



そう言った三波がごく自然な動作で部屋の電気をつけようとしたのを、捺はやんわりと断った。


何気ない三波の心遣いは嬉しいけれど、捺は部屋全体を照らす大きな明かりよりも、このスタンドの小さな明かりの方がどちらかと言えば好きなのだ。



「この微妙な感じの暗さ…捺ちゃんは好きなの?」


「まぁ昼よりは…好きかな。それより三波さん。一つ、聞きたいことがあるんだけど…」


「何?」


「…これ。誰から贈られてきた物なのか、知ってる?」



散々考えた挙げ句、取り敢えずは三波に聞いてみようと思ったのはついさっきのことだ。


今朝は置かれていなかった物だから、捺が寝ていた昼間から夕方までの間に置かれた物だということは確かめなくても分かる。


だけど、分かるのはそれだけで。捺の身の回りを管理している三波なら少しは知っているかと、そう思ってのことだった。



「───捺ちゃん、それ…」


「あっ違うの。これは…大丈夫だから」



バスケットを見た瞬間、眉を寄せた三波の表情に慌てて説明すれば、三波はゆっくりと捺のベッドの端に腰掛けた。



「ハァ…危なかった。てっきり私、大変なミスしちゃったかもって…」


「まさか。三波さんがミスしたところなんて私、見たことないよ?」


「それ、捺ちゃんが知らないだけ。まぁ、昔よりはちょっとマシになったかも」



そう照れ臭そうに笑った三波は、見ているとこっちまで自然と笑顔になる。当の本人は自覚がないのだろうけれど、笑顔一つだけでここまで出来るなんて不思議で仕方がない。





不思議で、少し────────羨ましい。




「それにしても、よく出来てるわ。まるで本物そっくり…」


「三波さんもそう思う?…私、花なんて実際目の前にして見たのは、もう何年ぶりだか覚えてないから…そんな比べようがないんだけど」



捺はそっとバスケットを引き寄せて、その花びらに触れてみた。少し堅い布地の感触が指先から伝わってきて、なんだか可笑しな気分になる。


見た目は柔らかく繊細なのに、中はしっかりと骨組みされていて。本物にも劣らない美しさが、それから醸し出されている気がした。


そうしばらく、じっと見つめていれば、ふと捺の頭の中には次第に一つの疑問がゆっくり浮上し始めていた。



“…この人。私の病気を知っててわざわざこれを、贈ってきたの?”



本物の花ではなく、それ以上に手の込んだ造花を贈ってきたのはその人の意図とすることなのか、それともただの偶然なのかどうかはよく分からない。…だけど、



「捺ちゃん?」


「───もう長くはない命なのだから、こんなことしなくてもいいのに」



それは、一時的な感情に過ぎないのだ。


永遠に朽ちることのない芸術と、いつかは壊れてしまうこの躯。『花』と『人』、比べる対象が大きく異なるというのに、その結果が酷く残酷に思えてしまうのは、きっともう望みを持っていないせい。



「捺ちゃんっ!外、見て」


「え…?」



いきなりの三波の呼び掛けに若干驚きながらも、その指差す先を見た瞬間、それ以上の驚きがじわじわと捺の感覚を支配した。


眼の先には、壁を切り取ったかのように備え付けられた窓があり、そこから見えたのはまるで灰のように空から舞い落ちる今年初めての─────雪。



「綺麗…」


「……」



ふわりふわりと舞い落ちる、その様はここからでもはっきり見えて捺は思わずベッドから素足のまま、床に滑り降りていた。


すかさず、三波がブランケットを手に取って

そっと肩に掛けてくれたのを感じながら、捺は窓際までゆっくりと歩いて行く。


数歩歩いただけで呼吸が乱れるこの身体では、当然外に出ることも思うように出来はしないというのに今は無性に、この雪を肌で感じたいと思った。



「外…出たい」


「捺ちゃん…」



だけど、分かってる。この身体じゃもう、外にすら出ることが出来ないと言うことを、ましてやそれを許可してくれる人などいないと言うことも。



「…もう、冷えるわ。ベッドに戻りましょう?捺ちゃん」


「冷えないよ。…だってここはそう言う部屋なんだから」


「かと言って絶対ではないわ。あくまでも捺ちゃんの今の身体にあった温度と湿度を保っているだけに過ぎない。もし急変でもしたら…」


「“その時”は、受け入れるだけだよ」



もう、抗うことはとうの昔に止めたのだから。でも流石に素足は寒かったかもしれない。今日は大人しくベッドに戻って休んだ方が…そう思った瞬間だった。



まるで肺が何かに押しつぶされるような圧迫感と、奥から這い上がってくる空気の塊を感じとる。────────発作が始まる合図だった。




「ッ!!ゲホッゴホッヒユッゴホッ!ガハッヒューッ」


「捺ちゃんッ!!」



咽せ返る呼吸と激しい苦しさが徐々に捺の意識を奪ってくる。




辛うじて確認出来たのは三波がナースコールを押す瞬間と、窓から見える残酷過ぎるくらい綺麗な雪の景色。



「今村先生っ!直ぐに来て下さいっ捺ちゃんが!!」


「捺ちゃん!!」




静かだった時とは思えない、バタバタとした騒々しさに又しても罪悪感を感じながらも捺の躯は一向に発作が落ち着くことはなかった。













そして思った。───あと何回目の発作でこの躯は動かなくなるのだろう。





また、来年の冬を迎えることが果たして出来るのだろうか。

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