Ⅱ チェリーを含んだほっぺたは
あはっと笑って体は葉桜の方を向いたまま顔をこっちに向ける彼。つられて頬が緩んでしまう。
第一印象と違い意外によく笑う。質問にも答えてくれる。
隣にいて分かった私より数センチ高い身長。すっと優しく目線を合わせて彼は微笑んだ。
「桜より葉桜が好きなの」
「え?」
同じ口から発せられたさっきの独り言と同じ言葉、同じトーン。
さっきと違うのは顔だけ私の方に向け目の前で目線を合わせ発してること。
「桜より葉桜が好きなの」
同じ言葉。プラス同じ表情。
「…三回言ったのに分からない?返事してくれたのは一回だけ?」
同じ言葉を紡ぐ彼の意図が分からず、彼の問いにえっ、と戸惑ってると彼はむっと拗ねたように唇を小さく尖らせた。
「好きなの、俺、葉桜が」
「先に先客がいたのすら気づかなかった」
「好きなの?じゃなく好きなの、なのにアナタは返事をしたから」
びっくりしたんだよ?てふふって笑う彼。あぁ、やっぱりあれは独り言だったのか。
すらすらと喋り終えた彼の表情はなんだか魅力的で。目の前にある葉桜の木に恋してる、優しい顔。
「しかしアナタ…あ、アナタてなんか変か。君さぁ、耳いいのな。ね、君は桜より葉桜が好きなの?」
「え、あっ、…はい、桜より葉桜のが。…なんか、桜よりきれいな気がして」
「ふーん」
体をこっちに向け、顔を葉桜の方に向ける彼。
微笑みながら葉桜を見上げ、そっかぁと口を少しだけ開き目を細めて優しく彼は笑った。
私も葉桜を見上げる。さわさわと微かに風に葉が揺れる音がする。
彼と同じ葉桜を見ている。同じものを視界に映してる。
いつもより時間がゆっくりと流れるように感じる。自然ってすごい。やっぱり薄い薄い膜か成分かなにかで空間に包まれてるみたいだ。柔らかい風に視覚を遮断して身体で風流を感じたいが、目を閉じるのすら勿体ない。
あ、と彼は葉桜から私に顔を向けた。
「な、な、部活紹介って明日なの」
「え、あ、はい、知ってます…」
「既に入ってる子もいるけど、君はまだ部活に入ってないよね」
「え、あ、まぁ」
「あ、やったぁ」
彼の両手が私の方に伸び、すっと私の両腕を優しくそしてしっかりと掴む。
「フライングゲットー」
「…は、い?」
掴まれた腕から彼の顔を見上げると、口を閉じたまま口角をあげて目を細め、にこっと満面の笑顔で笑っている。とりあえずこの状況はなんでしょう。
「よし君を我が新聞部にスカウトしようじゃないか」
「え」
「フライングゲットー」
ワンモアプリーズ。あ、やっぱり結構。
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや…、だめ?」
「あ、いや、その…」
「入りたい部活は」
「今のところあまり」
「歓迎するよ、考えといて」
ね?とにこっと笑う彼。大人びた、けど無邪気な笑顔。
「はい期待の子フライングゲットー」
なーななーと小さく鼻歌を口ずさみ、私の両腕を掴んだまま小さく振る彼。
この人の鼻歌の歌声だけじゃなく掴まれてるのすらも心地好いから、もう少し揺られておこう。
とりあえず分かったのはこの人は先輩で新聞部で葉桜とインスタントカメラが好きで歌声が心地好くて、あと三回言うのが好きな人。
(そしてまだこの時はラブフラゲになってほしいなんて感情ができるなんて私はまだ分からなかった)
-チェリーを含んだほっぺたは
(甘い甘い甘酸っぱい言葉を紡ぐ)
(そして私の中でじわりと広がって桜色で彩るの)
(シロップなんていらない、砂糖漬けじゃないアナタは甘酸っぱくて、きっとデリケート)
「…AKB好きなんですか?」
「前田敦子が卒業したの知ってるよ」
「あー、ビギナー…」
「あ、うまいっ」
(拝啓数ヶ月後のあなたへ
あの時あなたが私の腕じゃなく手を掴んでたなら、私はあなたの掌を両手で優しく包んでたでしょう
そう思うのです、数ヶ月後の私は、きっと)
word:チェリーを含んだほっぺた
site:Largo さま
word:通信終了後の携帯にキス
site:恋したくなるお題 さま




