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Ⅰ 通信終了後の携帯にキス

校庭の桜の木は葉桜になり、はらりはらりと地面に落ちる。

鮮やかな緑色に生い茂る葉桜からの木漏れ日がきれいで、じっと見上げていた。一枚拾った葉桜の葉、柔らかい感触。教科書に挟めば授業が少しは楽しいかな、なんて。

腕時計と腕の間に葉を挟む。あぁ、もうすぐ予鈴が鳴るわ。休憩時間の予鈴が鳴る前に、教室に帰りましょう。


「フライングゲットー」


さて、なぜ私は上級生の男子学生に両腕を捕まれてるのでしょう?




‐通信終了後の携帯にキス



きつくくくったポニーテールを揺らしながら早く歩く。

私の名は小北由利(おぎたゆり)

入学して一ヶ月、必死で勉強して合格したこの高校、覚悟してたからか意外にも授業は追いつけなくもなく、いろいろな友達も出来た。

グループらしいグループはなく、明るい子におとなしい子、色んな女の友達ができて、それが居心地よくて、まるで女子校みたいで共学だということを忘れてしまいそうだ。

そんな彼女たちがなになに君が気になるだの好きだの恋の話を咲かせた時、ふと思いだし外を見た。彼女たちの話が一段落ついた時、私は用事があると彼女たちに告げ、校庭に出て行った。


恋の話、薄いピンクの色。彼女たちの包むその雰囲気から、桜色に咲き誇っていた桜を連想したんだ。


校庭の桜の木の前で眺める。一ヶ月しか経たないのに、桜は入学してきた時とは違う緑色に染まってる。サワサワと風に揺れる、今朝と同じ葉桜の音。登校時見たときと変わらぬ葉桜の姿。

淡いピンクに咲き誇る桜よりも、青々と生い茂る葉桜が好きだ。緑から木漏れる光が好きだった。


地面に落ちてる無数の葉桜の葉を一枚拾う。腕時計と腕の間に入れ、少し見つめてみる。

腕時計と腕の間に挟まれた一枚の葉桜は風がふくたびにパタパタと揺れていた。

なんか自然のパワーてすごい。ここだけ薄い薄い膜か成分かなにかで空間を包みこんで癒しを放ってるみたいな気がする。



「桜より葉桜が好きなの」

「うん、私も葉桜のが好き」


え?と前を向いたまま固まる。後ろから聞こえてきたおそらく独り言であろう低音ボイスに自然に返事をして会話になってしまった。


声のした後ろを振り向く。

私からほんの数メートル離れたとこに葉桜を眺めている一人の男子生徒。

学校指定の制服の白いカッターシャツと紺のズボン、胸元で緩く結ばれた褐色のネクタイ。首すじに毛先のつく少し長めのサラサラとした髪、細枠の黒ぶち眼鏡。男のわりに細く見えるのは彼が撫で肩なのもあるのだろう。

一年のネクタイは藍色で、上級生は褐色。色から、彼は上級生だ。


彼がこっちに向かって歩き出すと同時に、右手を上げ、顔だけ横を向きかしゃり、かしゃりと音を立てる。彼の右手にはインスタントカメラ。


かしゃり、かしゃりと音をたて色んな写真を撮りながら歩く。

ひた、と私の横で足跡が止まる。かしゃり。葉桜を一枚撮り、カメラから顔を離し、葉桜を眺めてた。


葉桜に夢中な彼の横顔をちらっと横目で見る。二重でどっちかというとつり目気味な目、あまり日に焼けてない白い肌。眼鏡の奥のまつげは長く、顔も中性寄りだが完全女顔ではなく、世間で言うイケメンの部類に入ると思うが、イケメンいうより綺麗な人。


一見真面目そうな人だがなにを考えてるか分からないような、そんなミステリアスな人なのに、彼と至近距離にいるとまだ言葉も交わしてないのに柔らかい雰囲気が伝わる。



「…写真部ですか?」


いきなり投げかけた私の質問に、ん?と一瞬驚いた表情をして私を見た後、写真部がこんなアナログなの使うわけないじゃないと優しく目と口元を笑いながら彼は言った。


「俺ね、インスタントカメラ好きなの。今の最近のカメラってさ、撮ったのすぐ見て気に入らなかったらすぐ消せるじゃない?

―そんなのよりさ、その時間ありのままを撮って、現像してからどういう感じなのか見るのが好きなんだ。素の一秒一秒生きてます紙に残してます、みたいな」

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