最終話 ~ Happy Birthday
かくして弾丸はチェンバーから噴出され、轟音と共に直進していった。
その銃弾がまず肉を裂き、頬骨を割った。
脳を斜めに横断し、銃弾の回転運動は衰えることなく前進し続けた。弾丸は頭蓋骨を進入時よりも破壊度の範囲を広げながら頭部を通過した。血を絡み付けてその弾道が弛んで反対側の頭蓋骨を破壊しながら通り過ぎて行った時、その身体もまた椅子から滑り落ちた。
玄関から見える廊下には忍び込んだ冷気の下、暖かな光を反射させていた。その先に構えるキッチンには冷たい光が立ち込め、血の筋が絡む白い手がコンパートメント下方に投げ出されていた。
その傍に血と脂を纏った包丁が黒い液体の溜まりの真中に取り残されていた。それを今更どうこうしようという人間はその場に誰一人居なかった。
散らかったテーブルから乱雑に積み上げられたナプキンが舞い込んできた風に煽られた。ソファーの傍で震えながら背を丸くしていた克巳の姿はもう無く、夏海の背後には人の残り香さえ掻き消えていた。遠くで薄い金属がフロアに跳ねる音が聞こえた。それが何なのか、夏海にはどうでもいいことだった。
微動だにしない夏海の後姿を正面に、誰も居ない円卓の光景が静かに構えていた。
『お疲れ様でした。今回、このゲームの勝者となられた方々は、遠野澄江さん、桂木あさみさん、時枝勝次郎さん、仁科琢己さんの四名です。今回残念ながら生き残ってしまったあなたには賞金は出ません。また機会あればご連絡いたします』
司会役を務めているスーツ姿の男性はそう言い放った。
その男性は画面近くの、そう、あの女子学生が座っていた椅子を引いた。そして画面が急にぶれ、そこでブルースクリーンへと差し替えられた。少しの間を置いてDVDプレーヤーに格納されたコンパクトディスクの回転数が落ちていった。
夏海はゆっくりと立ち上がり、棚に置かれていたリモコン手にした。チャンネルが変えられ、画面は重い色合いに整えられた背景に樫素材の卓に構えて原稿を読み上げるニュースキャスターの画に変わった。
『今日二十二時未明、大田区田園調布にて発砲事件があり、男性が路上に倒れているのを近くの住民が発見しました。男性は病院に搬送されましたが、まもなく死亡し、警察では身元の確認を急いでいます…』
歌声が原稿を読み上げる抑制の利いたアナウンサーの声に重なり合った。
黒いロングドレスを纏った女性は運ばれて来ることの無いバースディケーキを催促するように同じメロディを繰り返した。彼女はコーヒーテーブルに置かれたボトルと、底に赤い染みが残るグラスを手にした。酸化したキャバネィを注ぎ、グラスを掲げた時、彼女の歌声は更に大きくなった。
意図は違えども主役と成り得た彼女の声はどんどん大きくなっていった。
煌煌とした明かりを灯す一軒家からその歌声は抜け出し、更けゆく夜に溶けていった。一人の女性が迎えた二十一回目目の記念日は終幕の下りた幾つものドラマと共に終焉を迎えようとしていた。