べりーきゅーと
あたしの名前は一之瀬薫。
かわいいものが大好きなかわいい女の子。
だから、誰よりもかわいい自分のこともだーい好き。
天国にいる元モデルのママと瓜二つなあたし。
遺影でにっこりと笑うママと、あたしは確かにそっくり。
色白で、髪はさらさらのストレート、目だっておっきくて、どの顔のパーツをとっても、あたしはほんとうにかわいい。
毎日鏡に見とれちゃう。
でもね、こんなあたしが自分より大好きな人がいるの。
男の子じゃない、もっとかわいい女の子。
風紀委員長の桃井姫子ちゃん。
黒縁メガネにきっちり三つ編みの、てんけーてきな優等生スタイル。
靴下も三つ折り。絶滅危惧種みたいな女の子。
みんなの目からはダサダサな女の子らしいけど、あたしはそんなふうに思えない。
どこが可愛いの?って聞かれたら困っちゃうけど、あたしはすーっごくかわいいと思うの。
気の強そうな目つきも、丁寧な口調も、真剣な表情も。
みんなかわいくて、大好き!
あたしの朝は、大好きな姫子ちゃんへのハグから始まる。
「姫子ちゃーん!!、やーん今日もかわいい!」
「ひゃ、や、一之瀬さん、離れてください!!」
あたしよりちょっと小さい姫子ちゃん。
きっちり結んだ髪の毛を、思いっきりわしゃわしゃすると、女の子らしい、いい匂いがする。
周りからは、また始まったよ、とか聞こえるけど、ぜーんぜん気にしない。
「校則違反のまま、わたしに抱き着かないでください!」
「えー、長いスカートなんて、かわいいあたしに似合わないもん。」
「あなたは短すぎるんです!」
「短い方がかわいいもん。」
「いくらかわいくてもダメです!」
ぷんぷんなんて擬音が付きそうな感じに、姫子ちゃんは怒る。
勿論、あたしは姫子ちゃんに抱き着いたまま。
「直してください!」
「むー、やだ。」
いくら大好きな姫子ちゃんの頼みでも、長いスカートはヤダ。
あ、そうだ。
「ちゅーしてくれたら、いいよ?」
「は、はぁ!?」
「きすみーぷりーず。」
「し、しませんからぁ!!」
「一之瀬ー、桃井ー、席つけー。」
知らないうちに、担任の石田先生が来ていた。
楽しいお遊びは一時休止。
あたしは仕方なく、姫子ちゃんから離れた。
お待ちかねの放課後。
姫子ちゃんに会えるけど、やっぱり学校はタイクツ。
あたしはうーんと伸びをして、とびっきりのかわいい笑顔で姫子ちゃんに笑いかけた。
「姫子ちゃん、一緒に帰ろー!!」
「誰があなたなんかと!」
姫子ちゃんは嫌そうな顔をしたけど、そんなの気にせず、あたしは姫子ちゃんの腕をとって歩き始めた。
「なんであなたはいつもいつも……。」
「なんか言ったかな?」
「毎日が厄日ですよ……。」
「あたしは毎日姫子ちゃんに会えてハッピーだよぉ!」
ぶつぶつ言ってる姫子ちゃんの手を引いて、あたしはスキップ混じりで歩く。
「一之瀬さんは……、」
「あ、それヤダ、薫って呼んでよ。」
「嫌です。」
「なんでー?、そんなこと言うとちゅーしちゃうぞ。」
丁度周りに人はいないし。
あたしはほんの冗談で、姫子ちゃんを引き寄せて軽く唇にキスをした。
「っ!!?、や、やめて!!」
「え……。」
「あなたなんて、嫌いです!!」
あたしの手を振り払って去っていった姫子ちゃん。
泣いてた。
それから姫子ちゃんはあたしを避けて。
あたしもなんだか気まずくなってしまった。
それも周りのみんなが心配するくらい。
石田先生までもが、心配していた。
あたしが姫子ちゃんに引っ付いているのが当たり前だったあの時が、
何故だかすごく愛おしい。
「ちゃんと、謝んないとな……。」
とぼとぼと溜息を吐きながら廊下を歩く。
姫子ちゃんと、話したいな。
ちょっと寂しい。
あれ、あれれ……?
なんで室内で雨が……。
「な、あなたどうして……」
「え……。」
姫子ちゃんだった。
「……こっち、ついてきてください。」
姫子ちゃんはあたしの手を引いて、空き教室に入った。
本当なら、いつもだったら、あたしが姫子ちゃんを引っ張っていたのに。
「なんで、あなたが泣くんですか。」
疑問じゃない、責めるような口調。
「泣きたいのは、苦しいのは、わたしだって……。」
「ごめんね。」
「謝らないでください。みじめです。」
「ごめんね、姫子ちゃん。あたし、姫子ちゃんのこと、傷つけた。」
涙で滲んだ視界、姫子ちゃんがゆがむ。
かわいいかわいい、大好きな姫子ちゃん。
あたしが軽率な行動で、傷つけちゃった。
「もう、わけがわからないです……。
あなたのこと、嫌いなはずなのに、大嫌いなはずなのに、
いつでも、何してても、あなたのこと思い出して、
勉強も手が付かなくて、
でも、それがそんなに嫌じゃなくて、
むしろ、少し心地いい気がして、もう、もう、
わけが、わからないです……。」
床に直接座り込んでいたあたしの目の前に、姫子ちゃんはしゃがみこんで、あたしと無理矢理視線を合わせた。
「この、わたしの気持ちが、本で読んだものや、人から聞いたことと同じならば、わたしは……、」
そこで一旦言葉を区切った姫子ちゃんは、黒縁のメガネを外した。
「あなたが好きです。一之瀬薫さん。」
「うそ……。」
「誰がこんな恥ずかしい嘘言うんですか。ああ、もう。」
メガネを外したままの姫子ちゃんは、恥ずかしそう瞳を伏せて、あたしの唇に、ちゅ、と触れるだけのキスをした。
「うわぁーん」
「な、なんで泣くんですか!?」
「だって、嬉しくて、嬉しくて……。」
「もう、泣き止みなさい………。」
「姫子ちゃん、大好き。」
「はいはい。薫さん。」
再びメガネをかけた姫子ちゃんは、照れたような、コワイ顔をした。
あたし、一之瀬薫には、自分より大好きな、とーってもかわいい恋人がいます。
風紀委員長の桃井姫子ちゃん。
ちょっとカタい彼女だけど、毎日幸せ。
かわいい自分がもちろん好き。
でももーっと、姫子ちゃんが好き。
だってあたしは、かわいいものが大好きなんだもん。
おわり
ちょっとテンション高めの、ナルシストな主人公です。
なんか最後、やっつけ仕事になってしまいました。