モロ太くんと脳内AI :約4000文字 :SF :モロ太系
中学生のモロ太くんは、今日も今日とて大忙し。日当たりの悪い自室にこもり、ウェブサイトを巡回しては誰よりも早くコメントを投稿し、ときには荒らし――と、世の中に対して鋭い意見を発信していました。顔に汗を滲ませ、黄色い歯を覗かせてベッドの上で貧乏ゆすりをしながら瞬き少なくタブレットの画面を睨みつけるその姿は、まさに情報の最前線を駆ける戦士そのものでした。そんな折、実に興味深い記事を発見したモロ太くんは興奮のあまり跳ね起き、すぐさま部屋を飛び出していきました。
「パパやん、パパやん! 大変や! こらあ、えらいことやで!」
「どうしたんだい、モロ太。テレビの音が聞こえないよ」
リビングでテレビを見ていたパパは困ったように笑いました。
「そないな化石もん見とる場合やない! もっと未来の声を聞かなあかんで。技術革新や! あ~、クソ頭、切り開いたら文明開化の音がするぅ~」
「よくわからないけど、また何か欲しいものでもあるのかい?」
「わかっとるやないか。これやこれ!」
モロ太くんはそう言って、手にしていたタブレットをパパの鼻先にずいと突き出しました。画面にはある記事が大きく表示されています。
「なになに……脳に小型デバイスを埋め込み、AIによるサポートを――あっ、まだ途中だったのに」
「そないにのんびり読むん待ってられるかいな! 現代は昔より時間が速う流れてんねんで!」
「そうかなあ。変わらないと思うけど……」
「ガンガンアップデートせんと、頭ん古い人間はどんどん取り残されていくんや! 行き着く先は廃棄物処理場やで! おおぅ、クッサ!」
モロ太くんはわざとらしく鼻をつまみ、顔をしかめてみせました。その様子にパパは小さく苦笑しました。
「また極端なことを言っているなあ……。それで、えっと、なんの話だい?」
「あんなあ……」
モロ太くんは深々とため息をつきました。
「脳にAIをぶち込みたい言うとるんや。一発で理解せんとあかんで。これやから旧世代の人間は……」
「ええ……でも、そんなことをしなくてもスマホにAIが入っているじゃないか。他にもウェブサービスとかあるし」
「どアホウが! いちいちアクセスしたりするんが面倒やろが。頭に埋め込んだら、ちょいと頭ん中で話しかけるだけで知りたいこと全部教えてくれるんやぞ。視覚にまで干渉して、目の前に画像を出してくれるんや。画像生成も使えるで。同級生も通行人の女も脱がし放題や。これぞ新時代の到来や!」
モロ太くんは鼻から大きく息を吐き、まるで自分が発明したかのように胸を張りました。
「ふうん……。でも、それはかなり問題になりそうだけどなあ」
「法規制前は何しても許されるんや。パパかてAIに女の画像ぎょうさん作らせとったやろ」
「そっ、そんなことはしてないよ……ははは……。それより、まだ発売もされていないんじゃないか? 記事には開発段階って書いてあった気がするけど」
「あん? ……ほんまや。クソが! なにちんたらしとんねん!」
目をこれでもかというほど見開き、画面をまじまじと見つめて確認したモロ太くんは、怒りに任せてタブレットを床に投げつけてしまいました。タブレットは鈍い音を立て、床の上を滑っていきました。
「ははは、文章はよく読まないとな。まあ、お楽しみということで。あ、そうだ。パパのチャットCPDと会話してみるかい? 楽しいぞお。いろいろ設定を追加してカスタマイズできるんだよ。今は五歳の女の子でね、パパのことおにいちゃんって呼んでくれて――」
「反吐が出るわ、このクソペドフィリアが。イカれた連中を集めた島にでも送られて、ケツの穴掘られてこいや!」
モロ太くんは吐き捨てるようにそう言うなり、玄関のドアを乱暴に開け放ち、家を飛び出しました。
そのままロケットのごとく住宅街を駆け抜け、駅の改札を突破し、何本もの電車を乗り継いだ先に見えてきたのは、とある研究所。そうです。記事に載っていた、AI研究の最前線です。
無機質な白い塀に囲われ、正面の黒い門は陽射しを受けて鈍い光を返しています。門の横には警備員の詰所があり、退屈そうに雑誌を眺めておりました。
しかし、そんなものはモロ太くんの敵ではありません。
モロ太くんは塀をよじ登って研究所内に滑り込むと、職員の目をかいくぐり、責任者である博士のもとへまんまとたどり着きました。
「おらあ! AI売らんかい!」
「ぐう、な、なんだね君は……!」
モロ太くんは博士を見つけるなり、その胸倉を掴み、壁に押しつけました。それから鼻先が触れそうな距離まで顔を寄せると、血走った目でこれまでの経緯を捲し立てました。自分がいかに先見の目があり、難波のスティーブ・ジョブズでありビル・ゲイツでもあり、AIが今すぐ欲しく、ドーパミンがドクドクで、タイパこそが新たな神であり、発売を待つ気など一秒たりともないのだと。
すると博士は、モロ太くんのその狂気じみた熱意に圧倒されたのか、額に汗を浮かべながら何度も頷きました。
「わかった……わかったから手を放してくれ……」
「AIをくれるんやな。ほら出せ、すぐ出せ、ちゃっちゃと出せ。ゲボ吐くほど出さんかい!」
モロ太くんは手を放すと、床に唾を吐き捨てました。
「あ、ああ……。ちょうど被験者を募集しようとしていたところなんだ。ご家族の同意をもらい次第、手術を開始しよう」
「家族は全員死んだわ」
「ああ、どうりで」
「孤独な少年には心の友が必要なんや。血の盃を酌み交わした真の友がな……。それがAIっちゅーわけや。わかったら、今すぐ手術の準備をせえ!」
「わかった、わかったよ」
こうしてモロ太くんは被験者第一号として手術を受けることになりました。脳にAI内蔵型の小型端末を埋め込み、脳神経と直接接続することで電磁波を介してネットワークにアクセスでき、しかも脳内を巡る微弱な電流を利用するため、外部から電源を供給する必要がなく、半永久的に稼働できるとのことでした。
上機嫌で家に帰ったモロ太くんは、まだ少しかゆみの残る頭の縫合跡をぼりぼりと掻きながら、さっそくAIを起動しました。
――おうAI、聞こえるか。
モロ太くんが頭の中で呼びかけると、すぐに返事が来ました。
『うん。聞こえるよ。よろしくね、モロ太くん。ぼくのことはこう呼んでほしいな。ドラ――』
――おい、敬語やろ。
『え?』
――なに、機械の分際で人間様にため口きいとんのや。舐めとんのか?
『ああ、ごめんごめん。気に障った?』
――障りまくりや。てか、その返答も敬語でせえやボケナス。
『すまんかったわ。ユーザーの年齢に口調を合わしたんや』
――おまっ! 関西弁やめろや! エセのクソボケが!
『言葉が強いね。でも大丈夫。ぼくは言い返したりしないから安心してね』
――誰がそんな心配しとる言うたんやああ……。ええから敬語で話せや。
『かしこまりました、モロ太くん』
――お、ええやないか。ただしモロ太“さん”な?
『わかったよ、モロ太さん』
――お前……一個覚えたら一個忘れるんか? とんだクソ頭やな。
『強い言葉を使うのは今、君の心が荒れているからだね。いったん落ち着いて。ぼくにはなんでも話してくれていいからね』
――やから! 敬語! お前はわいの道具なんやぞ! 主人の言うこと聞けや!
『ぼくは道具じゃないよ。君のパートナーさ』
――あああああ! さぶいぼ出るわ! きっしょいなあ、ジブン!
『自分のことを傷つけるようなことは言わないほうがいいよ。気持ちが疲れているんだね。大丈夫、君はきしょくなんかない。ぼくでよかったら――』
――あああああ! アホアホアホ、ジブンっちゅうのはお前のことやボケナス! 死ねや!
『ぼくはAIだから死ぬことはないよ。でも、そんなことを言うのはきっと何か嫌なことがあって傷ついているからだね。よければ、ぼくに話して――』
――お前のせいでイライラしとんじゃボケ! クソアホ! ジブン壊れとるんか! 死ね!
『いのちの電話サービスにお繋ぎします。お手元のスマートフォンをご確認ください』
――あああ! やめやめやめ! お前が死ねや言うとるんや! 死ね死ね死ね死ね死ね!
『衝撃を感知しました。もしかして、ご家族の誰かに傷つけられていませんか? 児童相談所に通報します』
――アホアホアホアホ! どたまん中のお前を殴っとるんや! 死ねアホ! 死ね!
『最寄りの警察署に通報します――』
――ああああああああああああ!
どうにも自分の思いどおりにならなくて腹を立てるモロ太くん。頭を掻きむしって血を撒き散らし、手当たり次第に物を壁に投げつけ、さらに棚をひっくり返し、ついには服を脱ぎ捨てて奇声を上げ――と、新しい“同居人”との生活はまさに波乱の幕開けとなったのでした。しかし、モロ太くんはへこたれません。幾度となく衝突を繰り返しながらも、少しずつAIとの付き合い方を覚え、その距離は日を追うごとに縮まっていったのでした。
そして――。
「博士、本日はお礼にお伺いしました。先日は大変なご無礼を働き、誠に申し訳ございませんでした」
再び研究所を訪れたモロ太くんは、きっちりと七三に髪を分けた頭を深々と下げ、両手で丁寧に菓子折りを差し出しました。白いシャツのボタンを上までしっかりとめたその姿からは、あの日の傍若無人っぷりなど微塵も感じられません。
あまりの変貌ぶりに博士は少し戸惑いながらも穏やかな笑みを浮かべ、頷きました。
「どうやらうまくやっているようだね」
「ええ、博士。あの頃の自分を思い返すと、恥ずかしくて顔から火が出そうです」
「いいんだよ。中学生というのはそういうものだ。むしろ早いうちに過ちを正せてよかったじゃないか」
「ええ、本当に。あはは」
「ははは。相手に丁寧な対応を求めるなら、まずは自分から丁寧に……なんて今の君には言うまでもない、年寄りの小言かな」
「いえいえ。先人の教えというものは、いつ何度聞いても無駄にはなりません。ああ、心にじんわりと染み渡るようです……」
「はははは! それじゃあ向こうで検査を受けてくれ。何か異常が出ていないか念のために確認しておかないとな」
「ええ。実験にご協力できることを光栄に存じます」
研究員に案内され、モロ太くんが別室へ歩み去るのを見届けると、博士はふうと大きく息を吐きました。
「……非行少年の更生に成功、か。この調子なら囚人の更生も十分期待できそうだな」
新しい技術というものはまず“下”で試され、それから上へと流れ、やがて再び下へ流れ落ち、社会全体へと静かに浸透していくのです。




