異世界日誌1
「……ここどこだよ。普通、異世界転生って町から始まるもんじゃねぇのか?」
森だ。見渡す限り、森。どっからどう見ても森。
木々の影が濃く、鳥の鳴き声はするけど、人の気配はまったくない。
そして俺は――なぜかビキニ姿だった。
「マジでふざけんな……」
丘の上に登ってみると、遠くに見慣れた三角形の山があった。いや、あれは富士山……ぽい何か。
となると、ここは地球Bの日本、的な場所か?
「……文明レベルってどれくらいなんだ?まさか縄文とか弥生じゃないよな?」
そんなことを考えながら、空を見上げると、もう日が暮れそうだった。風が冷たくなってきた。そうだ。俺、ビキニだったわ。
「うぅ、寒ぃ……」
【1日目】
とりあえず町を目指して歩く。
だが、何もない。食える実もなければ、木の皮もかじれない。俺の知識じゃ、どれが毒かすら判別不能だ。
小川を見つけて水を飲む。冷たいし、まずい。けど飲まなきゃ死ぬ。
夜になると、さらに冷える。丸まって寝ようとしたけど、森の音が怖すぎて眠れない。遠くで「ウオーン」て何か吠えてるし。
「はぁ……マジで町どこだよ……」
【2日目~3日目】
空腹。足も痛い。木の葉を食べてみたけど、マズい。もはや味とかじゃない。苦味が舌に残って気分が悪くなる。
獣の足跡を見つけて追ってみたけど、あっという間に消えた。俺の体力じゃ、無理。
寒さと空腹で夜はますます眠れない。
ビキニで森に放り出すってどんな試練だよ、地蔵さん……マジで地獄よりひどくないか?
【4日目~5日目】
雨。ついてない。濡れた体に風が吹き付ける。震えが止まらない。もう足も動かない。
うたた寝をすると悪夢を見る。俺は泣きながら目を覚ました。
「なんで、俺だけこんな目に……」
泣き言を言っても、誰も助けてくれない。
いや、そもそもここに誰もいない。
【6日目~7日目】
もう歩けない。目が霞む。頭が痛い。手足が冷たい。
ふと、木の根元に倒れた。
「……ああ、俺、また死ぬのか……」
瞼が重くなる。意識が薄れていく。
死ぬことに対する恐怖すら、もはや感じなかった。
「……またかよ」
目が覚めると、そこはまたもや三途の川のほとり。
ビキニ姿のまま、ぽつんと立ち尽くす俺。もう慣れた。泣かない。
やがて現れたのは、以前とは別の奪衣婆と懸衣翁だった。今回は本当に婆っぽいし、翁っぽい。
「こんにちは~。私はラヨ・エル=マネヴェです。担当しますね」
「あー、晋三です。懸衣翁やってまーす」
ノリが軽い。
しかもこの二人、明らかに熟年夫婦感ある。なんなら雑談してるし。
「え、また更衣室ですか?」
「はい。ごゆっくりどうぞ~」
現れた更衣室の中には、今度はちゃんとした海パンとTシャツが置いてあった。マジでありがたい。
着替えて出てくると、懸衣翁が服を枝にかけた。
「うーん、まぁ軽罪?適当にいっとけー」
「お気をつけて~。地獄行きにはならないようにね~」
あの適当な空気にちょっと癒やされた。
【そして転生再び】
霧の中から現れたのは、前回と同じく不動明王だった。筋肉ムキムキのありがたい人だ。
「罪は軽い。反省も見える。再び異世界へ送る」
「ちょ、待っ……」
待たなかった。
森。ここはさっきと違って草がやや短く、空が広い。が、またしても文明から遠そうな場所。
すると、俺の前に謎のロボットが降ってきた。というか、空から降りてきた。
「こんにちは。私は地蔵菩薩の代わり身ロボット、じぞぼんです」
「この世界での案内役として、主人より派遣されました」
「……まさかの地蔵さん直送ロボかよ」
なんという慈悲。でもロボットのデザインは完全にゆるキャラ寄り。
「ちょっと優遇されすぎじゃね?畜生とか地獄より楽そうなんだけど」
「いえ、この“生身転生”ルートは、実は地獄以上に過酷です。地獄も近代化して罰則が緩くなりましたが、生き延びるのが最難関なのは変わりません」
「……マジで?」
「町まで案内します。背中に乗ってください」
じぞぼんの背中から椅子が出てきた。椅子が。しかもシートベルト付き。
「うん。思ってたのと違う」
とはいえ他に方法はない。仕方なく乗ると、
「発射します。ご注意ください」
じぞぼんが加速した。体感50km/h。森を縫うように飛ぶ。
「うおおおおおっ!?速ぇえっ!!」
風がビュンビュン当たる。木々が一気に後方へ流れていく。高度が上がると、視界の先に……町が見えた。
俺の、第二の異世界生活が……また始まる