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 さっそく女官や騎士にお願いをして、お菓子を部屋に運んでもらう。


 すぐに、エメリアとフレンが使っている部屋のテーブルに、いろとりどりのカップケーキやパイが並んだ。


 舞踏会に出ているものの残りでいいと言ったが、話を聞いた料理長がわざわざつくってくれたらしい。

 

「こ、こんなに……」

「おかあさま、たべていいのですか!」


 イヴァンは恐れおののき、フレンは目をきらきらさせている。


「ええ。今日はフレンもがんばったものね」

「わぁい!」


 完全に目が覚めたフレンが両手を上げる。

 しかし彼女はお菓子の山を前に固まっているイヴァンを半目で見た。


「なんでこの子も……おかあさまと、ようせいさんとフレンのぶんが少なくなります」

「……そもそも僕が皇妃殿下にお願いしなければ、この会は開かれなかったのだが?」

「はいはい! 喧嘩しないの!」


 なぜ顔を合わせると喧嘩になってしまうのだろう。

 エメリアはリンゴのパイを切って、イヴァンとフレンに差し出した。


 フレンはすぐにご機嫌になって笑顔でパイを頬張り、イヴァンは恐る恐るフォークで小さく切って、それを口に入れた。


「……とっても、美味しいです」

「よかった。料理長も喜びます」


 そこで、ちかちかと光を出しながら妖精たちがエメリアの周りを飛んだ。

 目で追うと、彼らは小さなチョコレートを指した。


「ふふ、どうぞ」


 渡すと、妖精たちはチョコレートを抱えて嬉しそうに部屋を飛び回る。

 その光景をイヴァンは見上げた。


「妖精は、お菓子を食べるの?」

「そうです。とくにおかあさまのクッキーがすきです。フレンもだいすきです」

「……へぇ」


 フレンが胸を張る言葉に、イヴァンが小さく呟く。


 お茶を飲みながら、エメリアも美味しいお菓子をいくつかいただいた。


 すでに全員、ドレスや正装は脱いで寝る仕度も整えている。


 お菓子を妖精と分け合って食べたり、最後に残ったマカロンを前にフレンとイヴァンが睨み合ったりと賑やかな時間を過ごして――気づけばもう日付が変わってしまいそうな時分だ。


 動きが鈍ってきたフレンが、ぐずるようにエメリアの膝に乗って、抱きついた。


「おかあさま……」

「もうそろそろ寝ましょうか」

「あい……」


 目を閉じながらフレンが返事をする

 お腹いっぱいで幸せそうな顔でしがみつくフレンを抱きなおす。


 そんなエメリアたちを見て、口を拭いたイヴァンが立ち上がった。


「ごちそうさまでした、では僕もこれで」

「あら、殿下も一緒に寝ましょう」

「え」

「ああ、歯磨きはきちんとしましょうね」


 目をぱちくりしている王太子をうながして、三人で寝室に入る。


 置いているベッドはとても大きくふかふかで、この人数で寝てもかなり余裕がある。


 眠っているフレンと、所在なさそうにしているイヴァンを問答無用でベッドに寝かせて、布団をかけた。


「あ、いえ、僕は部屋に……」

「使節団の方には伝えています。廊下は寒いですし、風邪を引かせるわけにはいきませんから」


 ベッド脇に座って、「失礼します」と言ってエメリアは彼の黒い髪を撫でた。


「……おやすみなさい、イヴァン殿下」


 イヴァンは布団の中で身をこわばらせていたが、撫でているとすぐにとろとろとその瞼が降りてきた。


 しばらくしてそっと手を離すと、彼はすでに目を閉じて眠っていた。

 隣でフレンもぐっすりだ。


 それにしても、子ども時代の二人が並んで寝ている姿を見られるなんて、なんて贅沢なのだろう。


 小さなランプの灯りに照らされる愛らしい姿をしばらく眺めて、エメリアもフレンの隣に横になった。


 ――できれば、彼らの未来が明るい光であふれていますように。


 そう願って、エメリアは一人で笑ってしまった。


 この物語のヒロインとヒーローなのだ。二人の未来は、ハッピーエンドに決まっている。





 翌朝。

 エメリアはギルフォードに呼び出された。


 侍従から時間はいつでもいいと言われたが、さっさと済まそうと寝ている二人をそのままに、着替えて部屋から出る。


 案内されたのは中庭だ。

 まだ朝は寒い気候の中、そこに模造剣で素振りをしているギルフォードがいた。


 侍従とともに現れたエメリアの姿を見て、彼がわずかに目を見開いて動きを止めた。


 エメリアも少しだけ怯む。いつから鍛錬していたのか、剣を持つ彼は上半身裸だ。


 しなやかな筋肉のついた身体が朝陽に照らされている。


 その身体にはいくつも古い傷がついていた。

 初夜のときは暗かったし混乱していて、あまり見ていなかったもの。


「……」

「……」


 タオルをギルフォードに渡して、侍従が下がる。


 向かい合ったまま二人とも無言だった。

 この時間にエメリアが来るとは思っていなかったのだろう、ギルフォードが言葉を選んでいるのが伝わってきた。


「……何か御用でしょうか」


 居心地の悪さから逃げようと、自分から話をうながす。


 ――なにか粗相をしたかしら。でも舞踏会を退出するまで普通だったし……。


 姿勢と表情は動かさず、エメリアはあれこれ頭を巡らせた。


 しばらくして、剣を鞘に戻した彼が口を開いた。


「……男を部屋に入れたそうだな」

「おとこ」


 一瞬何を言われているのかわからなくて反応ができなかった。


 ――護衛のこと?


 頭に?を浮かべるエメリアに、ギルフォードの眉間のしわが深くなる。


「隣国の王太子のことだ」

「ああ、イヴァン殿下――――って、男……!?」


 五歳のいたいけない相手に使う言葉ではない。びっくりしてエメリアの声が裏返った。


 そんなエメリアを見てギルフォードが深く息を吐いた。


「あまつさえベッドで一緒に寝たと聞いた」

「そうですね」


 エメリアは素直にうなずいた。

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