7
そこに座っていたのはイヴァンだ。少し離れて彼の護衛もいる。
――こんなところに。
エメリアは、自分についてくれている騎士に待つよう合図をして、フレンを抱いたまま四阿に近づいた。
「……イヴァン殿下?」
声をかけると小さな影が振り返った。
そのまま、はっとしたように正装姿のイヴァンが立ち上がる。
「皇妃殿下!」
「……先ほどは失礼いたしました。ご無礼をお許しください。この子にはよく言って聞かせますので」
フレンを抱いたまま頭を下げると、小さな王太子は慌てた。
「いえ、僕こそ招いていただいている立場で失礼いたしました。お見苦しいところを……」
発端であるフレンはすやすや眠っている。
その様子をイヴァンはちらりと見た。
「……王族に生まれた身で、こんなに無邪気に、母に甘えられる姿が羨ましくて……」
その自嘲するような、苦しそうな表情を前に胸が詰まる。
だから思わず聞いていた。
「お母様に、甘えられない状況なのですか?」
「……」
「あ、答えにくければそのままで」
隣国の同盟国とはいえ、王族の内情はあまり話すべきではない。
失言にあわあわしていると、イヴァンはエメリアを見てふと微笑んだ。
「……先ほど、挨拶をしている皇女殿下を手放しで褒めている貴女を見ました。羨ましいです」
そうして少しだけ時間をかけて、イヴァンが口を開いた。
「父には、大勢の妃と子がいます。他の兄弟はまだ小さいですが……。僕は第一王子とはいえ立場は盤石ではありません。母は、それを心配しているのだと思います」
慎重に言葉を選んで話す姿は、むしろいろいろなものをエメリアに伝えてくる。
――ああそうだ、原作のフレンと同じように、イヴァン殿下も……。
与えられなかった愛に飢えているのだ。
兄弟の数だけ政敵も多くなる。
イヴァンの母は身分が低いため、どうしても立場は危うくなってしまう。暗殺未遂も起こっているはずだ。
聡明な彼はすでに、誰にも隙を見せられないことを自覚している。
「殿下」
エメリアはその場に膝をついた。
立っているイヴァンとそれで目線がほとんど同じになる。
戸惑う表情のイヴァンに、エメリアは微笑んだ。
「……では、この国にいる間は、僭越ながら私を母と思って甘えてください」
「皇妃殿下を? そ、そんなことできません!」
「できれば、殿下の力になりたいのです。フレンのためにも」
「皇女様の、ためにも……?」
「ええ」
確信をもってうなずくが、まだイヴァンの顔はくもったまま。
「……甘え方が、わからないのです」
彼はぽつりと呟いた。
それは本当に途方に暮れている表情だった。
子どもの身で、胸にそれだけの穴を抱えているのだ。
それを癒すのは、フレンの役割。
出会う前に死んでいるエメリアができることなど何もない。何もせず、彼をこのまま国に帰して、あと十数年を待つべきで――。
「失礼します」
エメリアは、イヴァンの背中に手を回した。
フレンを左腕、彼を右腕で抱きしめる。
エメリアの腕の中におさまってしまう子どもたちは温かくて……ここに、確かに存在している。
――原作なんてどうでもいいわ! この二人は私が守る!
どうしようなんて悠長に考えていた自分を恥じる。
こんな寂しそうな子が目の前にいるのに、放っておけるはずがない。
「こ、皇妃殿下!?」
「……難しいことではありません。こうして抱き合って、わがままをいっぱい言ってくれればいいのですよ」
「一国の王太子がわがままなど言えるはずがありません」
「何故です。あなたは王太子である前に、五歳の子どもです」
「っ」
「悪いことをしたらもちろん叱ります。フレンにも、そうしていますから」
ふふっと笑う。
「……」
イヴァンは考え込むようにエメリアの腕の中で静かにしていた。
そしてしばらくして、恐る恐る顔を上げた。
「……お菓子を」
「はい」
「明日、少し食べてもいいでしょうか…………舞踏会にあったものが、とてもおいしそうでした……」
イヴァンは顔を真っ赤にして身を縮こまらせた。
それを見てエメリアは言った。
「明日と言わず、今からお菓子パーティをしましょうか!」
「おかし!」
夢現でその単語が聞こえたのか、腕の中のフレンが飛び起きた。