5、王太子(原作ヒーロー)の登場
お礼SSとして載せていたものをこちらに移動しました。
もう少しだけお付き合いいただけますと幸いです。
フレンを伴って三年ぶりに戻った王宮は相変わらずとても冷え切っていた。
「ああ、あれが……」
「皇妃の身で、宮殿を勝手に抜け出した」
「戻ってくるなんてなんて恥知らずなのかしら」
用があってギルフォードが離れた途端にこれだ。
廊下で臣下や女官がひそひそ話す声がする。
(……まぁそうよね。戻ってくる気はなかったけれど)
冷たい視線は、彼らの言う通り王宮を抜け出した罪として受けよう。
それでも空気が澱んでいる王宮は、ただ呼吸が苦しくなる。
(いっそのこと、誰か本気で追い出しにかかってくれないかしら――)
そんなことを考えたとき。
「ぐあっ」
「きゃあ!」
噂話をしていた皆が悲鳴を上げる。
見れば彼らの周りにスズメバチのようにヒュンヒュンと妖精が飛んでいた。
「フレン! めっ」
「ちがいます、ようせいさんたちがかってにしたんです!」
心外だという顔でフレンが見上げる。しかしその右手は凛々しく臣下のほうを向いていた。
「妖精さんたちを戻しなさい!」
可愛い唇を尖らせながらフレンが手をおろす。
すぐにエメリアは彼らに近づいた。
「ごめんなさい、大丈夫……」
「ひいっ、申し訳ありませんでした!」
「あ」
臣下たちが一目散に逃げていった。
頭痛がする。
(これから、本当にどうしよう――)
◇
フレンの皇女としての最初の仕事が決まった。
紹介を兼ねて王宮で舞踏会が行われることになったのだ。
「用意ができたか」
「陛下」
仕度が終わったところでギルフォードがエメリアたちのいる部屋に顔を出した。
皇帝の正装を着て、前髪をあげた彼はとてもかっこいい。
(っぐ、相変わらず心臓に悪い人だわ)
「ええ」
エメリアはこほんと咳ばらいをして、後ろに隠れているフレンの背中を押した。
フレンは王族の色である銀髪をきれいにまとめて、金の髪飾りをつけている。小さな身体を包むのはふわりとレースが広がるドレス。後ろで青いリボンで結ばれていてくるりと動くとそのリボンが翻る。
「――――――っとっても、可愛いでしょう!」
自慢の我が子をめいっぱい抱きしめると、いつものようにフレンもえへへと笑った。
「いかがですか陛下!」
エメリアが聞くと、ギルフォードは目を細めた。
「……ああ、綺麗だ」
「そうでしょう、フレンの初舞踏会ですもの」
「そうだな」
「……陛下」
「ん?」
「視線が、こちらを見ているようなのですが」
ギルフォードはフレンではなく、エメリアを見ている。
穴が開きそうなほどの視線にさらされて、エメリアは自分の格好を見下ろした。
「どこか変でしょうか。やはり日焼けが……?」
フレンの身支度に時間を使ったので、自分は最小限だ。農作業で筋肉はついたし、細くたおやかで色白の貴婦人からは遠ざかっている自覚はある。
「いや、……綺麗だ」
同じ言葉を繰り返している。
こんな感じで皇帝業は大丈夫なのだろうか、そう考えていると彼に腕を差し出された。
皇帝のエスコート。それは皇妃のみの権利と義務――。
(……ひとまず、原作は置いておこう。作戦を練り直さないと)
エメリアは息を吐いて、その肘に手を置いた。
廊下を妖精と一緒に歩いているフレンの姿を見ながら、ギルフォードが言った。
「フレンの結婚相手なのだが」
「早くないですか?」
思わず突っ込むと、彼は片眉を上げた。
「王位継承第一位の地位を盤石にしておくべきだ。俺や、君になにかあったときに、後ろ盾になってくれる存在が必要だろう」
「……まぁ、そうですね」
意外とあれこれを考えてくれていたようだ。一応確認してみた。
「陛下、フレンの相手は王配になるのでしょうか」
「当たり前だろう、他国に嫁に出す気はない」
きっぱりした声に考え込む。
確かに生まれる前から家同士のつながりのために許嫁が決められることもある。けれど、とエメリアはそっと目を伏せた。
「できれば……フレンには、愛する人と一緒になってもらいたいです」
「……」
そこで大広間の前に着いた。
中からは華やかな音楽と共に「皇帝陛下、皇妃殿下、フレン皇女殿下のおでましです」という侍従の声が聞こえる。
ゆっくりと扉が開くと、中から眩しい光がこぼれた。
それに目が慣れれば、見えるのはこちらに礼をとり首を垂れる貴族たちの姿。
――帰ってきてしまった。
欲と陰謀の渦巻く王宮へ。それでもできることをしなければならない。愛するフレンのために。
エメリアはギルフォードの隣で、最初の一歩を踏み出した。
会場でもひそひそと声は聞こえるが、あからさまな抗議はない。
(さすがにギルフォードの前では言わないわよね……)
何せ無理やり連れ戻したのが彼なのだから。
……もしかしたら、フレンの周りを警戒するように高速回転している妖精のせいかもしれないが。
(あ)
そこでエメリアは目を見開いた。
招待客の中の一人に見覚えがある。――隣国の王太子だ。
将来、フレンの恋人になる相手。名前はイヴァン・バルトル。今は五歳だがすでに大人並みに落ち着いた雰囲気で、大臣たちに挨拶をしている。
(これはチャンスでは?)
原作の小説では、この国の舞踏会で二人は出会い――イヴァンが、虐げられているフレンに再会を約束するのだ。
多分フレンが十歳くらいの出来事だった気がするが、構うものか。
「皇帝陛下と皇妃殿下、皇女殿下にご挨拶申し上げます」
隣国の王太子は、黒い髪にきりっとした目の少年だった。フレンと並ぶとまるで対のお人形さんのようだ。
うきうきしながら挨拶を終えたエメリアはフレンに言った。
「フレン、殿下と遊んできたら?」
「いえわたしはおかあさまのそばにいます」
きっぱり言ってフレンはエメリアに抱き着いた。
それを見てイヴァンは顔をしかめた。
「……子どもとはいえ王族が、客の前で母親にすがるなんてみっともないですよ」
「……なにかもんくでも?」
「別にそういうことではないですけど」
なぜだろう、一目で恋に落ちるはずの二人が険悪なムードになっている。
(こ、これは、想定外!)