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「陛下が、妃殿下を探して国中大騒ぎですが……」
「体面上探しているだけです。離縁状は置いていますし、すぐにおさまりますよ」
事実を伝えれば、こころよくエメリアと娘を受け入れてくれた村の皆が、困ったように眉尻を下げる。
探しているギルフォードには申し訳ないが、これはヒロインのためなのだ。引くわけにはいかない。
「――わかりました」
村長が立ち上がった。それに呼応するように村の皆も立ち上がる。
「水害の際にもいろいろ世話になりました我々がエメリア様とお子を必ずお守りいたします」
「そうだ、恩返しをせねば……!!」
「いえあの、あくまで村の一員としていただければありがたいですのですが……」
うぉぉお、と村の集会場で雄叫びをあげる皆に、エメリアは赤子を抱きながら恐縮した。
そうして三年の月日が流れた。
「おかあさま!」
「フレン」
エメリアが農作業を終えて戻ると、可愛い娘が駆け寄ってきた。
温かく愛しい身体を抱きしめる。夫に似た銀の髪に大きな蒼い瞳。娘は三歳になった。
村長が口が堅い産婆さんを紹介してくれて無事に出産ができた。
一人での子育ては大変だったが、村長の奥さんはじめ皆が手伝ってくれてこうして親子不自由なく暮らせているのがありがたい。
訳ありのエメリアたちを匿ってくれた村の皆には感謝してもしきれない。
農作業の手伝いで日銭を稼いでいた。
村の皆がなにかと野菜や肉をくれるので、結局使わなかった逃亡資金は村の整備のために使っている。
か弱く風が吹けば倒れそうだったエメリアは、すでに遠い昔だ。
今ならフレンを抱いたまま数時間立ち話もできる。
「でも気をつけなよ、エメリアさんを狙っている男衆は山ほどいるからね」
「またまた」
そんな話をした隣家の奥さんは、まだ用事があると集会場に向かった。
フレンを抱きながらのんびりと家に向かう。
「おかあさま、きょうはね、みんなとどろだんごをつくったの。あげる」
「まぁ素敵な泥団子ね」
綺麗に磨かれた泥団子を受け取る。
(エメリアが死ぬのが、確かフレンが五歳のとき……必ずこの可愛い子のために生き延びねば……ん?)
ふと、エメリアの周りにきらきらした光がいくつも舞っているのに気づく。
腕の中のフレンはキャッキャと嬉しそうに光を追っていた。その一つがエメリアの目の前を横切ったときに、正体が分かった。
(妖精!)
そうだ、フレンは妖精の愛し子だった。
親や家族から与えられなかった愛情を、妖精が癒してくれる。
けれど、とエメリアは首を傾げた。
(精霊と心を通わせるのはかなり先……十四、五歳のはず……?)
そういうこともあるのだろうか。
なんにせよ、働きに出ている間フレンを守ってくれるならありがたい。
「フレンのことをよろしくね」
目の前にきた妖精に指先で挨拶をする。ちかちかと発光する妖精に笑顔を返した。
「さぁ明日も働かないと!」
「ないとー!」
ニコニコと健やかに微笑んでいる可愛いフレンを抱きしめる。
日々の暮らしにはなにも不自由はない。しかし時折思い出すのはやはり、挨拶もできず去ったあの人のこと。
(――どうしているかな)
辺境の村には王都の情報はほとんど流れてこない。
元の小説では、エメリアが亡くなって二年後には再婚をしているから、もう後妻を娶っていてもおかしくはないが……。
「いえ、もう他人だし……、っ」
そこで、後ろから強い力で腕を掴まれた。
はっとして振り返ると、そこにいたのは――息を切らしたギルフォードだ。
「エメリア……!」
「陛下!?」
彼は見たことのないくらい焦った顔をしている。
「探したぞ」
(嘘でしょ! なんでここに)
腕を掴まれたまま動けずにいると、すぐに騎士が周りを取り囲んだ。
白銀の鎧と剣。王国最強の近衛騎士団だ。
突然の殺伐とした雰囲気に驚く村人たちを、騎士たちがテキパキとひとところに集める。
縄で縛られた村長や村の皆を前にギルフォードが言った。
「……王妃を拐かすとは」
「違います、私が自分でここに……そもそも離縁状を置いて行ったはず!」
言うとギルフォードはしれっと言った。
「燃やした」
「燃やした!?」
頭がくらくらする。
「……ああ、なるほど、それで改めて離縁状が必要で探していたんですね……、待ってください今書くので」
手を取られる。
顔を上げると、意外にも真剣な表情のギルフォードがいた。悲しそうに眉をひそめている。
心臓がひとつ跳ねた。
どうしてそんな縋るような目でエメリアを見るのだろう。
◇
ギルフォードは、手を取られてびっくりしている表情のエメリアを見た。
娶った時は美しいが大人しく面白みのない女としか考えなかった。
公爵家という肩書と、主張しない娘。それが都合が良かった。
しかし今目の前にいるエメリアは、公爵家や王宮にいるときとはまるで違っていた。
腰まで伸びるプラチナブロンドの髪を無造作にまとめ、土と汗にまみれている姿はいっそう美しく見える。
離縁状を置いて彼女が城を出たのは、三年前。
お飾りの王妃として申し分のない働きをしていたエメリアが、権力も名誉も捨てて去ったことに愕然とした。
自分の元には昔から、皇太子という地位を利用しようとするものばかりが集まった。
いつの頃からだろう、それならば自分が先に利用してやろうと考えるようになったのは。
そんな己を戒めるように、諭すように、お飾りでいいと軽んじていたエメリアは軽やかに目の前から消えた。
あれほど打ち込んでいた公務にも身が入らず、彼女のようにあちこちに視察に出るようになった。
なぜもっとそばにいなかったのか、前兆を掴めなかったのかと後悔した。
国中を探したが行方はさっぱりわからない。そして、ようやく子を抱いている彼女を見つけた。
その姿を見た瞬間、生まれて初めてギルフォードは何も考えずに騎士たちから飛び出した。
触れた瞬間、その細い腕の感触が伝わる。
――ようやく君を捕まえた。