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 その、少し前。


 留学生としての本日の学びを終えたイヴァンは、王宮の廊下を歩いていた。


「……っ、……」


 押し殺したような泣き声が聞こえてきたのは、王族の寝室のそばを通りかかったとき。


 そっとそちらをうかがうと、部屋の中で膝を抱えて泣くフレンを見つけた。


 近づいても顔を上げない彼女の周りには、心配そうに様子を伺う妖精たちの姿がある。

 イヴァンが中に入ってフレンの隣に座ると、彼女は小さな声で言った。


「……おかあさまにきらわれました……もう、一緒に寝ないって」


 そう言って声をおさえて泣く姿は、元気な姿を知っているだけに痛々しい。

 同時に、羨ましくもある。自分は物心ついたときにはもう一人で夜を過ごしていたから。


 イヴァンは彼女の小さな頭を撫でた。


「皇妃殿下はそんなことで怒る方ではないよ。なにか、理由があるのだと思う」

「りゆう……」


 フレンが顔を上げた。

 じっとイヴァンを見るその目が、涙に濡れてキラキラ光っていた。

 不謹慎ながらそれに見惚れていると――フレンは、目を半眼にした。


「おかあさまのこと、知ったかぶりしないでください」

「たまには素直にお礼が言えないのかい?」


 そんないつも通りのやりとりをすれば、フレンが少しだけ笑ってくれた。


 ――本当に、皇妃殿下はどうしてしまわれたのだろう。


 まるで人がそのまま変わってしまったようだ。

 そこまで考えてふと気づく。


「……もしかして、村の人と同じように悪い妖精がイタズラしているということはないかな」

「!」


 その瞬間、フレンが顔を上げた。


「そう、そうです、確かめに行きましょう!」






 『エメリア』を部屋に帰した後、親指サイズのエメリアは机の上に座って、ギルフォードと向かい合った。


「……私は、エメリアとして生まれ育つ前の記憶があるのです」


 さすがにここが、前世で読んでいた小説の世界だとは言えない。

 それに、ここはすでにエメリアにとっての現実だ。


 信じてくれるかもわからないが、ギルフォードは静かにエメリアの説明を聞いてくれた。

 村人との一件の後、身体から追い出された話をすると彼は息を吐いた。


「……気づかなくてすまない。いつもの君と、どこか雰囲気が違うことはわかっていたのに」

「にしては誘惑に乗りかけていたような……、あっ、ちょ……っ」


 ギルフォードがエメリアの頬を指で突く。


「仕方がないだろう、君が無邪気に微笑むのを見ると頭がぼうっとしてしまうんだ」

「はぁ、そういうものですか」


 『エメリア』にも魅了の魔法があるのだろうか。 しかしギルフォードと話すことができて、ようやく次に進める。


「お願いがあります」


 エメリアは姿勢を正して机の上で手を組んだ。


「私と、離縁してください」

「――」

「このままでは、フレンにとってよくない事態になります。私は娘から『エメリア』を引き離したいのです」


 目を見開いたギルフォードが首を振った。


「……できるわけがないだろう」

「できるでしょう、離縁状があれば」


 エメリアはギルフォードに微笑んだ。


「あれは正真正銘、本物です。今出しても法的効力は変わりません」


 だからこそ、この切り札を『エメリア』も処分しようとしていたのだ。


 『エメリア』をフレンから引き離す。

 そして狡猾な公爵家に隙を与えないためには、策をもう一つ。


 ――早めに……次の皇妃の選定に動いていてよかった。


 必要なのは、家柄ではなく人格。フレンを何より大切にしてくれる人でなければならない。

 その条件でも、状況もフレンを助けられるのは一人だけだ。


「メレディス」

「はい、ここにおりますわ」


 虚空に呼び掛ければすぐにメレディスが現れた。


「勝手にいなくならないでください、心配したのですよ」


 ぷんぷん怒るメレディスを見る。


 出会ってからの期間は短いが、自信を持って言える。

 エメリアはギルフォードにメレディスを手で示した。


「新しい皇妃には、メレディスを推挙します」

「……――――何を言っているのですか!」

「お願い、あなたにしか頼めないの」

「ですが……」


 おろおろと手を頬に置いてメレディスは言った。


「陛下はわたくしのタイプではありません」

「そうなの!?」

「……それを言うと、俺もだが……」


 困惑した二人を前に焦る。

 てっきりお似合いだと思っていたのに……。


 メレディスがこほんと咳払いした。


「……というのは置いておいて。この状況のエメリア様を放っておけるわけがないでしょう」

「ああ、それに、君はどうする」


 これから先、無事に身体を取り戻せたとして……新しい皇妃がいるならエメリアがその座に戻ることはない。


「なんとかなります。畑仕事も堂にいっていたと村長も言っていたでしょう」


 力こぶをつくる。

 これが最善手だ。

 そう思うのにギルフォードたちは同意してくれない。


「駄目だ」

「ダメです」

「二人とも、これはこの国とフレンのためですよ」


 エメリアはため息をついた。

 言いたくなかったが、最終兵器を使うしかないようだ。

 エメリアはギルフォードを見た。


「どうせ近いうちにお別れすることになります。……私の寿命はあと二年ありませんから」

「なんだと」


 そっとメレディスが視線を逸らす。

 ギルフォードが顔をしかめた。


「『エメリア』をフレンから離して、あとは少し時間が経つのを待てばそれで話は終わり……」




 そこまで言ったところでふと、なにかひらめくものがあった。


 エメリアは決められた予言の通りに死ななければいけない。


 それは逆に言うと……?




 ――なんかそういう昔話があったような……、あ。


「お母さま!」


 何が閃きかけたところで、執務室にフレンが飛び込んできた。その後ろにはイヴァンの姿もある。


「フレン!?」


 ふと頭上を見れば、部屋の中を妖精が飛んでいた。盗み聞きをされたようだ。


「おかあさま、どこですか」


 しかし彼女にはやはり姿が見えないらしい。


 けれどギルフォードやメレディスの視線の先にいたエメリアを、フレンは見事な反射神経で捕まえた。


 泣きながら、掴む手に力を込める。


「っ、ぐ!」

「行ってはダメです、今のおかあさまのことも、フレンは構いませんから!」

「フレン様、力を弱めて!」


 メレディスの声にハッとしたようにフレンが顔を上げる。


 危うく愛しい我が子に潰されかけたエメリアは机の上で息を吐いた。


「……毒リンゴ」


 今の刺激でむしろ頭がすっきりした。

 エメリアは皆を見上げた。


「身体を取り戻すうえに、寿命をどうにかする方法、思いついたかもしれません」

お読みいただきありがとうございます。

残り1話+エピローグの予定です。どうぞ最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。

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