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 動かないメレディスに小さく舌打ちをして、エメリアはビンのコルクを外して飛び出した。


「あ」


 捕まえようとする手を避けて、フレンの頭に抱きつく。

 フレンは小さなエメリアに気づいた様子はない。彼女の周りの精霊も。


 悪い妖精には認識されているから、なにか(まじな)いがかかっているのだろうか。……しかしそんなことはどうでもいい。


 フレンはぼろぼろと声も出さずに泣いていた。


 ――フレン、ごめんなさい。


 不甲斐ない母親で。頭を撫でているとメレディスがエメリアを摘んで素早くビンに入れた。


「フレン様、外に行きましょうか」

「……、はい」


 フレンはちらりと『エメリア』に視線を向けたが、彼女は一切振り向かない。


 それを見てフレンはメレディスにうながされるまま廊下に出た。


「……おかあさまに、きらわれてしまいました。…… フレンのせいで、危ない目にあったから」


 そうフレンが言葉をこぼす。

 うつむく彼女の前に膝をついたメレディスが、その頬を手で冷やした。


「そんなことはありません、エメリア様はご気分が優れないだけです」


 ――そうよ、嫌いになんてなるわけがない。


 しかし、強く押し込まれているのかコルクはどうしても外れない。

 ぐしぐしと涙をぬぐったフレンは、けなげに笑った。


「わたしはいいので、メレディスさんはおかあさまについてあげてください」


 そう言って、フレンは去っていった。



「……メレディス」

「はい」


 このまま消えてやろうと思ったが前言撤回だ。

 可愛い我が子を泣かせた罪は償ってもらう。

 これが筋書き通りというならそんなものぶち壊すまでである。


「エメリア本体だろうがなんだろうが、フレンに手をあげるような奴は放っておけないわ。対処する手伝いをしてくれる?」

「もちろんです」


 頷いて、メレディスは首を傾げた。


「あちらもこちらもエメリア様ですけどね」





 その後、緊急ということで、転移陣を使って一行は皇都に戻った。

 その間にも、身体に戻れないか試してみたがどうやっても弾かれてしまう。

 ついにメレディスが言った。


「正面突破は諦めたほうがよさそうですわ」

「くっ」


 瓶から出ると小さくなるので、今や親指ほどの大きさだ。


 だが、メレディスはエメリアがビンから出られるように身体の周りに呪いを改めてかけてくれた。

 親指サイズは変わらないが、これで自由に歩き回れる。


 いまだに小さなエメリアはギルフォードにもフレンにも認識されないまま。

 皇妃『エメリア』も表向き何も変わらない。


 だがフレンは前のように屈託なく近づくことはなくなった。それがまた歯痒い。

 メレディスが目を光らせてくれているので、今のところフレンを叩くようなことはないが……。


 ――正攻法がダメなら……見てなさい。


 

 その日、エメリアはメレディスには告げずに、こっそりギルフォードの執務室に赴いた。


 文官が出入りするタイミングで中に入る。


「陛下、次はこの案件を……」


 相変わらず忙しそうなギルフォードを、部屋の隅から眺めつつ時間を過ごす。

 夕方を過ぎ、執務室に誰もいなくなったところでエメリアは動き出した。


 なんとか机の上までよじ登り、大事な書類が入っている引き出しを前に腕を組む。

 さすがにこれは見つかれば大ごとすぎて、メレディスに頼めない。


 ――ギルフォードのことだから多分ここに……。


 観察している間にわかった隠し場所から鍵を運んで、苦労しながら引き出しを開けた。

 書類をかき分けて、目的のものを探し出す。


 ――あった。


 それは、離縁状だ。

 フレンが生まれる前にエメリアが置いていったもの。


 ――後はどうやって……。


 扉が開くのに気づいて、咄嗟に引き出しの奥に隠れる。ギルフォードが戻ってきた。


「……なんだ?」


 彼が、開いている引き出しを見た。

 眉をひそめたところで、扉が叩かれる。


「陛下、もうお休みになりませんか」


 声をかけたのは、寝る支度を整えた『エメリア』だ。いつのまにか夜も深くなっていた。


 こそりとそちらを覗くと、微笑んだ彼女がギルフォードの手を取るのが見えた。


「フレンも大きくなりましたし、夫婦なのですから、そろそろ一緒の部屋で寝ましょう?」


 『エメリア』の意見にギルフォードが頷く。


「確かに」


 ――陛下! 初夜で自分が言ったことを思い出して!


 次いで彼女は、少し視線を落とした。


「それと……返していただきたい書類がありまして……」

「書類?」

「私が渡した、離縁状のことです。もう必要ないでしょう」

「……ああ」

「私が、処分しておきます」


 ――まずい!


 『エメリア』の言動を見ていると、こちらの意識が優位だったときの記憶はあるようだ。

 ギルフォードが引き出しに入っている離縁状に伸ばした手に、エメリアは咄嗟に飛びついた。


 ――これだけは、ダメ!


「――っ」


 その瞬間、ギルフォードの動きが止まる。

 見上げると、彼はしっかりとこちらを見て瞬きをしていた。エメリアは必死に首を振る。


「陛下?」


 ギルフォードが『エメリア』を見る。そしてもう一度こちらに視線を向けた。


 離縁状を『エメリア』に取られてはもうおしまいだ。ギルフォードの指を強く掴んだ。


「…………、すまない、少し緊急の用事があるので席を外してもらえないか。離縁状は後で持っていく」


 さすが皇帝。

 不測の事態にも表情を変えずにそう言った。

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