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 エメリアはフレンを抱いて馬車から降りた。


「お久しぶりです、皆さん!」


 懐かしい顔ぶれに、嬉しくて騎士たちよりも近づいたところで……。


「エェ」


 いつも朗らかだった村長が、顔に歪んだ笑みを浮かべた。


 ふと、彼が自分の右手を背中の後ろに回していることに気づく。


「……私どもモ、お二人にお会いできテ嬉しいです」


 そう言う村長が、後ろに回していた右手を持ち上げる。



 陽光が銀の光を反射する。彼が後ろ手に持っていたのは――研がれた鋭い鎌だ。


 躊躇なく、自分たちに向かって鎌が振り下ろされるのがエメリアの目にやけにゆっくりと見えた。


 ――……っ。


 反射的にエメリアはフレンを腕に抱き込んだ。


「――おかあさま!」


 腕の中のフレンが叫ぶ。

 いつ刃が身体に突き立てられるか、痛みに身構えた。


「……待て!!」


 そこで、崖の上から光とともに小さな影が飛び込んできた。


「ぐあっ」


 光は素早い動きで、村長の鎌を弾き飛ばす。

 次いで小柄な人影が、鞘に入ったままの剣を彼に叩きこんだ。


 へたりこむエメリアと、もんどりを打って倒れた村長の間に、頼もしい小さな背中が割って入る。



「ご無事ですか!」



 それは、イヴァンと彼についている妖精だった。


 旅装束の彼が油断なく剣を構えていると、次いでギルフォードが走り込んでくる。


 二人は鞘つきの剣で、武器を隠し持っていた村人たちに対峙して、あっという間に全員を倒してしまった。

 イヴァンと背中を合わたギルフォードが、わずかに口の端を持ち上げた。


「訓練は怠っていなかったようだな」

「はい、おかげさまで」


 妖精を連れた、黒い髪の少年が言う。

 離れてまだ数か月なのに、ずっと大人びた感じがした。


「……イヴァン殿下、どうしてここに」


 エメリアが聞くと、イヴァンが苦笑した。


「少し早く出立できることになりまして、道中がちょうど陛下たちの行程と被っていたので驚かせようかと……」


 そうこうしている間に、騎士が村長たちを拘束する。

 剣をベルトに戻したギルフォードが問いかけた。


「……ミカ村の者だな。どうしてこんな真似を」

「何故ダと!」


 村長はぎろりと彼を睨んだ。


「皇妃と皇太子をあれダケ世話してやったのに、はした金だけ渡しやがって。育テてやったんだから、もっと村が優遇されてもイイはずだ!」


 泡を吹く剣幕で村長が叫ぶ。そうだと村人たちも呼応した。


「……」


 ギルフォードが顔をしかめた。


「やはりそんな理由か。……話は聞く。だが、妻と娘に刃を向けて、無事で済むと思うなよ」


 その威圧に、拘束された村人たちは少し怯んだ。


「へ、陛下、待ってください」


 エメリアが慌ててギルフォードに近づいた。

 

 村長たちがさらなる褒章を求めているらしいことはわかった。だが、何かがおかしい。


 優しかった村の皆のことはよく覚えている。こんなことを言う人たちではない。


 そもそも初めからエメリアは皇妃の身分を明かしていたのだ。今さらそれを蒸し返す必要があるのか。


『……エメリア様』


 そこで、エメリアの肩に乗った埃妖精からメレディスの声がした。


『彼ら、悪い妖精たちの魔法にかかっていますわ』

「……!」


 そう言われて改めて見れば、確かにゆらりと村長たちから黒い影が立ち上っているのがわかった。


 影からひそひそと声がする。


 「たのしイ」「どうスル」「コロスのか」まるで蚊の大群のように彼らの声がうわんうわんと響く。


 どれだけの妖精が集まっているのだろう。

 言葉もなく立ち尽くしていると、次の瞬間、メレディスが動く。


 それがきっかけで、黒い影は蜘蛛の子を散らすように消えていった。


 メレディスも、黒い影たちを追いかけて姿が見えなくなった。


「……! え、これは……」


 すぐに村長たちが正気に戻った。彼らは今の自分たちの状況に愕然とする。


「村への対応に不満があるならゆっくり聞こう」


 ギルフォードが、彼らに向かい合う。村長が慌てて首を振った。


「ま、まさかそんな! 補助金もいただいた上に、皇妃様たちがいたことを公表するのも認めていただき、これ以上のことはありません!」

「……どういうことだ」


 先ほどまでとの違いにまゆを眉をしかめたギルフォードに、エメリアが耳打ちした。


「陛下、……悪い妖精たちが、彼らを操っていたようです」

「……」


 そこでギルフォードはようやく力を抜いた。


「………調査をして、それが本当なら村への妖精避けを強化しなければな」


 ギルフォードの言葉にホッとする。何より、エメリアの言葉を信じてくれたのが嬉しい。


 だが、悪い妖精たちは何がしたかったのだろう。

 もしかして、妖精の愛し子であるフレンを害そうとしたのでは。


 ――いえ、決めつけてはいけないわ。


 メレディスが戻ってきたら確認しよう。そして今はそれよりも……。


「おかえりなさい」


 イヴァンに言って、エメリアはおかえりのハグをしようと手を広げる。

 前より背が伸びた頼もしい彼は、頬を染めて咳払いをした。


「いえ。前のような特別扱いはしないでほしいです。留学生のひとりとして扱ってくだされば……」

「はい、ぎゅー」


 しゃがんで、問答無用で彼を抱きしめる。


「……助けてくださって、ありがとうございます」

「フレンも!」

「ええ」

「君は助けられた側だろう」

「うるさいですよ」


 相変わらずの二人を抱きしめる。

 そこでふと影が落ちた。見上げるとそこにいたのはギルフォードだ。


 そして、地面に膝をついたギルフォードが、子どもたちごとエメリアを抱きしめた。


「陛下も、ありがとうございます」


 なんとなく、くすぐったくて笑ったそのとき。




 とん、と身体に小さな衝撃が走った。




 景色が揺らいで目が眩み、エメリアは一瞬目を閉じた。


 次に瞼を開くと……目の前に、子どもたちを抱く『エメリア』と、それを抱きしめるギルフォードの姿があった。


 ーーえ。


 持ち上げた自分の手は、向こうが見えるほど透けている。


 ーーなに……これ。


『驚イタ』


 近くで、ノイズまみれのしゃがれた声がした。


 振り返ると、そこには黒い蛙の姿がある。悪い妖精だと、なぜか本能的に察した。


『魂を追い出して身体ヲ乗っ取ろうと思ったノニ……まさか、魂が二つあるトハ』


 そう言って黒い蛙が身をひるがえすのと、皆に囲まれている『エメリア』が顔を上げるのが、同時だった。

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