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 次の日。

 街は昨日の検問騒ぎがまだ尾を引いていた。


「昨日のはなんだったんだろう」

「皇妃殿下がまた逃げ出したって話だよ。無事に見つかったらしいけど」

「大人しそうに見えて、皇妃様も大胆だ」


 為政者がそんなことで大丈夫なのか、そう話をする広場の人々の前に一台の馬車が止まった。


 周りを騎士で固めた、見るからに豪華な四頭立ての馬車だ。

 扉が開いて、そこから、誰もが見惚れるような銀髪の美丈夫が現れる。


 言われなくてもわかる。この国の皇帝だ。

 思わぬ人物の登場に、人々が足を止めて礼を取る中、彼が馬車内に向けて手を伸ばした。


 その手のひらに、白く華奢な手が置かれる。

 皇帝にエスコートされて現れたのは、美しい金の髪のお妃さまだ。

 続いて、妖精を連れた銀髪の愛らしい女の子も。

 

 皇妃と皇太子、そして皇帝は一目でお揃いとわかる服を着ていた。



 馬車から先に降りたギルフォードにエスコートされて、エメリアは再び街に降り立った。


 身につけているのは、出発前に作った家族三人揃いの外出用ドレスだ。

 一目でそれとわかるデザインと色味に、観衆からはざわめきの後、あたたかな視線を向けられた。


「おやまぁ、仲良しだわ」

「お揃いなんだねぇ」


 これが昨日、ギルフォードがエメリアに出した提案である。


 そもそもこの日は三人で街の視察をする予定にしていた。そこで、この家族揃いの服を着ようと。


 ーー着る気は、なかったのに……!


 ギルフォードは澄ました顔で。エメリアは巻き込まれたフレンとともに若干顔を引き攣らせて、皆が振ってくれる手に笑顔を返した。




 とはいえ、視察が始まればすぐにそちらに集中することになった。


 街の主要施設や教会、学校や孤児院を訪問して、一行は最後に市場にやってきた。


 それまできりっとした顔であちこちを巡っていたフレンが、このときばかりは顔を輝かせる。


「おかあさま、なつかしいです」

「ええ」


 村に逃げていたときは、近くの市場にたまに出掛けることがあった。そこと雰囲気が似ている。


 刺繍や糸紡ぎで現金収入があったときに必要なものを買っていたのだ。それを思い出すとやはりよぎるのは、懐かしい人たちの顔。


 ーーやっぱり、村長さんたちに一目だけでも会いたいな。


 今回旅程に入っていないのは、あまり特定の場所を皇帝が贔屓していると思われないためだが……。


 穏やかな日々を思い出していると、フレンがエメリアの服を引いた。

 彼女の視線の先には、飴を使ったさまざまな種類のお菓子が並ぶ屋台がある。

 「いらっしゃい!」と元気な店主が手を叩いて、客引きをしていた。


「……お菓子、買ってもいいですか」


 あの頃もこうやってよくフレンにお菓子をねだられたものだ。

 エメリアは頷いて、そのときと同じことを告げた。


「ひとつだけよ」


 こくんとフレンも頷いて、屋台に近づいた。


「はい、いらっしゃ……皇女様!?」

「こんにちは! おかしを見てもいいですか」

「も、もちろんです!」


 フレンは、ケースに並んでいる美味しそうなお菓子を嬉しそうに吟味する。


 その様子を、ギルフォードはフレンの後ろから眺めていた。

 屋台に貼られている値段表を見て首を傾げる。


「全部買えばいいだろう」

「ダメです」


 ギルフォードはこういうとき、意外と大雑把だ。


「これにします!」


 フレンはナッツがいっぱい入った飴菓子を選んだ。

 店主からお菓子の袋を受け取ってはしゃぐフレンに笑って、エメリアは店主に金貨を渡した。


「皇妃様、さすがにおつりがありませんよ……」


 頭を掻く店主に、エメリアは微笑んだ。

 屋台に並ぶのは店主の腕前がよくわかる菓子たち。フレンにはひとつで十分だがーー。


「おつりはいりません。その代わり、よかったら今日こちらに来る子どもたちに、お菓子をあげてください」

「! は、はい」


 恐縮しきりの店主にお礼を言って、視察に戻る。

 お菓子はその間、メレディスが預かってくれた。


 そして公務が終わり、馬車に戻る。

 メレディスから受け取ったフレンが、座面に座ってすぐ満面の笑みで袋を開けた。


「うわぁあ」


 選んだのは、溶かした飴をナッツと絡めて長方形に小さく切ったもの。数は十くらいだろうか。

 フレンはその中のひとつを取ってエメリアに差し出した。


「おかあさまにもあげます」

「ありがとう」

「……おとうさまにも」

「そ、そうか」


 フレンはギルフォードにも飴を差し出す。

 ぎこちなく飴を受け渡しする二人を眺めて、エメリアは聞いた。


「フレン、視察はどうだった?」

「たのしかったです、みんな、笑顔でした。……フレンが皇帝になっても、みんなにはそんな顔をしてほしいです」

「ーーぐっ」


 飴を持ったままギルフォードが胸に手を当ててうめいた。


 それにしても本当に、表情豊かになったものだ。


 しみじみしながら飴を食べ、エメリアはギルフォードにそっと言った。


「よかったですね陛下」

「……ああ」


 前に声をかけると、ギルフォードがエメリアを見て笑う。いつもの皮肉げなものではなく、優しい表情で。


「っ」


 不意打ちのそれにどきっとしてしまって、エメリアは慌てて窓の外に目を向けた。

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