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慌ててエメリアは、落ちてきたその小さな身体を受け止めた。
「フレン、ど、どうしてここに」
「……おかあさまにつけているようせいさんから、ほうこくがありました」
「えっ」
妖精がついていたなんて初耳だ。
――いえ、それよりも原作のヒロインとラスボスがまさかここで会うなんて……っ、?
青ざめてメレディスを見る。
しかし、そこにいたのは占い師ではなくメガネをかけたメイドだ。
いつのまにか彼女の服が変わっている。
頭にはてなを浮かべるエメリアの腕の中で、フレンが眉根を寄せた。
「ひとではない気配がします」
そんなことまでわかるのか。
日々の娘の成長にしみじみしつつ、エメリアはメレディスを紹介した。
「ええと、埃妖精でおかあさまを助けてくれた人よ」
「メレディスと申します。今日からエメリア様の侍女としてお世話になります」
「……えっと、……ええ……そういうことに……」
そんな話だっただろうか。戸惑いながら頷くと、フレンがさらに眉をひそめた。
「わるいようせいさんの……?」
「あ、わるいと決まったわけでは」
そこでフレンがもぞもぞ動いて、エメリアの腕から下りて地面に立つ。
じっとメレディスを見上げていた彼女は――メレディスに頭を下げた。
「おかあさまをたすけてくれて、ありがとうございました!」
「……っ」
「っ」
元気なフレンの様子に、メレディスと同時にエメリアは口を押さえた。
メレディスはフレンの前に膝をついて、微笑んだ。
「これからよろしくお願いします、フレン様」
「はい!」
そこでふわっと周囲の空気が変わる。
いつの間にかエメリアたちは街の喧噪の中に戻っていた。
『ガノーナ』の前にいた占いの客や野次馬たちは、エメリアやフレン、メイド姿のメレディスに目もくれず三々五々散っていく。
同時に、街がやけに慌ただしくなっているのを知る。
騎士たちが通りを駆けて、すぐにあちこちに厳重な検問が敷かれ始めた。
「門が閉められるらしいぞ!」
「皇太子様と皇妃様がいなくなって、陛下が探しているらしい!」
そんな言葉が聞こえてくる。
「……フレン、出てくることを陛下に言った?」
「言ってません。おかあさまは?」
「言ってないわね」
何も言わずにオーエン夫人のところを出て何時間経っただろう。エメリアは青ざめた。
「い、急いで帰りましょう!」
フレンとメレディスを連れて、エメリアは滞在先である迎賓館に走った。
途中、通りかかった顔見知りの騎士に声をかけて無事に戻ると、ギルフォードが入り口で待っていた。
仁王立ちに冷ややかな威圧感のまま、彼が口を開く。
「……二人で、どこへ?」
「申し訳ありません、ちょっと街に出掛けてみたくなって」
「……」
フレンを抱き上げて愛想笑いをする。
わずかに息を吐いた彼が、後ろに控えるメレディスを見た。
「見ない顔だが」
メレディスはスカートの裾を持って完璧な淑女の礼をした。
「メレディスと申します。本日から、エメリア様とフレン様のお世話をさせていただきます」
「ちょっとした縁がありまして……この子の主人らしいのですが、彼女を雇ってもよろしいでしょうか」
エメリアは自分の肩に乗っていた埃妖精を手に乗せて、ギルフォードに差し出した。
つぶらな目を開いた妖精がじっと彼を見上げる。ギルフォードも妖精を見下ろして――しばらく静かな時間が過ぎた。
「……好きにしなさい」
「ありがとうございます」
そのギルフォードの様子をエメリアは観察していた。
端的で不機嫌そうな、いつものギルフォードだ。メレディスが魅了をかけたようすはない。約束を守ってくれていると判断する。
廊下に降りたフレンは、メレディスの手を引いた。
「メレディスさん、フレンがげいひんかんをあんないします!」
「あら嬉しいです」
そんな話をしながら廊下を駆けていく二人を、エメリアはギルフォードとともに見送った。