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「え、ええええ!?」
突然のことにパニックになる。しかし振りほどこうにも掴むメレディスの力が強い。
「は、離し……」
「はぁぁあ、夢にまで見たエメリアの体温……」
――この話のラスボス、継母メレディスよね!?
あまりにも原作とかけ離れた言動に狼狽える。
同時に彼女の予言と『わたくし、絶対に阻止してみせます!』の言葉が蘇った。
未だ、街にはエメリアたち以外の人間の姿はない。
そういえば、妖精はその空間だけ切り取って、『あちらの世界』に持っていくことができるはずだ。
「ええと、メレディス、さん? ……悪い妖精の」
「はい」
エメリアの手を掴んでいるメレディスが、あっさりと認めて顔を上げる。
そこでふわりと、視界の端に黒いものが飛ぶのが見えた。
「あ」
いつか宮殿で見た埃妖精だ。その子はエメリアの前をふよふよと風に吹かれて漂っている。
「この妖精……もしかしてあなたが、父の杖を逸らして助けてくれたの?」
「助けただなんてそんな」
埃妖精を指先に乗せて、妖艶にメレディスが笑う。
「エメリアに手を上げるだなんてそんなことをする不届もの、本当であれば塵にしてもよかったのですが悪い妖精避けの呪いのせいで力及ばず、使い魔であるこの子をぶつけるしかなかったので、この場合は助けたと言っていいのか……」
「助けてくれたのね」
ようやく落ち着いてきた。
埃妖精と同じく、メレディスに害意は感じない。それどころか……。
「やっぱり本物のエメリアは数千倍かわいい……」
妙な好意を感じる。突き刺さるような視線に耐えながら、問いかけた。
「私のことを知っているの?」
「もちろん。この国の皇妃であり妖精の愛し子の母、そして世界の流れに抗う源流ですもの。わたくし、ずっと見てきましたの」
そしてメレディスは立ち上がった。
エメリアよりも背が高い彼女の手のひらに、黒い水晶玉が現れる。
その靄のかかる表面に、強張った顔のエメリアが映っていた。
「さて本題に入りましょう。本来であれば謎の占い師ポジションでいくつもりでしたが、そうも言っていられなくなりました」
そう言って、メレディスは水晶越しにエメリアを見た。
「わたくしを、おそばに置いてくださいませ」
「……え」
「これでも使えますわよ。メイドから雑用、靴舐めまでなんでもさせていただきます」
「それは結構です」
「はぁ、冷たいエメリアも尊い」
ーー何がどうなっているの。
くらくらする頭で考える。
まず思ったのは、油断させておいてエメリアの近くにきて、フレンに何かするつもりなのではということ。
もしくは、ギルフォードの陥落が目的なのか。
どちらにせよ、容易に彼女を引き入れるのは危険すぎる。
警戒するエメリアを見て、メレディスは小首を傾げた。
「信用されないのも当然ですよね、エメリアは何故か私の正体も知っているようですし。では……条件を出しましょう」
「条件?」
「わたくしをそばに置いてくださるなら、貴女の願いを何でもひとつだけ叶えます」
「――」
妖精は、嘘をつけない。それが悪い妖精でもだ。
だからこの取引は叶えられる。
「…………わかったわ」
答えると、メレディスはぱっと表情を明るくした。
彼女の居場所はなんとしても掴んでおきたかった。
そばに置く代わりに願いを叶えてくれるなら、渡りに船、と思うことにする。
「なんでも、願ってくださいまし!」
ひとつだけの願い事。
少し考えて、エメリアは言った。
「……私の大事な人たちに、魅了の魔法は使わないで」
メレディスが目をぱちくりして動きを止める。
「それだけ?」
「ええ」
「……もっとこう、地位や権力やお金とかでもいいんですよ?」
「一応、最高水準にいますので……」
腐っても皇妃である。
「嘘をつかないでとか裏切らないでとか」
「定義が曖昧すぎて、なんとでも言い逃れできそうですし。そういう昔話、たくさんあるんです」
ふう、とエメリアは息を吐いた。
彼女は、エメリアにとっていわばライバルのような立場だ。だけど。
ーーメレディス自身の魅力で、皆を虜にするなら私に何か言う権利はないしね。
納得いかない顔をしていたが、しばらくしてメレディスは胸元に手を置いた。
「畏まりました。ではその願いを叶える代わりに、わたくし、そばにいて全力でエメリアを守ります」
「これからよろしくお願いし……そうだ、その予言の話ですけど……」
そこで、パリンと上空から音がした。
「おかあさま!」
「……フレン!?」
上を見ると、妖精を伴ったフレンが空間に飛び込んできた。