20
視察は何事もなく進んでいった。
ゆく先々で歓迎を受け、ギルフォードは皆にフレンを紹介していく。それをエメリアは傍で見守った。
その土地の建造物や施設を見たり、名所を案内してもらったり、騎士の訓練を見たりであっという間に時間は過ぎていった。
そして行程も半ばを過ぎた頃のこと。
その日、エメリアは有力者の夫人が開いたお茶会に出席していた。
「皇妃様とお近づきになれて光栄でございます」
「こちらこそ、顔の広いオーエン夫人とお話しできて嬉しいわ」
お茶会に来ているのは有力貴族の令嬢や夫人、女性学者などさまざま。
ホストのオーエン夫人はこのような場を定期的に開いて、女性の交流を推進している方だ。
彼女に紹介してもらい、花の咲く庭園で出席者たちと挨拶を交わす。
和やかなお茶会の中、オーエン夫人が息を吐いた。
「皇妃殿下は、本当に陛下に愛されていますわねぇ」
「そ、そうかしら」
「ええ。優しくエスコートされている二人のお姿など、皆が見惚れておりますのよ」
「羨ましいですわぁ」
他の出席者たちも頷いた。
視察のことは、ゆく先々で新聞などに面白おかしく取り立てられている。エメリアは曖昧に微笑んだ。
「またフレン様がお可愛いらしくて」
「そうなんです!」
そんな話をしながら、エメリアは油断なく参加者たちの様子を見ていた。
視察中は時間の許す限り、このような場に参加しようとエメリアは考えていた。
これから先の環境を整えるために。
フレンが妖精の愛し子という話は、今や国内どころか他国にまで広まっている。その過程ですでに結婚の申し込みが殺到していた。
ギルフォードは王位継承者としてフレンのことを扱ってくれているし、フレンもおそらく政治に向いている。
エメリアがお茶会に参加している間は、彼らだけの視察もこなしていた。
ということでもう少し、嫌な要素を減らしたい。
具体的に言うと、継母メレディスに付け入る隙を減らしたい。
そこで考えたのが、側妃制度である。
もしこれから先、エメリアに何かあった時には自動的に側妃が皇妃となるよう、取り決めておくつもりだ。
――メレディスの能力に魅了があるから、どこまで効果があるかはわからないけれど。……というかその対策も考えないとね。
フレンの母としてやることはたくさんある。
実のところ、出発前に密かに侍従長に相談して、王都での側妃候補は集めていた。
有力貴族たちの人となりは知っている。伊達にあの父の元で公爵令嬢をしていたわけでもない。
血のつながらない娘を大事にしてくれる人に、側妃になってもらいたい。
あとは、折を見てギルフォードに話をしようと思っていた。
――ひとまずそこまでできれば……。
そう思って顔を上げる。
初夏の日差しは気持ちがいい。
それに目を細めていると、令嬢たちの間で賑やかな声が上がった。好奇心に任せて話しかけてみる。
「何のお話?」
「あっ、皇妃様!」
「あの、この子が当たると噂の占い師に見ていただいたらしくて」
若い令嬢が、隣の子を示す。
彼女は愛らしく頬を染めて言った。
「運命の人が現れると言われた日に、ハンカチを拾ってくださった男性と……恋仲になったのです」
「まぁ」
思わず手を組んでしまう。
「素敵なお話ね」
「はい、占い師のメレディスさんのおかげです」
「――」
はにかむ令嬢の笑顔を前に、一瞬反応が遅れた。
「……メレディス、さん?」
「王妃様もご存じなのですか?」
「ええ。……彼女にはどこに行けば会えるの?」
問いかけに、令嬢たちが無邪気に言葉を交わした。
「大通りの『ガノーナ』というお店の前で辻占をされています」
「私たちが行った時には会えなかったのよね」
「いつ現れるのかわからないところも、面白いですね。しかも占いは百発百中で」
話を聞きながら、エメリアの心臓は大きく脈打っていた。
――この街にメレディスがいるかもしれない。
逸る気持ちを押さえてお茶会の時間を過ごした。
そして挨拶を終えてオーエン夫人の庭を出た後、エメリアはこっそり裏口から出た。
まずは自分の目で確かめなくてはいけない。
貴族の令嬢が足しげく通える場所だから、中心部から遠くはないだろう。
そして道行く人に『ガノーナ』というお店の名を訪ねて、ようやくその場所にたどり着いた。
店の前には人だかりができていた。
頭からすっぽり被ったマントを握りしめて、エメリアは間を抜けて前のほうに出る。
「見えますわ」
黒い水晶に手をかざしている占い師は、黒いヴェールで口元を覆っていた。
髪は漆黒でその目は血のような赤。メレディスと同じだ。
彼女は前に座る客に囁きかけた。
「……あなたの落し物は、十二番通り五番地の植木の下にあります」
「そ、そうですか、ありがとうございます!」
うっとりするような声の持ち主だ。
ファンも多いようで、占い結果について、感心したような声が聞こえてくる。
「では次……そこのあなた」
すっと、メレディスがいつのまにか最前列にいたエメリアを手で示した。
「こちらへどうぞ」
微笑んだ彼女に空いた椅子を勧められる。
エメリアだと気づいているのだろうか。警戒しながら座ると、メレディスはその紅い目をゆっくりと妖艶に細めた。
「なにを占いましょうか」
「……そうね。未来について、とかお願いできますか」
エメリアにうなずいた彼女が、黒い水晶に手をかざす。よく見れば黒一色ではなく中に靄がかかっているようだ。
「――……」
しばらくして、動きを止めた彼女の目が真っ直ぐにエメリアを捉えた。
「お可哀そうに、あなたの余命は二年ありません」
周囲がざわめく。
その言葉を聞いて、エメリアは頬に手を置いた。
「そうですか」
「あら。驚かれないのですか?」
「少し予想していまして」
それはちょうど、原作でのエメリアの命の期限だ。
――まぁでも、むざむざ死ぬつもりはないけど。
側妃やもろもろ、もちろん用意は大事だが、フレンの成長を見るために死んではいられない。
「ありがとう、教えてくれて助かります」
むしろそれなら用心もできる。エメリアはにっこり笑った。
そこでふと気づいた。先ほどまであれだけいたはずの客がいなくなっている。
それどころか、街に人の気配がない。
「――これは……」
思わず立ち上がったところで、強い力で手を取られた。
「エメリア様!」
「えっ」
口元にヴェールをつけたメレディスは青ざめた表情でエメリアを見上げた。
「わたくし、絶対に阻止してみせます!」