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 視察は何事もなく進んでいった。

 ゆく先々で歓迎を受け、ギルフォードは皆にフレンを紹介していく。それをエメリアは傍で見守った。


 その土地の建造物や施設を見たり、名所を案内してもらったり、騎士の訓練を見たりであっという間に時間は過ぎていった。




 そして行程も半ばを過ぎた頃のこと。

 その日、エメリアは有力者の夫人が開いたお茶会に出席していた。


「皇妃様とお近づきになれて光栄でございます」

「こちらこそ、顔の広いオーエン夫人とお話しできて嬉しいわ」


 お茶会に来ているのは有力貴族の令嬢や夫人、女性学者などさまざま。

 ホストのオーエン夫人はこのような場を定期的に開いて、女性の交流を推進している方だ。

 彼女に紹介してもらい、花の咲く庭園で出席者たちと挨拶を交わす。


 和やかなお茶会の中、オーエン夫人が息を吐いた。


「皇妃殿下は、本当に陛下に愛されていますわねぇ」

「そ、そうかしら」

「ええ。優しくエスコートされている二人のお姿など、皆が見惚れておりますのよ」

「羨ましいですわぁ」


 他の出席者たちも頷いた。

 視察のことは、ゆく先々で新聞などに面白おかしく取り立てられている。エメリアは曖昧に微笑んだ。


「またフレン様がお可愛いらしくて」

「そうなんです!」



 そんな話をしながら、エメリアは油断なく参加者たちの様子を見ていた。


 視察中は時間の許す限り、このような場に参加しようとエメリアは考えていた。

 これから先の環境を整えるために。


 フレンが妖精の愛し子という話は、今や国内どころか他国にまで広まっている。その過程ですでに結婚の申し込みが殺到していた。


 ギルフォードは王位継承者としてフレンのことを扱ってくれているし、フレンもおそらく政治に向いている。

 エメリアがお茶会に参加している間は、彼らだけの視察もこなしていた。


 ということでもう少し、嫌な要素を減らしたい。

 具体的に言うと、継母メレディスに付け入る隙を減らしたい。


 そこで考えたのが、側妃制度である。


 もしこれから先、エメリアに何かあった時には自動的に側妃が皇妃となるよう、取り決めておくつもりだ。


 ――メレディスの能力に魅了があるから、どこまで効果があるかはわからないけれど。……というかその対策も考えないとね。


 フレンの母としてやることはたくさんある。


 実のところ、出発前に密かに侍従長に相談して、王都での側妃候補は集めていた。

 有力貴族たちの人となりは知っている。伊達にあの父の元で公爵令嬢をしていたわけでもない。


 血のつながらない(フレン)を大事にしてくれる人に、側妃になってもらいたい。


 あとは、折を見てギルフォードに話をしようと思っていた。


 ――ひとまずそこまでできれば……。


 そう思って顔を上げる。

 初夏の日差しは気持ちがいい。

 それに目を細めていると、令嬢たちの間で賑やかな声が上がった。好奇心に任せて話しかけてみる。


「何のお話?」

「あっ、皇妃様!」

「あの、この子が当たると噂の占い師に見ていただいたらしくて」


 若い令嬢が、隣の子を示す。

 彼女は愛らしく頬を染めて言った。


「運命の人が現れると言われた日に、ハンカチを拾ってくださった男性と……恋仲になったのです」

「まぁ」


 思わず手を組んでしまう。


「素敵なお話ね」

「はい、占い師のメレディスさんのおかげです」

「――」


 はにかむ令嬢の笑顔を前に、一瞬反応が遅れた。


「……メレディス、さん?」

「王妃様もご存じなのですか?」

「ええ。……彼女にはどこに行けば会えるの?」


 問いかけに、令嬢たちが無邪気に言葉を交わした。


「大通りの『ガノーナ』というお店の前で辻占をされています」

「私たちが行った時には会えなかったのよね」

「いつ現れるのかわからないところも、面白いですね。しかも占いは百発百中で」


 話を聞きながら、エメリアの心臓は大きく脈打っていた。


 ――この街にメレディスがいるかもしれない。


 逸る気持ちを押さえてお茶会の時間を過ごした。

 そして挨拶を終えてオーエン夫人の庭を出た後、エメリアはこっそり裏口から出た。


 まずは自分の目で確かめなくてはいけない。

 貴族の令嬢が足しげく通える場所だから、中心部から遠くはないだろう。


 そして道行く人に『ガノーナ』というお店の名を訪ねて、ようやくその場所にたどり着いた。


 店の前には人だかりができていた。

 頭からすっぽり被ったマントを握りしめて、エメリアは間を抜けて前のほうに出る。


「見えますわ」


 黒い水晶に手をかざしている占い師は、黒いヴェールで口元を覆っていた。

 髪は漆黒でその目は血のような赤。メレディスと同じだ。


 彼女は前に座る客に囁きかけた。


「……あなたの落し物は、十二番通り五番地の植木の下にあります」

「そ、そうですか、ありがとうございます!」


 うっとりするような声の持ち主だ。

 ファンも多いようで、占い結果について、感心したような声が聞こえてくる。


「では次……そこのあなた」


 すっと、メレディスがいつのまにか最前列にいたエメリアを手で示した。


「こちらへどうぞ」


 微笑んだ彼女に空いた椅子を勧められる。

 エメリアだと気づいているのだろうか。警戒しながら座ると、メレディスはその紅い目をゆっくりと妖艶に細めた。


「なにを占いましょうか」

「……そうね。未来について、とかお願いできますか」


 エメリアにうなずいた彼女が、黒い水晶に手をかざす。よく見れば黒一色ではなく中に靄がかかっているようだ。


「――……」


 しばらくして、動きを止めた彼女の目が真っ直ぐにエメリアを捉えた。


「お可哀そうに、あなたの余命は二年ありません」


 周囲がざわめく。

 その言葉を聞いて、エメリアは頬に手を置いた。


「そうですか」

「あら。驚かれないのですか?」

「少し予想していまして」


 それはちょうど、原作でのエメリアの命の期限だ。


 ――まぁでも、むざむざ死ぬつもりはないけど。


 側妃やもろもろ、もちろん用意は大事だが、フレンの成長を見るために死んではいられない。


「ありがとう、教えてくれて助かります」


 むしろそれなら用心もできる。エメリアはにっこり笑った。

 そこでふと気づいた。先ほどまであれだけいたはずの客がいなくなっている。

 それどころか、街に人の気配がない。


「――これは……」


 思わず立ち上がったところで、強い力で手を取られた。


「エメリア様!」

「えっ」


 口元にヴェールをつけたメレディスは青ざめた表情でエメリアを見上げた。


「わたくし、絶対に阻止してみせます!」

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