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 恋をする皇帝に嫁いだものの、渡りがあったのは初夜の一度だけ。あとは放っておかれる。


 妊娠したのがわかってもギルフォードは「俺の子か」とかひどいことを言う。


 健気なエメリアがそんな夫を振り向かせたくて死ぬ思いで産んでも見向きもせず、そして全ての苛立ちを娘に向けてしまうのだ。


 そんなことをしてももちろん事態は好転せず、……そのまま精神を衰弱させて死ぬ。


 その後、ギルフォ ードはまた政略的に別の女性と結婚して、継母にヒロインは虐められーーと考えていたところでぐっとベッドに押し倒された。


 上からとても直視できない美貌が見下ろす。

 大きな手がエメリアの身体を滑った。それだけでぞくぞくと気持ちよくて、力が抜けてしまった。


「仕事が残っている、早く終わらせるぞ」

「待っ……」






 翌朝。

 エメリアは下腹部の違和感と腰の痛みと共に目が覚めた。


(よくも、あのクソ皇帝、か弱い公爵令嬢に手加減もせず……っ)


 すでに部屋に皇帝の姿はない。

 もういっそ清々しいほどに、寝所に彼がいた形跡は残っていなかった。だがまぁ、これでもう夫の顔を見る必要もない。


「ーーよし! っいたたた……」


 握り拳をつくったところで腰に痛みが走ってうめく。


(まず考えるべきは、体力作りね)


 美しく見せるため、エメリアは小さい頃から食事や運動を制限されていた。これはよくない、身体を鍛えよう。


 ……すでにヒロインはみごもっているはずだから、無理のない程度に。


 そして、ヒロインのために王宮から逃げる手立てを考える。


(だって可哀想じゃない)


 どうせここにいてもギルフォードは母子を愛さない。

 自分はそれでいいとして、もし万が一エメリアに何かあれば、継母に虐められるのだ。

 それをわかっていて、そのままにしておけない。


(私はどちらにせよ、この城からは退場しなければならない。ヒロインは……隣国になんとか行ってヒーローとどうにか会わせる!)


 彼は公務にもエメリアを出さなかった。必要なのは虫除けの妻と公爵家の名だけ。


 あとは自分で全部国を治めるためだ。ーーつまりは、自由。


「よし!」


 エメリアはさっそく行動を開始した。



 エメリアは体力作りをしながら、視察と称して、国中のいろんな村を巡った。

 そこで民の困りごとを聞きつつ、ヒロインを育てるのに都合のいい場所を探す。


 そんなことを繰り返していると、ある夜ギルフォードが寝室にやってきた。


 物語では初夜以降、エメリアの部屋に来ていないはずなのでびっくりする。


(まぁ、夫婦だしそういうこともあったのかしら……)


 そんなことを考えていると、ギルフォードは眉間の皺を深くした。


「お前は、最近出歩いて何をしている」


 おっとこれは視察の件で小言を言いに来たのだろう。

 エメリアはにっこり微笑んだ。


「陛下のお手は煩わせませんわ。旅費はわたくしと公爵家からのものです」


 視察に際して、国庫には一切手をつけていない。


 娘をただ政治の道具にする父の金を、少しくらい国のために使ってもらってもバチは当たらないだろう。


 それに腐っても公爵令嬢、エメリア私物の宝石はたくさんある。

 それを少しずつ売って、偵察費用と逃亡後の資金として隠していた。


 目もくらむような宝石だが、どうせ死んでもあの世に持っていけない。

 しかも、継母が勝手に己のものにするのも知っている。その前に有効活用させていただこう。


 しかし今はそれよりも大事なことがあった。


「陛下、ご報告した、西部の水害の対策に関してはいかがですか」

「……視察での陳情を受けて、早急に進めている」

「よかった……」


 心の底からホッとしてエメリアは微笑んだ。

 視察のときにたまたま大雨による被害があった村に出くわしたのだ。辺境であろうと大切な民だ。

 夫としては最悪な男だが、皇帝としては優秀なので心配することもなかった。


(それにしても、実母が死ぬ前のエピソードがほぼないのが問題なのよね)


 支度は着々と進んでいるが、どうにも不安要素は多い。

 それでもなんとかするしかない。ヒロインと自分の明るい未来のために。


「それで陛下、何か御用が……」


 そこで、ベッドに押し倒された。


「えっ」


 上からのしかかられて驚く。性急に服を――今日も防御力ゼロだ――脱がされそうになって、エメリアは必死で抵抗した。


「だめ、です!」


(嘘でしょ。一回しか抱いてないはずじゃないの)


「――お腹に、子がいますので」

「なんだと」

「しまった!」


 全部声に出た。


(うう、隠し通すつもりだったのに!)


 エメリアの告白を聞いたギルフォードは、ベッドで覆い被さりながら呆然としている。

 固まったように動かない彼に恐る恐る声をかけた。


「も、もちろん陛下のお子ですよ……?」

「そこを心配しているわけではない」


 おや、思っていた反応と違う。

 エメリアは夫の胸を押し除けながら言葉を続けた。


「こちらのことは構わなくて大丈夫です。お仕事で忙しいのはわかっていますし、……この子は一人で育てますので」


 公務に忙しくて、実母が手を上げていたことも継母が虐げていたことも知らないくらいだ。

 そもそも、後継者が男子でないこともヒロインに興味をもてなかった理由だろう。


(うう……可哀想、私がちゃんと愛情込めて育てるからね!)


 そう決意して、まだ膨らんでいないお腹を撫でる。


「…………」


 ギルフォードは、無言のままふらりと立ち上がってドアに向かった。

 ノブに手をかけたがタイミングを外して、ごんと額を打つ。


「へ、陛下……大丈夫ですか!」

「……」


 返事をすることもなく、そのまま行ってしまった。





「体調はどうだ」


 それから、ギルフォードはよくエメリアのもとに顔を見せるようになった。――それどころか、なにかと気遣ってくれるのだ。


(嬉しいような、ちょっと困るような……)


 国中を巡った視察の結果、潜伏先は無事に決めた。

 決行日も大丈夫。抜け出す警備の隙も見つけられている。


(去り難くなってしまうじゃない……)


 これはむしろよくない。

 ギルフォードに恋心を抱いていた、物語の『エメリア』もこんな気持ちだったのだろうか。


 だとするとやはり、早めに彼のそばを離れた方がいいだろう。

 エメリアのお腹をこわごわ優しくさすっている夫を見る。

 もうこんな間近で見ることもないのは、少し寂しい気もした。



 そして臨月に離縁状を部屋に置いて、無事にエメリアは王宮を抜け出し、辺境の村に身を隠した。

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