表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/31

12

 子どもたちは互いに対抗意識を燃やしている。


 そしてフレンに初めて「おとうさま」と呼ばれたギルフォードは――戸惑う表情で固まっていた。



 動き出したのはしばらくしてからだ。

 

「…… ――――わかった」


 ギルフォードは口の端を持ち上げて、嬉しそうに言う。


 だがそれは微笑みでなく、強者の余裕だ。


「子どもだからといって手加減はしないぞ」

「はい、陛下」

「もちろんです」


 フレンはあくまで真剣な表情でギルフォードを見ている。


 ――必要な手加減は、してほしいような……。


 しかしやる気満々な三人を前に、それを言うのは野暮と思って黙る。


 さすがにギルフォードも相手が三歳と五歳というのはわかっている、はずだ。




「皇女様、勉強のお時間です」

「はい! おかあさま、またあとで」

「ええ」


 フレンが次の授業に向かうのを見送る。イヴァンも使節団の者に呼ばれて行ってしまった。


 そうして、エメリアは中庭のテーブルにギルフォードと二人で残された。


 ――気まずい!


 けれど、フレンが去っていった方向を見るギルフォードはいつもの威圧感はない。


 珍しくやわらかな表情をしている。だからエメリアもすぐにその場を立ち去る気になれなかった。


 ――どうも調子が狂う。


 すでにクッキーは空だ。

 エメリアは自分の手元を見て、お茶を飲み干した。




 その夜、エメリアは昨夜と同じように部屋にイヴァンを招き入れた。

 今日は、絵本を用意した。


「フレンに読むので、殿下も一緒にどうでしょうか」


 膝に二人を乗せて、読み聞かせる。

 

 子どもに人気の、カエルの王子様とお姫様が一緒に冒険する話だ。フレンはこのシリーズが大好きで、何度読んでも目をキラキラさせる。


「むかしむかし、あるところに……」


 そうしてページをめくり、最後まで読み終わる頃には二人ともすでに寝てしまっていた。


 起こさないようにそっとベッドにおろす。


 幸せそうに寝ている二人を見ていると、エメリアもふあ、と欠伸が出た。


 ――ちょっと、疲れてるかも。


 村での農作業の疲れとはまた違う。

 常に皇妃としてのふるまいを求められる王宮では、いつも気を抜けない。姿勢も言動も。


 エメリアは公爵令嬢として、親の期待に応えて厳しく育てられたが、ここでのプレッシャーはレベルが違っていた。


 ――生まれた時から、そんな場所で生きているのよね。


 二人の寝顔を見ながら、思い出したのは昼間のギルフォードの戸惑う表情だ。

 もしかしたらあれは、初めて見る彼の素の表情かもしれない。


 今までの義務と責務に忠実なギルフォードなら、イヴァンたちの申し出を決して引き受けなかっただろう。


 フレンの『おとうさま』呼びといい、何かがまた変わってきているのを感じる。


 それは好ましい変化のように感じた。エメリアの計画にとっても。

 そこで少しだけ、胸が痛んだ。


 ――……いけない。ギルフォードに心を揺らしてはだめよ。


 あくまで彼の婚姻は政略によるものだ。フレンのために自分はここにいる。


 そう言い聞かせて、エメリアもベッドに横になった。






 ぎし。

 眠りについてどれくらい経ったのか、わずかなベッドの軋みを感じてエメリアの意識が浮上した。


 とはいえまだ眠くて目が開けられない。

 そこでそっと髪に触れる手を感じる。


 ぼんやりと目を開けると、エメリアの近くに誰かが座っていた。


 夜はまだ深い。明かりを消した部屋は暗すぎて、人影らしきものがわずかに見えるだけだ。


 ――フレン? イヴァン殿下……?


 この時間に寝室にいるのは二人しかいない。夜中に起きてしまったのだろうか。


 しかし「おなかがすいた」や「トイレ」の要求はないので、エメリアはかけている布団を持ち上げた。


「はい、どうぞ…….」


 影がみじろぎして、ベッドが揺れた。


「早く、……寒いでしょう……?」


 しゃべるのもおっくうだ。目を閉じてほとんど夢うつつで声をかけると、ようやくその人物が動いた。


 ベッドに入った相手を、エメリアは抱きしめた。


 ――かたい……?


 いつもの二人のようなやわらかさがないし、なんだか腕に入りきらない。

 それにどれくらい布団から出ていたのかひやりとしている。


 不思議に思いつつもう少し腕に力を入れたところで、また眠ってしまった。






 ――ん……?


 次に目が覚めた時には、エメリアは誰かに抱きしめられていることに気づいた。


 温かい腕の中で、逞しい胸元にもたれかかっている。


 窓の外から鳥の声が聞こえる中、これは誰だろうと顔を上げて――……。


「ひ……っ、!」


 エメリアは悲鳴を上げかけるのをなんとか止めた。


 ――陛下!


 ギルフォードだ。エメリアを抱きしめた彼は、目をつむって静かに眠っている。


 ぎこちなく首を動かして振り返ると、背中側にはイヴァンとフレンがすやすや健やかに寝ていた。


 ――と、とにかく、起きないと……!


 しかしがっちりと抱きしめられて振りほどけない。起こさないよう静かに奮闘したが、しばらくしてエメリアは諦めた。


「はぁ……」


 息を吐いてギルフォードを見る。


 初夜の翌日、起きたときにはすでにいなかったので、彼の寝顔を見たのは初めてだ。


 いつもは冷たい美貌だが、寝ると少し幼く感じる。さらりと、フレンと同じ銀髪が頬を滑った。


「……」


 そっとその髪に手を伸ばしたところで――ギルフォードが起きた。


「……」

「……」


 眠そうな顔のギルフォードと至近距離で、無言で見つめ合う。

 わずかに彼の眉間にしわが寄った。


「なぜここにいる」

「それはこちらのセリフなのですが……!?」


 人のベッドに入って言うセリフではない。ちなみにあくまで小声だ。


 形式上は夫婦なので、彼が寝室に入ることも一緒に寝ていても警備的に問題はない。


「なぜここにいるのですか。というか離してください」

「……ああ、俺が抱きしめていたのか」


 そこでようやく気づいたというように、力がゆるまる。


 エメリアは慌てて起き上がった。お互い服は乱れていないのを思わず確認してしまう。


 初夜で義務的に抱かれたことは朧げながら覚えている。それ以来、一緒に寝たことはなかったはずなのに。


 少し遅れて、ギルフォードも身を起こした。


 自分の手をじっと眺めていた彼は、エメリアを見た。


「解決方法を思いついた」

「?」

「昨日の話だ。君はいくら言っても、イヴァン殿下を寝室に招くのをやめないだろう」

「そうですね」


 寝ているイヴァンをチラリと見たギルフォードが言葉を続ける。


「それなら俺も一緒に寝ればいいだけの話だった」

「え」


 ギルフォードは、あくまで真面目な顔をしている。


「だが、そうなるとさすがに狭いな。今日中に四人寝られる新しいベッドを取り寄せよう」

「……なんでそうなるんですか!」


 思わず小声で叫んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ