復讐代行の対価として命を頂きます
コンビニ袋を手に持ち繁華街(東京、新宿)を歩く黒髪ロングの美少女が廃ビルに入った。ひび割れゴミのにおいが少し漂う通路を進み階段を上る。
美少女が二階の扉を開ける。
扉には喫茶店マルココと書かれた看板が掛かっている。
月明かりが照らしている空間には、陰湿が顔に張り付いたような表情をしている母親の姿がある。Tシャツ、ジーパンという非常にラフな格好だ。
「ママ、弁当買ってきたよ」
制服姿の美少女は木製のテーブルにコンビニ袋を置く。
店内には店長の置き土産だと思われる食器や心霊スポットとして多少知られているここを探検に来た若者がポイ捨てしたゴミが散乱している。
廃墟ということが窺える。
「あ……ありがとう」
母親は毛布にくるまり青白い顔をして震えている。娘を守るためとはいえ夫を殺してしまった苦心と警察に追われる恐怖に支配され今にも自殺しそうな母親の弱々しい笑顔を見た、美少女の心が締め上げられる。
二人は逃亡者だ。
「ママの大好物買ってきたからっ」――
美少女がおにぎり(シーチキン)とお茶を袋から取り出す。テーブルに並べられた食事は質素だが、温かみがあった。
――「食べて」と、
少し泣きながらおにぎりを母親の口に近づける。母親はパクと少し含むが
「ゴホッゴホッごめんなさい……」
体が無意識に吐き出してしまう。腹の虫を鳴らして、食事を求める体ではあるが、意に反して吐き出す矛盾に体は壊れる寸前だ。痩せ焦げて見える。
ショートカットの黒髪につやがなく矛盾に支配される体。薬物の禁断症状だ。娘を愛していた夫を壊した、薬物に縋ってしまった母親は同じ末路を拒絶し、必死に抗っているが、誰にも助けを求められない状況では人は薬物に抗えない。
「もう少しだけ我慢して」
「雨音っどこに行くつもり?」
母親が美少女の腕を掴むが、その手には美少女を止められる力がなかった。
「大丈夫だから」
美少女が売人狩りに向かう。
薬物で、禁断症状を抑えなければ母親は食べても吐き出してしまう。
薬物に頼る以外の選択肢が美少女にはなかった。
◇◆
売人(極道)「ノルマ達成!」
街頭の光が届かないビルの間の隙間。売人と三十代くらいのサラリーマンが薬物の売買をしている。覚醒剤だ。
サラリーマンが「ひっ」と小さい悲鳴をあげた。
「ん? 幻覚でも見てんのか?」
ガタガタと子鹿のように身体を震わせる、サラリーマンを怪訝そうに売人が見る。サラリーマンの目をじっとのぞき込んでいた売人は危険を察知する。
サラリーマンの目にバットを振り上げる美少女の姿が映っていた。狐のお面が美少女の顔を隠している。売人は懐からドスを取り出すが、遅かった。
「ぐっ」
バットが売人の頭を揺らす。膝がガクンとなり一時的に抵抗ができない状況に陥った子鹿のような売人を見た、美少女は倒せると自分自身に言い聞かせる。
「ひ、ひぃいいいいいいいいい」
サラリーマンがつまづきながら逃げる。
「て、てめぇ!」
売人は額を押さえながら怒号をあげ牽制するが美少女は怯まない。
「くすりくすり」
日本語に慣れていない外国人の喋りを真似て、美少女は薬物を催促する。
「てめぇどこのマフィアだ! 極道なめてんじゃねぇぞっ!」
「がぁ」
美少女はバットをフルスイングして、売人のこめかみを殴った。
一般人なら戦意を喪失して求められるままにしていただろうが、売人は下っ端とはいえ一応極道だ。それなりの責任とプライドがある。
売人は美少女の足にしがみついてゾンビのように噛む。脳震盪を起こしている売人は赤ちゃん並の顎の力しかにじり出せない。
美少女のふくらはぎに薄い歯形が現れる。
「はなせっ!」
美少女が売人を引き離そうと背中や肩を何度も殴りつける。
ぐちゃりボギボギと嫌な音が体から鳴っているのに、噛むのをやめない売人に若干の恐怖を感じる美少女の表情がこわばる。
「仮にも石金組の一員だろ? 小娘にいいように遊ばれやがって」
高級スーツに身を包む男と二人の下っ端が美少女に迫る。
男の後ろには先ほど逃げたサラリーマンの姿があった。
サラリーマンは売人の兄貴を呼び寄せる悪病神だったらしい。
売人は安心したのか「秋月さん」と言い残して倒れた。
「コロスヨ」
バットを構えて脅迫するが、今まで幾多の死線をくぐり抜けてきたと分かる冷たい空気をまとう秋月がひぅってなるわけもなく、かつんかつんと美少女に近づく。
「外人のフリしてんじゃねぇよ」
「……それ以上近づいたら殺してやるから」
「顔が良ければ会長好みの人形になるな」
美少女は怪訝そうな表情をする。人形その言葉に全身の毛が逆立った美少女がオウム返しをして、意味を知ろうとする。
「会長好みの人形?」
秋月はニコッと微笑むと狐のお面を蹴り飛ばす。お面が宙を舞う。
美少女の凜々しいなかにも花のような可憐さがある顔がさらされる。下っ端が気味の悪い笑みを垣間見せる。本能がけたたましいサイレンを鳴らす。
「お前は殺さないし風呂にも沈めない。会長の人形として生きろ」
「ふざけるな! 私は誰の物にもならない!」
美少女は恐怖心をごまかすためにバットを大きく振りかぶった。隙の大きい構えが、美少女の勝利の芽を摘む。
秋月は元警官だ。警察時代に教官を屠ったことがある程度には柔道と逮捕術を極めている。そこに極道になってから学んでいるなんでもありの喧嘩術が加わった、その道のプロに、素人の攻撃が通用するわけもなく。
攻撃する前に腹部を殴られた、美少女は深い眠りに襲われた。
◇◆
秋月がプリウスの後部座席に美少女を寝かせる。ハンドルを握った秋月がネオンの光が届かない住宅街に向かう。下っ端の二人はビルの間の隙間に置き去りだ。
平穏がふわふわと漂い悪人など住んでいないと思わせられる高級住宅街だが、少なくとも一人はいる。善人の皮をがぶったヤミ医者が。
一台のプリウスがヤミ医者が住む一軒家の門前に停車する。チャイムを鳴らした秋月と秋月が抱きかかえる美少女をメイド服姿の女が迎え入れる。
一軒家に入り地下へと続く階段を秋月がカツンカツンと下った。
血の臭いが漂っている。
「ようこそ、人形師の作業場へ。これは、また可愛らしい子を連れてきましたねぇ。見たところ病気もなく健康そのもの。いい臓器が採れそうですよぉ」
「会長に言われて初めて来たが、気味が悪いところだな」
薄暗い室内の中央には手術台やさまざまな機器、壁際には六名の臓器仲介業者の社員が待機している。臓器を抜き取ったらすぐ保存液に浸して、クーラーボックス入れ、顧客に持って行くために。
石金組は年間、臓器売買によっておよそ五十億の収益を得ている。
「秋月びびってんのか? 幽霊がいそうだよぅ怖いよぅってあはははは」
高級チェアに座る若頭、石金義浩(会長の唯一の息子)は美少女の調査書を眺めながら秋月をからかう。
調査書には美少女の素性が書かれていた、神崎雨音。十四歳。その他出身地などが記載された調査書に手書きで書き加えられた情報があった。
母親は人殺し。警察が重要参考人として調査対象を探している。
「売りを迫った父親と買い手をぶっ殺した母親の子供か。面倒だな――でもおやじから絶対に人形にしろって言われてるし、やるしかねぇか」
大企業と大差ない資本がある石金組は警察内部、政治家と仲良しこよしのため、ある程度のヤバいことはもみ消しが可能だ。それが出来事であれ人であれ。
だが、なかには石金組をよく思わない政治関係者、警察関係者も存在する。
「それにしてもそそられる顔してんな。おやじにあげるのが勿体ねぇ」
「石金さん。報酬なんですけど金じゃなくて骨髄でも良い?」
会長専属のヤミ医者(人形師)は二年前、ホステスの嬢に入れ込み貯金のすべてを溶かしている。そればかりか会長から借金をしている。
そのため、報酬の五百万円ではなくそれよりも遙かに値打ちがある臓器を欲した。会長の奴隷地獄から解放されたいヤミ医者は必死だ。
「どれだけの収益になるか分かってんよな?」
「奴隷はもう嫌だ! 骨髄さえあれば全額、返せるんですっ」
「お前は命令通りに動くロボット。お仕置き執行ランランラン」
若頭はヤミ医者を殴り倒し馬乗りになると顔面を殴打する。メイドが右足のホルスターからトカレフTT-33を抜くとわざとらしくコッキング音を響かせる。
メイドは会長の専属警護部隊員の一人だ。ヤミ医者の警護と監視を任されている。会長専属警護部隊員は基本的には会長の護衛をするが、なんでも屋の一面もある。
若頭は撃ちたければ撃てよって表情をメイドに向けながら殴打を続ける。会長は唯一の肉親である若頭を大切にしている。身の丈に合わない若頭のポジションを渡す程度には愛している。会長の思いを盾にする若頭にメイドは眉をひそめる。
秋月は若頭の肩を掴んで「死にますよ」と忠告する。
若頭は振り向き「お前も殴られたい?」と睨み付けた。
「会長に怒られますよ」
「……おやじに?」
「そのヤミ医者、会長のお気に入りですから」
「確かに腕だけは一流だしヤバいかも……俺様は優しいから今回だけは許してやんよ。ほら、感謝の言葉を述べろや」
ヤミ医者の後ろ髪を若頭が引っ張る。
「ありがとうございます」
「おう。報酬の五百万は利子としておやじが受け取るから今回も一銭も払えないな。さすがに可哀想だから一万やるよ。出来上がったら連絡しろ。じゃあな」
若頭はそう言い残しヤミ医者の自宅(会長の所有物件)から颯爽と出て行った。メイドが銃をホルスターに収めた。
「相変わらずのむかつく若造ですねぇ天罰が下ればいいのに」
ヤミ医者は悪態をつきながらも雨音を手術台に寝かせる。大昔は汚れた術衣は名誉の証だったが、今は感染症のリスクがある汚物だ。
ヤミ医者が若頭のせいで汚れた術衣を取り替えるために地下から一階に向かう。
「いつまで待たせるんですか。顧客が待っているんですよ」
臓器仲介業者の男性社員の発言にイラッとしたヤミ医者が怒鳴る。
「分かってる!」
ドンドンと音を鳴らしながら階段を駆け上がるヤミ医者を見送った、社員たちがため息を吐く。そんな社員を見渡した、秋月がメイドに耳打ちをする。
「メイドさん、伝言があります。敵が紛れてやがる」
秋月がスーツの内側のホルスターからS&W M29(6.5インチモデル)をサッと抜くと臓器仲介業者(六名)に銃口を向ける。カチとハンマーが下げられる。
「さすがは会長、情報がはやい。誰が敵ですか? 名乗り出ないなら全員殺します」
メイドはニコと微笑むとトカレフTT-33を構えた。二つの銃口に睨まれた臓器仲介業者の社員たちはライオンに追い詰められているウサギのように後ずさる。
「俺だよ。誰が会長からの伝言って言った?」
秋月は銃口をメイドに切り替えるとトリガーを引いた。.44マグナム弾、直径1.9cmの物体(弾頭)がメイドの頭蓋骨を砕き脳をぐちゃぐちゃにかき乱した。
血を放出する死体へとメイドが成り下がった。
臓器仲介業者の社員たちは恐れから息をはぁはぁとしながらも思った。どんなクズでも数億の価値があるのにただコロスなんてもったいない。我々に売らせろ。
臓器仲介業者にとって人は商品だ。
「なにがあっ !?」
発砲音を聞きつけ地下室へと急いで戻ってきた、ヤミ医者は絶句した。
「もう一つ伝言。さようなら」
秋月は壁にもたれかかる社員たちを右から順番に五人射殺した。そしてリロードすると、一番左の神に必死にすがっている男の両腕を吹き飛ばし胴体を踏みつける。
「天国に召されるなんて思わないことだ」
秋月は吐き捨てると全弾撃ち込んだ。
◇◆
「殴ってすまねぇな」
若頭が人形師の作業場で、ヤミ医者を殴ったことを謝る。父親に自慢げに話したら叱られたから言っただけの価値のない謝罪だ。
古風とはほど遠い、洋風建築の学校のような大きさの三階建ての建物の一室にいる若頭がヤミ医者と電話をしている。
「いえいえ悪いのはこちらですから気にしないでください」
「こいつ本当に死体?」
細長い段ボールの中にしまわれている神崎雨音の頬をつんつんしながら若頭が疑問をぶつける。指に若干の温かさが伝って大丈夫か? という心配が湧き上がる。
「ええ」
「死体とはおもえねぇ温かさがあるんだけどよぉ」
「冷たいままでは味気ないと思いまして。皮膚の裏側に特性の電動ヒートパットを結合してあります。それと胴体にぴったり収まる発電装置も……屍姦好きの変態おっと失礼会長もその方がプレイがはかどるかと勝手ながらサービスさせて頂きました」
「喜ぶんじゃねぇの。現に変態じゃねぇ俺がオ○ホ代わりに使いてぇって思うほどだからな――適当にさらってくるからよ。もう一個作ってくんねぇか。こいつをおやじにあげるのは勿体ねぇ。俺の専属オ○ホにしてやんぜ」
「会長の宝物を奪うのはいくら息子とはいえ殺されてしまうと思いますがね」
「チッ」
「プレイが終わったら早急にわたしのところまで持ってきてください。体内の物を取り出していつも通りフィギュア(剥製)にして会長に届けますから」
若頭が髪をかきむしりながら自室から出て行く。イライラを収めるために拷問部屋へと直行する。組の裏切り者や敵対組織のゴミをいじめて楽しむために。
「どこ……ここ?」
雨音は床に置かれている、ダンボールの中で目覚め起き上がる。記憶を辿り売人の兄貴ぽい男に気絶させられた。出来事を思い出した。
雨音が母に電話しようとポケットに手を突っ込むとそこには一枚のメモ用紙と手のひらサイズの拳銃が入っていた。誰かからの贈り物のようだ。
メモ用紙には生きたいなら撃てと書かれている。
「ふぅスッキリ爽快だぜ」
ドアから声が響いてきた。雨音は慌てながらメモとベレッタ ナノをポケットにしまうと気絶しているフリをする。自分が人形になったとは微塵も思っていない雨音は死体のフリではなく気絶を選択したが、若頭に感じ取られることはなかった。
若頭を撃って逃げるという選択肢もあるが、自殺行為だ。屋敷には小型のサブマシンガンを装備する警護要員が大勢いる。銃声が響けば一巻の終わりだ。
血とはいっても返り血だが、にまみれた若頭が自室に入室して細長いダンボールをよいしょと抱えるとエレベーターに乗り込み地下に向かう。
屋敷で二番目に安全な若頭の部屋にはエレベーターが設置されている。ピンポーンと音とともに扉が開くと十メートル先に核シェルターが現れる。
核シェルターの内部が屋敷でもっとも安全な場所だ。外部からは絶対に開けられない隔絶されたシステムが採用されている。内部の人間を殺す基本的な方法は兵糧攻めだが、それをやる場合、組ごと潰す必要があるため現実的ではない。
シェルターの円形のドアに取り付けられているワイヤレスモニタードアホンのような小型画面には石金勝影(会長)の顔が映っている。
円形のドア前の左右には重機関銃と土嚢が設置され、徹底死守を体現だ。敵を寄せつけない気概を示している。
この核シェルターを開けることができる者は内部にいる人間つまり勝影だけだ。
エリート層にも搾取される者と搾取する者がいる。
前者の人々が恨みを晴らせるように組織した私兵部隊がある。私兵部隊を使役する組織のモットーは呪わば穴二つだ。
復讐代行を担う私兵部隊に狙われていると半年前に情報を所得してからずっと、会長は自身をニート状態に追い込み命を守っている。
核シェルターの扉がずずんと動いた。
「人形が届いたんだろ? よこせ」
若頭が核シェルターの中にダンボール箱(神崎雨音)を運び入れる。
「なぁ俺にくれない? この死体」
「人形って呼べ!」
変態なりにこだわりがあるのか、会長が声を荒げる。
「そんなに怒らなくてもいいじゃん」
「オマエが気に入るなんてな」
「今までの死……人形には興味持たなかったけど。これには興味ビンビン! 一体くらい良いだろ? 愛する息子の頼み聞いてくれよ。この通り」
「お前も目覚めたんだな。父として嬉しいよ」
「変態になった覚えはねぇ」
「そうだな。使用後でもいいならやるよ。ちょうど明日、オマエの誕生日だからな」
若頭は想像して気持ち悪くなったのか苦々しい表情をする。
「いらない。使用済みオ○ホがほしい男がいるわけねぇだろ」
会長はちょっとショボンとしながら若頭を追い出す。
会長が閉じるボタンをポチッとな。とする。ゴゴゴゴという音とともに分厚い円形の扉が閉まり、なんびとたりとも入れない空間を作り出す。
「命を狙われてから楽しみはこれしかないからなぁ。今日はハッスル日和いえい」
会長がキモいダンスで、喜びを表現する。
小型画面に映る会長を見た若頭の口からつい本音が漏れそうになる。
「厳ついおっさんがいえいとか超絶きしょ、くない。可愛いと思う」
極道の会長は違法宗教団体でいうところの神(教祖)だ。絶対に逆らってはいけない存在。それは息子に対しても有効で、幼く反抗期も入っていた若頭は昔、一度だけ命令に逆らってしまい死ぬよりもつらい仕打ちを受けた。
殺されるのが普通なのに仕打ちで済んだだけ感謝しろと言われたことを根に持っている若頭でも会長の前では強気に出られない。
「今は気分がいいから許してやるけど、言葉選びには気をつけろよ」
「(生の女とやれないヘタレのくせに調子に乗りやがって。クソおやじ)」
若頭は気持ちの悪い笑みを浮かべる会長に心の中で毒突いた。会長の痴態なんて見たくもない若頭は小型画面の電源を切った。
会長は別に生の女とヤレないわけではない、ただ興奮しないだけだ。
「これはすごい。秋月には感謝だな」
会長は段ボールを開けると人形(神崎雨音)の幼さと大人っぽさが混ざり合う雰囲気と顔に満悦する。気持ち悪い表情をしながら頬を舐める。
「っ」
「甘い甘い」
必死に耐える雨音の横目に大きな水槽の中に並べられている女性の剥製が映る。ほとんどが大人の死体だが、中には自分と同じかそれ以下の少女の姿もあった。ベロベロ頬を舐める会長の胸部に雨音が銃を押しつける。
「え? は? 動いて……?」
雨音は獣のような表情をする。脳内に二日前の映像が流れた。
自分を犯そうと手を伸ばしてくる知らない男。自分を売り飛ばした父親。
知らない男を灰皿で殴り殺し止めようと包丁を握り襲いかかってきた父親ももみ合ううちに刺殺した、母親。しばらく母親が悪魔に見えた自分。
雨音は母親のことを失うのが怖かった。だからこいつら(悪人)は真面目に生きてきた私の人生を奪う害虫なんだから殺してもいい。
そう自分自身に言い聞かせて母親の行為を正当化して飲み込んだ。
害虫は人ではない。それが今の雨音の考え方だ。
「お前は害虫、だからこれは殺人じゃない!」
雨音の手は震え顔は青ざめている。本能が殺しを嫌がっている。相手が殺人鬼でも悪人でも引き金を引くとき抵抗感に襲われる。それが人間という生物だ。
「ま、待て! 金なら金ならいくらでも払う! どこの組織に所属しているのかは分からないが、そこよりもいい待遇をしてやる! わしの部下になれ」
ドン
一発の銃弾が会長の心臓を破壊する。雨音は会長の死体をどかすと不思議な感覚に浸った。さっきまでは殺しが怖かったのに今は怖くない。むしろ気持ちがいいと思ってしまう。雨音は会長の死体を眺めざまーみろと叫んだ。
そんな自分が怖くなった。
殺しというタブーを破ったとき二通りの結果が導き出される。罪悪感に支配され嘆き苦しむ人。心地よい感覚に浸る人。雨音は後者だった。
会長の携帯電話が鳴る。雨音の母親の電話番号が表示されている。
雨音は通話ボタンを恐る恐るタッチする。
『会長。指示通り神崎弓香を捕らえ人形にしました』
電話先の秋月冷は防弾チョッキを装着している。右足のホルスターにはH&K USPが収められている。
秋月冷の隣にはリズ・ブラックウッド。十六歳。元少女兵・暗殺者のポニーテールの美少女が背中に防弾盾、両手にナイフを持って地面に腰を下ろしている。
石金組本部近くのビル屋上にはスナイパーライフルを構える、シルフィ・ルークラフト。十五歳。狙撃指示を待つ元少女兵・傭兵のボブカットの美少女の姿がある。
本部近くの車で水月梨帆。もうすぐ三十路の白髪ロングの元ウイルス学者が合図を待っている。震える手で、ハンドルを握る水月が息を吐く。
「ママ」
携帯電話が雨音の手から滑り落ちる。
◇◆
「狙撃開始」
『ん』
シルフィはトリガーに指をかけると特に緊張した様子もなく返答する。
照準線の十字がすぅっと動き若い男の額に狙いを定めた。発射された弾丸に脳を破損させられた若い男は痛みを味わう余裕もなく絶命する。
玄関前の警備要員を排除だ。
人が倒れる音が耳に入ってきた、二人の極道。エントランスの階段に腰を落として、たばこを吹かしている二人の極道がお互いの顔を見る。
見合いの席の男女みたいに見ていたら、入口の扉が乱暴に開かれた。
秋月とリズの突入にびびる二人の極道がUZIを構える。リズの速さに反射神経が追いつかない。撃つ前に首の頸動脈を斬られ激痛にもがき苦しむ。
屋敷を巡回していた大勢の極道が声にならない絶叫に呼ばれて、階段に大集合だ。だだだだと階段を雪崩のように駆け下りる。
「リズ。死角に移動するぞ」
秋月の考えでは防弾盾で、守られつつ死角に移動。その後奇襲で各個撃破だったが、リズは各個撃破なんてつまらないと言い残して秋月を放置する。
リズが秋月の前方を横切り外国人が見たらうひょー忍者! と喜ぶであろう壁走りをして集団に近づく。集団の一人が壁を疾走するリズに銃口を収めようとするが、リズのスピードに翻弄されている間に秋月に頭を撃たれた。
力を失った体がゆっくりと膝を落として階段を転げ落ちる。
「くそが! グチャグチャのミートスパゲッティに料理したるわ!」
集団は最優先目標を銃という現代最強の人が単体で扱える武器を持つ秋月にリズから変更して一斉射撃しようとする。無数の銃口が秋月を睨む。
「うわ、最悪。今日の夜食ミートスパゲッティにしようと思ってたのに」
ゲンナリするリズが壁を走りながら、事前にピンを抜いておいたM26手榴弾を集団の頭上に放り投げる。すぐに爆発する。
爆風と鋼製ワイヤに襲われた集団は壁一面を血に染め人ではないただの物に成り代わった。近くにいたリズにもM26手榴弾は牙を向けたが、防弾盾で防いだためちょっと頬が煤汚れしているがどこも傷ついてはいない。
「その盾は俺を守るためにあるんじゃないのか?」
「まぁ生きてるんだし結果オーライ。そんなにカリカリしてるとハゲちゃうよ」
「誰のせいでストレス値アゲアゲだと思ってんだぁああああ」
ストレスによる抜け毛に悩んでいる、秋月が怒る。
「アゲアゲとかなに時代の言葉? プークスクス」
「ははは。ちょっと連携って意味調べてこい」
リズと秋月は階段を上って二階に移動する。
若頭の部屋を目指すが、突如弾雨が襲い来る。
リズと秋月は壁に背をくっつけてやむのを待つ。
「シルフィ。合図をしたら偉そうに指示を出してる縦縞スーツの男(若頭補佐)を撃て。醜い死に様を演出できるか?」
『楽勝』
「リズ。今度は勝手に行動するなよ」
「ん」
弾丸が窓を突き破りそして若頭補佐の二つの球体を破裂する。極道のプライドをどこかに置き去りにしたのかみっともない表情と呻きを部下たちに晒す。
必死に下半身の真ん中を押さえる手から血が漏れ出している。
『次は背骨とベルト』
若頭補佐の背中に沈むように弾丸が侵入し背骨をポキッと折る。上半身を支えられなくなった体がぐにゃりと曲がり額を床にコツンとぶつけた。
下半身の真ん中を押さえながら土下座の姿勢になった若頭補佐にとどめと言わんばかりに続け様に弾丸が飛翔しベルトを切断だ。
「プークスクス。あいつシリ丸出しなんですけど」
『とどめ』
若頭補佐の血が壁に張り付き脳の一部が床にボトリと落下する。
部下は怒り心頭だ。若頭と違って尊敬できる上司をもてあそばれたあげく殺されて頭が沸騰している。狙撃手しか見えていない。
秋月とリズの存在を忘れて、窓の外を撃ちまくる。はっとした組員が隠れて再びリズと秋月に弾雨をプレゼントするぜと動いたが、その前にリズが接近する。
肉弾戦に持ち込まれた組員の首が次々に飛ぶ。逃げ惑う組員は良い的だ。
シルフィの狙撃で、全員死亡する。
廊下の脅威はなくなったが、若頭の部屋には数名の組員がいる。かなりのチキンハートなのか、扉を絶え間なく撃っている。
扉から入るタイミングがない。銃弾が底をつくまで待つ時間的余裕もない。
秋月はリズの先導に従い若頭の部屋ではなく別の部屋に入った。
秋月は身体にカーテンをロープの形状にした物を巻き付ける。窓から後ろ向きにピョンとジャンプして壁に両足を置いた。
リズがロープを支える。リズの腕がぷるぷると震える。
「はやく。腕がもげるんですけど!」
秋月は壁を伝って若頭の部屋の窓まで移動する。窓を撃ちすぐさまスタングレネードを投げ入れた。まばゆい光とキーンと耳をつんざく音が組員から動きを奪う。
リズがロープを放した。秋月が窓枠を掴みリズを急かす。部屋から飛び出したリズが廊下をダッシュする。若頭の部屋のドアを開け放って華麗な登場だ。
「どうもー首狩り美少女リズだよー」
「くそ、目が目が見えねぇええ」「堂々と戦えやぁ!」
「スタングレネードは卑怯じゃないんですけどー戦略だよ」
◇◆
リズが若頭の部屋を制圧する。制圧したリズが秋月を引き上げる。
「リズ。汚れない殺しは出来ないのか。服がびちゃびちゃだぞ」
血がリズの服を赤く染めていた。
「肌が若返るぅううううううたまんなーい」
「エリザベート・バートリの亡霊に乗っ取られてないよな? ちょっと怖いんだが」
「ソウデス。私がエリザベートデス。秋月パイセン。血をよこせぇええデスワ」
リズがガオっと秋月に迫る。
「うおぉ!?」
「冗談だよ。獣臭い男の血を浴びてエリザベートさんが喜ぶわけないじゃん」
「……オマエは喜ぶのか?」
「喜ばないよ?」
リズは正確に言えば血を浴びることではなく、イキる男。最強を自負する男を残虐に殺害する過程で垣間見せる恐怖または苦痛に歪む顔を眺めるのが好きな狂人だ。リズの顔がツヤツヤしている。
「あ、秋月てめぇ裏切りやがって! 会長の恩を忘れたのか!」
一人だけ組員が生かされていた。幹部だ。
「アナタには申し訳ないのですが、動画の素材になってもらいます」
「てめぇなに意味の分かんぐぎゃがぁあああ」
リズがメディカルシザー(軍用ハサミ)を取り出して、幹部の両耳をチョキンと切断する。続いてボールペンを右目に突き刺す。グリグリと捻り引っこ抜いた。
「……」
動画に声が入らないようにリズはニマニマしつつも淡々と痛めつけている。
◇◆
動画の撮影が終わった。
『残りは地下』
シルフィは狙撃銃をビルの屋上に立てかけ双眼鏡を覗く。死体だけが見える。
「そうか。水月、正面玄関前に車を横付けしておいてくれ」
『あの、ほんとうに敵さんいないんですよね。安全なんですよね』
「ああ。そんなにビクついてたら先輩の威厳だだ下がりだぞ。後輩になめられたら辛い……俺みたいになりたいか? 上司からの忠告、受け取れ」
『うぅう。怖いけど行くしかないしぃい水月ファイトオー!』
「まぁぶっちゃけ水月先輩に威厳なんてないです。クスクス」
『リズちゃんがいじめてくるよぉひっくひっく』
石金組本部から銃声が聞こえると地元民が警察に通報している。今は組織が汚れている警察関係者、政府関係者の動きを妨害しているが、それもいつまで持つか分からない。止めている間にすべてを片付けなければ秋月たちは見捨てられる。
◇◆
生き残りの極道が後方の若頭を守るように並び銃を構える。
エレベーターが開くのを待っている。生唾をごくりと飲み込みながら。
ピンポーンと鳴り扉が開いてすぐ、重機関銃とUZIの銃口が火を噴きエレベーターを痛めつける。跳弾によってエレベーター内に耳をつんざく音がこだまする。
若頭が配下の組員を制止する。
「誰も乗ってねぇ弾の無駄だっやめろ!」
「はぁはぁ」
組員が恐怖によって凝り固まった喉に空気を送り込む。
「チッなにが目的……エレベーターを使用不能にさせて閉じ込めるつもりか?」
地上に続く唯一の退路は極道側の攻撃によって絶たれた。だが、それは秋月たちの狙いではない。いないと思わせて数秒動ける時間を生み出し投擲するのが狙いだ。
エレベーターの天井の脱出口から秋月が上半身を乗り出し水月手製のガスグレネードを数個ぽいぽいする。神経ガスが瞬く間に充満して地下通路を紫色に染めた。
「不正解だよ。義浩くん。これわたしこと美少女天使からプレゼント」
リズがガスマスクを一つエレベーター内に落とした。若頭は考える。ガスマスクという救いの手を差し伸べた理由はなんだ?
こいつらは核シェルターを外側から開けられると思っている。だから情報が欲しいと結論づけた。若頭は生の祝福を心の底から喜んだ。
ガスマスクを求めて、芋虫のようにノロノロと這う配下を全員撃ち殺し若頭は進む。そしてガスマスクを手に取るが、壊れていた。
「性格わりぃ」
「掃除ありがと」
リズは微笑むとグロック30のトリガーに指をかけ若頭の眉間を撃った。
秋月は円形のドア前に移動する。
小型画面から泣き叫ぶ雨音に声をかける。
「母親は生きている」
「え?」
「手紙と銃をポケットに入れたのは俺だ。石金勝影を殺害するために」
「ママ、生きてるってほんと?」
「ああ。保護して治療を受けさせている」
「会わせて! ママに会わせて!」
「君は他者の復讐のために人を殺していく覚悟があるか?」
雨音はある、ではなく「……やる」と答えた。
◇◆
秋月が正面玄関から出る。
横付けされていた車のドアを開けて、会長の死体を後部座席に座らせる。
車列が秋月の前方に停車する。
高級車から石金組の二次団体、海竜組の組長が降り立った。海竜組は最近、麻薬取締局に組員を数十人逮捕されるというヘマをしている。今日は石金会長に呼ばれて謝罪(指詰めと組の解散)するために石金組本部に来ている。
「秋月、そこの死体は?」
組長が正面玄関前の死体を指さして、顔見知りの秋月に疑問を投げかけた。
「俺が殺しました。会長がこいつの妹を気に入って人形にするために連れて行くところなんですけど、やめないと撃つぞって会長にハジキを向けやがったんですよ」
秋月が雨音の頬をぺちぺちする。
死体の妹だと勘違いした、組長が同情の視線を雨音と死体に向ける。
「こいつも災難だったな……会長は車内か」
「はい」
白いワンボックスカーの窓ガラスがウィインと少し下がって石金会長の声が水月のスマホから流れた。音声合成だ。
『オマエ、謝罪の準備、してろ』
「かしこまりました……」
組長は若干の違和感を感じながらも石金組本部へと足を踏み入れた。白いワンボックスカーが急発進する。組長の違和感が確信に変わったときにはすでに門から路上に飛び出していた。
追いかけろと叫ぶ組長はすぐさま言葉を失った。石金組本部内の森林から警視正(署長)の独断によって待機させられていた県警の機動隊が現れたからだ。
組長(海竜組)は石金組本部襲撃の罪を着せられた。組長が幹部(石金会長の右腕)をいたぶる動画を敵対組織に送信していたことから幹部を殺害する見返りに敵対組織に加盟することが目的だったと結論づけられた。
現場からは複数の女性の剥製が発見され石金会長の被害者として話題になった。警察をクビになり高齢無職となった元警視正は被害者の一人である孫娘のお墓参りの帰宅途中。暴走車に引かれ事故死した。
引かれたにもかかわらず晴れやかな顔をしていた。
孫娘を会長の指示で連れ去った組長は死刑か無期懲役かで法廷で争っている。