6話 灯火
楓の思考多め回です。
それから私はお手洗いに行って、ヒートアップした感情を収めることにした。
昨日から、やけに感情的になる。
深呼吸して席に戻ると、彼女は今日の初めと同じように、手を振りながら私を出迎えた。
「私は生徒会、入ってみるのをオススメするよ」
私が席に着き終わる前に、彼女は言った。
その声は誰かが決断を下す時のような力強いもので、あまりにも彼女らしくない私への立ち振る舞いに、困惑するしかなかった。
というのも、こういうことがあった時、彼女は話を蒸し返したりしない。それに、中途半端な提案を私に押し付けるようなことは絶対にしなかった。
「それは、なぜ?」
「直感だよ。物事の全てに理由を求める必要はない」
「聞き方を変えるよ。君とあの男の間にどんなコンタクトがあったの?」
物事には理由を求めるべきでない。同感だ。
でも、必ずその対象は抽象的であってはならない。
これは決して流花を問い詰めている訳じゃない。それは流花も同様に理解してるはずだ。
「どう取ってもらってもいいけど、私はそいつと……入門麗藍と、何も喋ってないよ。でも、入門が悪い人間じゃ無いって事だけは、私が保証する。これが私に答えられる限界だよ」
流花は本当の事を話している間、瞬きを一切しなくなる癖がある。
それから、私たちと同じクラスの友人の名前をいくつか挙げて、こんな人達と同格の付き合いしかしていないとも付け加えた。
「分かった。考えてみるよ」
彼女は深く頷いて、それから純粋な笑顔を私に見せ付けてきた。この子が私に執着する理由が、私には理解できない。
そのくらい、朔月流花はいいやつだ。
◇ ◇ ◇
扉の取っ手に手を掛けると、指先を刺すような冷たさが襲ってくる。つい数十分前まで暖房のよく効いた店内で、温かい人と談笑していたのだから、ここに帰って来たともなれば寒暖差で死んでしまいそうなくらいだ。
玄関に靴は無く、どうやら父親は今日も帰ってきていないようだった。
腕時計は18時55分を指していた。
変な汗を沢山かいたので、真っ先にシャワーに向かう。狭い空間で衣服を脱いで、ふと鏡に映る自分の顔を見た。
相変わらずつれない顔だ。
どこか感情を喪失した物質のような感覚に陥る。
けれども、こうして私自身に違和感を覚えていて、苛立ちを感じているのだから、前説は否定できることだと分かる。
温かいはずのシャワーは、凍えた私の指先に痛覚をもたらした。やがて身体が湯の温度に順応して、その痛みも無くなる。
全ての物事がこういう風に働けばいいのに。
秩序あるものはやがて秩序のない方向へと動き行く。記憶は、やがて薄れ行く自発変化だ。でもそれはあくまで傾向の話であって、ダイヤモンドがグラファイトへ事実的に移り変わらないように、こびり付いて離れない、そんな記憶が存在する。
1度起こった変化はまた元通りになって、まっさらになればいい。
でも、そんなのはただの理想論だ。分かってる。
きっと痛覚に伴って死んだ細胞が居て、それは修復することなくただ朽ちていく未来を辿る。
永遠にそれが元通りになることは無い。
所詮、私が見えている世界は私が見えている世界だけだ。この目と鼻と……五感、いや、第六感目まで使って。
痛覚が無くなったことを元通りになったと定義するのは簡単だ。でも、それを細分していけば、容易に、いくらでも反証される。結局は何事においても原状化は存在しないんだ。
どこを元通りとして、妥協するのか。
結局、私の思考回路じゃ嫌な記憶を忘れるなんてことはできない。ただ散り積もって行く負の経験は、永遠と私を蝕み続けて、肥大化し、私を飲み込む。
それに耐えられなくなった時。
それが私の生きる限界なんだろう。
ただその自覚が、今まだここに存在している死なない理由の位置付けをこなしている。
思考に耽ていると、最低限のシャワールームでの行いは片付いていた。シャワーを浴びるのは面倒臭い。髪を乾かして、諸々のケアをする。明日の髪のセットの為に、前日から整えなければならない。
本当に面倒臭い。
私自身は別に美容だとかに今更興味を持てない。
ただ、他人からあれこれ言われるのも、思われるのも、嫌なだけ。
どうせニキビが1つあったところで、誰もそれを気にしないし、むしろできて痛そう、かわいそうくらいに思っているくらいだ。
分かってる。分かっててもその不安を拭えないから、私は今日も皆の日常を模範していく。
いつもならこの時間帯でご飯を食べるけど、流花に誘われて食べて来たから、用意する手間が省けた。
今日は沢山考えたからもう何も考えずに寝たいところだけど、限界じゃないのに目を閉じてしまっても、結局悪い方向に思考が向かっていってしまう。
仕方なく締切がかなり後の課題をやったり、スマホで転々とSNSを見て、友達のストーリーを開いて、楽しそうだなと思ってみたり。
これといった趣味もない飽き性な私は空虚ないつも通りの時間を過ごした。
結局、扉の開く音は鳴ること無く、2時にベッドに倒れ込んで私は夢の中へ入っていった。




