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20話 薔薇

◇ ◇ ◇


 まだ陽の光が指しているというのに、白く月が浮かび上がっていた。

 憂鬱な月曜日をやり過ごしてから、初めて自分の脚で生徒会室へと向かう。


 今日行くこと自体は全く伝えてなくて、そもそも行く必要もそんなに無い。場合によっては邪魔になるだろうし、その時は帰るつもりだ。

 それどころか怪我の心配をされていて、来ちゃダメとまで言われてしまった。でも、今はこの環境に早く慣れたいし、できる事があれば協力してみたい。


 菓子折りの一つや二つ、買っておけば良かった。

 それこそお土産コーナーで何故その発想が出てこなかったのか……。あの時の愚直さが悔やまれる。


 

 生徒会室の目の前まで来ると、微かに話し声や笑い声が聞こえてきた。


 いつも最初の一歩目には勇気がいる。

 でも、それさえ乗り越えれば後はどうにかなる。


 扉は、ガラガラと大袈裟な音を立てて開ききる。


「こんにちは。お疲れ様です」


 扉の音が視線を集め、それから一瞬訪れた静寂を自ら破る。


「え、え、いらっしゃい!」


 すぐ近くに座っていた凛ちゃんが駆け寄ってきて、荷物を持って労わってくれる。

 

 そこには何とも言えない空気感が広がってしまって、私自身へ抱く異物感に気が悪くなる。


「すみません。話、遮っちゃって」


「ただ駄弁っていただけだから何も気にしないで」


 聞き馴染みのない声の方へと目を向けると、私より少し背の高い女の子が座っていた。

 目が合うと、彼女はウインクしてから口を開いた。


「どうしたの? 私に一目惚れした?」


「相手にしなくていいから。あ、一応こいつが会長」


 隣の入門が呆れて付け加える。


「は、はじめまして……。楓です」

 

「はじめまして、日渡夏乃って言うの。一個上ってだけで会長押し付けられてるんだけど、宜しくねー」


 少しちゃらけた振る舞いをするけれど、見た目も仕草もそれには似つかわしくない凛とした女性だ。


 

「あとお前は先輩に指差してんじゃない」


 

 入門の頭をグーでぐりぐりする会長。

 随分と仲が良さそうだ。


 

「ところで、どんな話してたんですか?」

 

「このサボり魔の最近の成果報告聞いてたのさ」


 いまいちピンと来なくて立ち尽くしていれば、入門が補足してくれる。


「弓道の大会の結果だとかプライベートの諸々の自慢話とかね」


 そういえば大会がどうとかで居なかったみたいな話、聞いたような気もする。


「こんなやつだけど、事務所所属で映画とかにも出てる表舞台の人間だし、話聞く分には非日常を味わえてすごーく面白い」


 入門からの評価は高いのか低いのかよく分からないけれど、とにかくこの人が慕われているということはひしひしと伝わってくる。


「はあ、ちょっと大袈裟。そんなに露出の機会は多い訳じゃないし、ほとんどが通りすがりの脇役として出演してるだけだよ」


「それでもその土俵に立っているという事自体が尊敬に値するものかと」


「え、この子やっぱり私に気が――」


「ある訳無いだろ黙れ能無し」


 やけに言葉が強い奴がいる。

 その声には聞き馴染みがある。

 その声を辿れば、そこにはもう一人の先輩――黒岩零央が不機嫌そうに座っていた。


 

「そんなことよりさぁ、一体何があったのー? とりあえずで受け入れはしたけど、加入時の要求も色々おかしいしー、君のこと否定したい訳じゃないんだけど、素直に心配なんだよねー」


 彼は、私の目を力強く見つめ、問う。

 

 恐らく敢えて誰も触れなかった話題。現状、入門にすら詳しい話はしていない。空漠と私は心配をかけて、その報告を彼らに甘えて怠ったままにしてた。


 しかし、引っかかる点がある。彼は今機嫌が悪い。

 それが日渡夏乃に対する物なのか、私に対する物なのか。はたまた、全く関係の無いことが起因となっているか、新参者目線じゃ何も分からなくって怖い。

 

「なにも、そういうのは無理に話す必要はない」


 何も知らぬ入門は、尚それを良しとする。

 

 それでも……。


 

「私の父親は反社会勢力の世界に生きています。言ってしまえば、今回のことも全てその延長線上で起こったことでした」


 彼らは大して驚きもしない。遠慮しているのか、察していたのか。或いは、知っていたのか。

 そんなのは知らないけれど、同情されても困るだけだしそれで構わない。


 

 ここに必要なのは、疑問に答えたという事実だ。


 

「もともと、私は高校生の年代になった頃には家を出て行けと言われていました。それを有耶無耶にして、1年近く甘え続けてた。でもどうやらその限界が来たらしくって。突然、2日後には出ていけと言われてしまいました。期限も短くて宛もなかったので、生徒会加入の条件として体良くこれを解決して頂こうと動いたのが、前回です」


 なんでこういう語り口調にしちゃったかなぁ……。

 脚は震えている。この視線の買い方はあまり好ましくない。


「それで、期日の前日、金曜日には家を出ていくつもりでして。事の起きた木曜日は荷造りをしていました。ただ、その日は皆さんと話したり遊んだり、少し私も浮かれていまして、父親が飲酒してることに気付けなかったんです。彼は平時は私に手を上げることは無いのですが、酔った途端そのトリガーが一気に軽くなるようでして……。そんな訳で命からがら逃げ出して、今に至ります。こんな感じで大丈夫ですか?」


 

「うん、大丈夫。分かった」


 

 黒岩はちょっとだけ深く息を吸った。

 

 

 正直、面倒くささと黒岩の態度とが相まってイライラは伝播してきている。最低限の圧は掛けたつもり。これ以上は何も聞いてこないでくれることを願うばかりだ。


 傍目に見た凛ちゃんは目をぱちぱちしていた。緊張とか、そういう類でたまに瞬きが増える人がいる。


 

「ごめんね、聞いちゃったこと、謝るよ」


「いえ」


「身体はもう大丈夫なのー?随分と酷かったみたいだけど」


「不意に襲われちゃったのとその時居た場所が悪くって、かなり重症でした。でも慣れてはいるのでもう大丈夫です。それに、これで最後だったので特に問題ないですね」


「そのマインドは僕には到底理解できなさそうだけどー、大丈夫そうなら良かったよ~」


 

「おい、そこら辺にしとけノンデリクソ野郎」


 

 会長からストップが入る。

 正直、会長が彼に対して口が悪いようで助かった。私もそろそろ態度に出てきそうな頃合いだったから。


 それに、彼の不機嫌さは日渡夏乃との間に介在するものだという線がかなり濃くなった。


 

「ぐぬぬ、ごめん、流石にもう喋んないどくー」


 

 これでようやくこの場の空気にオチが着いた。


 黒岩零央はかなりの天然ノンデリ気質だ。

 喋り方も相まってかなりイラついた。

 この人なりに芯を持って聞いてるのは分かるけど、いくら何でも遠慮とか空気読みとかが下手過ぎる。


「すまない、零央は結構こういうところがある」


「お前には言われたくないけどねー」


 唯一の二年生同士なのになぜ二人は仲が悪いのか。

 でもその空気感には救われたから、これが会長の器と言うやつなのかもしれない。知らないけど。


 

 

「ま、暗い話してても何だし、そろそろ仕事の話でもしようか!」



 真後ろ……ドアの方から唐突に声がして、肩が上がってしまった。

 驚いて振り返れば、そこにはやれやれと言った感じで久佐治が寄りかかって立っていた。

 各々、沈黙や首を縦に振ることで同意を示す。


 待たせてごめんなー。そう言いながら、彼はゆっくりと定位置に着いた。

 どうやら雑談の為に集まってた訳では無いみたいで良かった。彼を待つ繋ぎの時間が、私が来たことで重めの雰囲気になっちゃったのだとすれば少し申し訳なさもある。


感情が黒い時にばーって書くことが多いし、その方が文に深みが出てるので、1週間くらい音沙汰ない時は最近はちょっと元気にしてんだな。くらいに思っておいて下さい……。

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