第七十九話 タイムパラドックスだ!
ひしと抱き合い、再会を喜ぶヒゲ無し関羽と劉備。絵面的には相当アウトなんだが、まあ乱世故仕方なし。
「姉者、よくぞ、よくぞご無事で。拙者はもう心配で夜も眠れませなんだ」
「うんちょ。し、心配かけたわね。これで今日から高いびきできるじゃない。えぐ、ひっく、よかった……」
「姉者の身はこの雲長がお守りいたしますぞ。袁家に大恩があると言うことでしたら、拙者が倍にしてお返しいたそう」
勇ましいこと言ってるけど、キミ、劉備君もとい劉備ちゃんのご夫人を守っていたのではなかろうか。曹操のトコから抜け出てくるのは、ちとヤバない?
正直劉備ファミリーにまで責任は持てんのだが、目の前で寝返った奴のせいで斬られることになれば、それはそれで寝覚めが悪い。
「関雲長殿。改めて自己紹介をしましょう。俺は袁煕、字を顕奕と言います。玄徳公と再び巡り合えたこと、お喜び申し上げる」
「は、これは恐縮です。姉者がお世話になり申した。この儀に対する対価は、相応の武功でお返ししたく存じまするぞ」
「お気持ちはありがたいのですが、まずは辻褄を合わせましょう。関雲長どの、そこもとは玄徳公の奥方……奥方でいいのか? そんな感じの貴人を守られていたはず。曹操に投降が知れれば、無残なことになるのでは」
今気づいたって顔してる。
あれ……この関羽、少し抜けてる?
こいつアレだ。戦場では諸行無常感を出してかっこつける系だけど、肝心要の物事をド忘れするタイプだ。
「袁顕奕殿のご指摘、痛恨の極み。姉者、大命を果たせぬままお会いしたこと、どのような処罰をも甘んじて受ける所存でござる」
「麋ーちゃんと甘ちゃん……ううう、ねえうんちょ、どうにかならないの?」
「申し訳ござらぬ。流石に寄せ手の軍にお連れすることはかなわず、許昌にて留守をお守りしていただいている由にござる」
そうだね、このころ関羽君は許昌に住んでたんだね。
田舎侍からシティボーイになったのか。大学デビューみたいなもんだね。
ふと思ったんだが、赤兎馬と官職をもらっておいて寝返るって、関羽、相当義理のステータス低くない?
困ったときは相談しよう、貴方の町の強力編集。
姓:関 かん
名:羽 う
字:雲長 うんちょう
年齢:37
相性:75
武力:98
統率:96
知力:75
政治:65
魅力:94
得意兵科:歩兵
得意兵法:突撃 鉄壁 足止 挑発 一騎
固有戦法:軍神降臨 畏怖 慰撫 勇名
固有性癖:髭縛棒術※現在は封印
個性:桃園の誓い 傲慢 固執
親愛武将:劉備劉備劉備りゅりゅりゅりゅっりゅうびびっびりゅうびりゅうびりゅう
犬猿武将:呂布 糜芳
※ステータス調整に不備あり。
お問い合わせはnannkarousen.comへ。
おい。
なんか親愛武将がバグってんぞ。
アラフォーのオヤジヤンデレとか、誰に需要あるんだこのジャンル。
中華の謎は深いな、マジで。
そりゃ義理とかそういうの関係ねーわ。もう劉備で抜くレベルで入れ込んでる。
下手に劉備ちゃん刺激したら、偃月刀で斬られそう。だが、アホの子と化した大徳をあやせるのは、この元髭親父しかいないわけで。
まあいい、少し危険だが、現実を突きつけてみよう。
俺は趙雲を傍らに呼び、こしょこしょと耳打ちする。会話を続ける中、徐々に顔色が青くなってきていたが、そこは気にしたら負けだ。
編集すると思わぬバタフライ・エフェクトが発生する。
世の中の辻褄を合わせるため、世界が勝手に改変してくれるのだ。けれど、どうしても粗は出てくるわけさ。
「趙子龍殿、貴公はいつ玄徳公とお会いしたのかな」
「……私が亡き公孫伯珪殿に客将として招かれていたときのことです。あの時に感じた王の徳は、まさに目から鱗が落ちるようで……王? え、あれ……」
「もっと深堀りしてすまない。その時の玄徳公はどんなお姿だったかな」
「……白馬に跨った、立派な偉丈夫で……偉丈夫、ぐぬ、うむむ」
「大変参考になった。ありがとう」
ちょっと触れただけの趙雲でもこのザマだ。桃園でパーリーした三兄弟だったら、どんな反応してくれんだろうね。
これこそが時限爆弾。関羽と張飛を無力化するための、パラドックス・ボムだ。
「関雲長殿、少しおたずねしてもよろしいか」
「拙者がお答えできることでしたら、何でも」
いま何でもって言ったよね?
「では遠慮なく。桃園の誓いを交わされたとのことでしたが、それは確かでしょうか」
「拙者の忠をお疑いになるか。あの日、我らは魂の絆で結ばれ申した。その点、一切の曇りはござらぬ」
「左様でしたか。では――」
さらば、関羽。
君は良い人だったよ。
「なぜ年下の玄徳公が『姉者』なのですかな?」
「……それは」
時が制止した。
風にそよめくべき髭はもう存在しない。気づけば地に偃月刀が転がっていた。
「せせせせ拙者は……あれ、おかしい。なぜ。姉者は姉者で、姉者が姉者だ。十七歳の姉者で、拙者は三十七で……。どうして拙者が年下を姉と……」
始まったな。
官渡の戦いにおいて、劉備を連れてさっさとトンズラかまされたら、こっちの持ち出し損なんだよなぁ。
顔良・文醜を討つ予定だったんだから、せめて逆に曹操軍の将をぶった斬るくらいの展開はあってもいいんじゃなかろうかね。
「雲長殿、貴公が誓いを交わした桃園とは、本当に実在していたのですかな」
「ば、馬鹿な……。いや、そんなはずは。姉者と翼徳と拙者で、盃を交わし、天下万民のために戦うと……うぐぐぐ」
「貴公は目の前にいる玄徳公に、《《本当に》》見覚えがあるのですかな?」
「あ、あああああああ。拙者は……拙者は……」
頭を再び地面に打ち付ける軍神。
「いや、貴公の誓いを疑うわけではありません。年齢差が気になったのですが、大徳の前では些細なことでしょう。ははは、若輩者の戯言故、お忘れください」
「…………もけ」
落ちたな。
白目を剥いて気絶したゴリマッチョを、可哀想な兵卒たちに運ばせる。
まあ、一戦終わるまでは大人しく養生してもらおう。下手したら閉鎖病棟に監禁というルートもワンチャンあるが。
「関雲長殿を丁重にお運びせよ。玄徳公、せっかくの再会です、どうぞあとはゆっくりとお過ごしくだされ。後方に帷幕を設営いたしますので、そちらへ」
「そ、そうね。うんちょが心配だし、まあ言うことに従ってあげるわ!」
「よろしくお頼み申す。その代わりと言っては何ですが、趙子龍殿をお借りしてもよろしいか? 守も攻めるも黒鉄の勇将、是非ともお力添えを頂きたい」
劉備が鷹揚に首肯するのを見て、俺は踵を返す。
「顔良将軍に伝達。敵増援が到着する前に白馬を一掃せよと」
「ははっ。それで殿は如何なさいますか」
「許先生、俺と共に一つ悪さをしてもらいたい。お付き合いいただけるだろうか」
「是非もありませぬ。なんなりとお命じくださいませ」
前面から攻めるは河北の二枚看板の一つ、顔良。
そして常山の昇り竜、趙雲。
守るは于禁と李典か。
両者とも慎重派だった気がする。色々と改変したこの世界で、前世の知識をもとに行動するのは危険だが、敵を過小評価するよりは遥かにマシだろう。
「許先生、そういえば捕縛した敵の密使がおりましたな。アレ、上手く使えませんかな」
「くっくっく、そういうことでござるか。よろしいでしょう、この許子遠が一肌脱ぐときが参りましたな」
「万事お任せいたします。剛の攻めと柔の攻め。敵を瓦解させるにはあらゆる戦法を執りましょう」
史実において、許攸はイの一番に裏切ったカスだ。
だがなんでか知らないが、この世界の許攸はマジで忠義の士である。不気味なほどに素直であり、意味不明にバフまでついてるのだ。
さて于禁君、後方でちょろちょろと兵を動かしてるんだったよね。
知ってるよ。確か十面埋伏の計だっけか。
程昱だか誰かの策略だったと記憶している。けど好き勝手にやらせるわけにはいかんのよなぁ。
河北はいわばホーム戦だ。自宅の庭に潜む強盗なんて、即座に発見できるってもんよな。そう、歴史を知っていればね。
まずは一手。
許攸には偽りの投降を示す文章を書いてもらおうか。
後方にいるミスター・ッピが敵を駆逐する間、足止めさせてもらうとしよう。
鳥巣に置いておくには惜しい人材だ。こちらも十面に活躍してもらおうじゃないか。
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