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袁煕立志伝withパワーアップセット おい、起きたら妻がNTRされる雑魚武将になってたんだが。いいだろう、やりたい放題やってやる!  作者: 織笠トリノ
199年 史実より早い官渡の戦い

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第七十七話 月を射る

――顔良


 李典による遅滞戦術は奏功し、顔良の騎兵部隊はその機動力を大きく損なっていた。小集団への分散は各個撃破の的になりうるのだが、徹底して地形を駆使し、物陰に乗じての一撃離脱を繰り広げられては、さしもの顔良も手こずる始末である。


「チッ、ちまちまと鬱陶しい奴らだぜ。けどな、ちぃと甘ぇよなぁ」


 間隙の一波。

 奇しくも顔良と、彼から逃げる李典との位置が直線状に並んだ。

 もちろん肉眼ではとらえることは出来ないし、間に人垣と障害物が多数連なっている。常識的に考えれば顔良の位置からは到底手が出せないポジションだ。


「おっらぁぁぁっ!!」

 ぶおん、と大気を奮わせる波動が周囲に浸透する。

 顔良はその背に持つ投げ槍を、前方目掛けて全力で投擲した。


 それは将器か。それとも野生の勘か。

 現代においてはまさしく狙撃銃で攻撃したような一撃に、ルートに存在する多くの兵士は巻き込まれ、壁に群れをなして張り付けられた。


「な、なんだアレは。よ、妖術だ、妖術使いがいるぞ!」

「ひぃっ、化け物じゃ! 退け、退けっ!」


 掃討という言葉が相応しいだろう。

 人を震え上がらせ、馬を狂わし、大地を抉る。

 河北の星は、今戦場の天頂に瞬いていた。


 顔良の槍に巻き込まれた兵士はおよそ二十名。その半分は部位欠損を起こし、そのまま壁の模様と化してしまっている。

 人力では到達し得ぬ、武の極み。姑息な罠を噛み破るのは圧倒的な力の成せうる技でもあったのだろう。


「他愛ねぇな。よし、てめえら、追うぞ!」

「ハッ! では先駆け御免ッ!」


 新型馬具を装備した精鋭が武功を上げんと欲して戦場を跋扈する。

 誰から見ても勝勢であり、曹操軍の籠る白馬港は陥落目前であると思われた。


 前衛の十騎が、一撃で両断されるまでは……だが。


「ぬおおおおっ!!」


 夜空に在るのは何も星だけではない。

 闇夜を切り裂く偃月もまた、同じ戦場にて光を欲さんとしていた。


 誰あろう、その人物は身の丈九尺。義理と武勇を天下に誇り、見事な美髭を靡かせては敵を討つ。

 義の人・関羽。字を雲長。

 徐州動乱時に劉備とはぐれ、彼の妻の安全と引き換えに、その身を曹操に寄せた人物だ。


 時至らば身許を去り、主の元へ。

 そのためには恩義を武功で返さねばならない。関羽は目の前に現れし『顔』の旗に、大きな目を剥いて大喝する。


「目があらば見よ! 音にして聞け! 我が名は関雲長。天下の大徳を支えるため、我が刃を一時の恥とせん。敵将よ、逃げも隠れもせずに出て参れ!」


 追撃戦で有利だったはずが一転、状況をひっくり返された。

 足は止まり、武器を落とす。その堂々たる雄叫びに圧され、じりじりと体を後方へと下げていく。

 

「なんだぁ? 見かけは立派だが、ただの騎兵じゃねえか。そんな奴にビビるんじゃねえっての」

「し、しかし顔将軍……」

「しかしもかかしもねえよ。オラどけ、俺がやってやるから」


 顔良は豪槍を手に、栗毛の愛馬に跨って髭の男へと向かう。

 余裕綽々だった表情の顔良。しかし次第に汗が噴き出てくる。


「なんだってんだよ、おい。こら、俺の手。なぁに勝手に震えてやがんだよ……」

「貴公の名を伺おう。我が偃月の前に屍を晒す前に、名を残していくがよい」


 震えはまるで瘧のように悪化する。悪心と動悸、そして畏怖。

 顔良は悟る。目の前にいる男は、今、この世で最も死に近いのだと。


「お前みてえなバケモンが、簡単にツラ出してきやがるよなぁ、まったく。さぁて、ここがどっちかの墓場になるってんなら、それも委細承知だ。やってやらぁ」

「重ねて名を問おう」


 港の磯風が運ばれ、水の匂いがぷんと鼻につく。

 べっとりとした直垂の下は、滝のような汗を湛えている。


「俺は顔良。ここで会ったが百年目になるかは知らねえが、まあ、俺様の手柄にさせてもらうぜ」

「意気軒高たるその様やよし。我が名は関羽、字を雲長。そこもとを討つ者なり」


 互いに微笑んだ。

 それも瞬時の邂逅であり、修羅道への門扉でもある。


 刃鳴り散らすは、偃月と槍の穂先だ。

 速さならば顔良の槍に軍配が上がり、重さならば関羽の偃月刀に傾く。

 しかしてその技量や互角。

 一合目から絶大なる殺意と敬意をこめ、急所のみを狙った。


「やるじゃねえか、関羽とやら。一騎兵ってのは何かの冗談だろう」

「孟徳公の下ではそれでよいのだ。さあ、口より手を動かさねば死ぬるぞ」

「ほざきやがれ!」


 乱れ舞う雷光のような刺突に、旋風のような曲線が重なり合う。

 一歩も引かず、そして絶対に譲らず。

 心臓を狙う一撃は弾かれ、袈裟斬りの振り下ろしは防がれた。

 火打石を絶えず明滅させるような刃のうねりに、両軍の兵士はただ口を開けて見守るより他にない。


「それそれそれっ!」

「むぅ、疾い……な。しかし」


 穂先が分裂したかの様にも見える顔良の連撃は、確かに関羽の傷を増やしていった。着ている鎧に穴が開き、時には構成している部品をも飛ばす。


 槍が止まる。


「てめぇ……どんだけバケモンなんだよ……」


 関羽は偃月刀を片手に持ったまま、顔良の槍を《《素手》》でとらえた。

 押せども引けども動かず、仏の御鉢で圧されているかのように不動である。

 

「どうした? 動かぬぞ?」

「クソが……わーったよ、俺の負けだ。殺りやがれ」

「潔し。しからば御免!」


 大刀一閃。

 無様に生き恥を晒させぬためにも、一撃で仕留めるのが戦の倣いである。

 

 だが、その介錯に割って入る一筋の流星があった。

 奇しくも顔良が放った直線掃射と同じ、吶喊する槍の威風が関羽を阻む。

 

「……武人の誉れを汲まぬとは、愚かなり。何奴だ」


 闇夜から現れるは白き姿。後ろ髪を結び、青き鉢がねで引き締める額と、美麗な表情との差異が目を引く。

 戦外套を投げ捨て、白馬に跨る美丈夫は、関羽を意に介さず槍を取りに近づいてくる。そして目が合う。


「お主……子龍か?」

「髭殿であったか。遠方よりお姿を拝見したときにもしやと思っていましたが……」

「引くがよい子龍。お主がどのような立場にいるかは、今の一投で理解した。今は武人としての最期を見届けてやるがよい」


「……それは出来ませぬ」

「ほぅ」


 関羽の太い眉がぴくりと動き、赤ら顔にさらに朱が深まる。

 対して趙雲は美女と見まがうほどの整った顔を白く冴えさせた。

 そっと槍を大地から引き抜き、趙雲は項垂れる顔良の隣に馬をつける。


「我が名は趙子龍。かの大徳……いや、新たなる志のため、この場にて髭殿と対決を選択しよう! この身に宿る竜の咆哮、貴殿に見切れるか!」

「てめぇ……劉備んトコの野郎か。チ、礼は言っておくぜ。助かった、すまんな」

「お役目お疲れ様です。一騎打ちに嘴をさしはさむは武人として無礼。しかして、我らは大義のために動くものです。顔将軍、目的を達成してこそ将の義務かと」

「――だな。不甲斐ねぇが、おめえの力を貸してくれねえか、趙雲。こいつらを蹴り飛ばして、黄河に沈めてやらんといけねえ」


 互いの槍をカツンと当てる。

 それで魂の行方は定まった。狙うは眼前の髭男であり、防衛の要たる武力の排除だ。馬を左右に走らせ、顔良と趙雲は一斉に関羽へと向かう。


「それがお主の意志か。天命故仕方なし。惜しいぞ、趙子龍」

「いざ、参るっ!」


 青龍の逆鱗が折れ、偃月に殺意が宿る。

 かつては同志足り得ると認めた壮士が、この場で不倶戴天の敵になった。

 乱世は斯くも英傑の運命を操るのか。関羽は無念の涙を一滴、地に落とす。


「往くぞ、趙子龍、顔良!」


 再び月輪が舞い、二つの牙をへし折らんと凛麗なる音を奏でる。

 武の頂に座す軍神・関羽。

 挑むは若き昇り竜と、河北の星だ。

 

 天を逆薙ぐ流星が、大地に火花を落とした。

 龍虎合い討つ。実力伯仲。刹那の見切り。

 光の束を収束させ、やがて一つの運命を導き出す。


「ぬぐっ!?」


 青龍の肩に、昇竜の槍が突き刺さる。

 鮮血が吹雪き、やがて闇夜に消えた。偃月を持つ腕は、力なく馬の首にもたれかかったのだった。


「お覚悟を、髭殿」

「桃園の誓い……破るわけにはいかぬ……!」


 最後の瞬間は、今まさに訪れようとしていた。

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