第六十八話 主弑すれば、即ち自らも
検分をお願いいたします、と言って目の前に置かれたのは、人の生首だった。
帷幕の中で乾燥肉を噛みちぎっていたところにこれだよ。
「大将、公孫瓚の首でございます。お改めくださいませ」
「えぇ……」
いや、どうしろと。
俺、そもそも公孫瓚と面識ねえし。
分かる。非常に分かる。これが超重要なイベントだってのは百も承知よ。
けど、目の前に知らん奴の首置かれて、うむうむと満足げに頷くとか、俺には出来ん相談よな。
「その方……関靖と言ったな。主君の首を抱えてきたということは、相応に理由があるのだろう。何か話しておくことはないのか」
両脇を俺の近衛にガッチリとホールドされた状態だが、まだ油断は禁物だ。
確か俺の記憶によれば、関靖なる人物は忠義に篤く、公孫瓚戦死後に自らも敵陣に特攻して果てたような。
そげな人物がなぜこげなことを。
「ご許可を得て口上を申し伝えとうござる」
俺は無言で首肯し、周囲に目を配る。
近衛統括を引き継いだ許攸が頷く。陣内に敵影なし、されど気を抜くなと。
「此度の戦、殿……公孫伯珪様の差配は、あまりにも将兵に対し無体なものでございました。強敵と戦い、策を巡らせ、計略にて対するは将の誉れ。何人も穢すことの許されぬ、魂の削り合いでございます」
「関靖殿は武侠のお考えを重要視されておられるようだ。しかし俺はこの通り惰弱な愚物ゆえ、貴君の話の本命がまだつかめぬ」
「失礼いたしました。伯珪様の首と、軍師たる某の首をもって、城内の将兵をお救いくださいますよう、伏してお願い申し上げまする。戦場の露となるのは本望なれど、家族ある兵士たちは、我らの命に従ったにすぎませぬ」
一死大罪を謝す、というやつだろうか。
公孫瓚も穏当に統治をしてれば名君に資する可能性もあったのだろう。
だが、乱世で生き抜くには自陣の総和が少なすぎた。
特に大将としての器でないと判断されたがゆえに、この始末だ。
実弟を見殺しにしたときから、やべーやつだとは思ってたが、まあこうなるのも運命だったのかもしれん。
俺が直接命を取ったわけではないが、そうせざるを得ない状況にまで追い込んだ自認はある。
袁家の嫡男として、相応の礼をもって弔うのが筋というものだろう。
「関靖殿、一つ伺いたい。貴君に公孫瓚を討たせる最後の一押しとなったのは何だろうか。後学のために教えてくれると助かるのだが」
「恥を晒すようでございますが、伯珪様が兵卒たちを盾として、自らは北平へと落ち延びようと謀ったことにございます。いくら君命とはいえ、未来ある若者たちを取り残して去るなど言語道断と判じたまででございます」
「なるほど。言い辛いことをよく正直に話してくれた。こちらの細作が掴んでいる状況とも合致している。関靖殿、貴君の助命嘆願を受け入れましょう」
「おお、かたじけない……どうか一人でも多くのものが、故郷に帰れるよう、袁家のお力に縋るばかりでございます」
「最善を尽くすと約束しよう」
決着はついた。
易京城砦に籠っていた将兵を武装解除し、軍師より降伏宣言が成されたと大々的に喧伝した。
パニックになって暴れ出すかと思いきや、皆精魂尽き果てたかのように腰を下ろし、深くうなだれてしまっている。
「思っていたよりも士気が低かったらしいね。しかし数が数だ。張将軍、公孫軍には厳しい目に遭わせるかもしれないが、囲いを作って入念に検査をしようと思う」
「かしこまりッピ。交代で休憩を取らせ、食事の時間を作るッピ。殿は安んじて某らにお任せくだされッピ」
「わかったッピ」
だから移るっての。
もうピが頭の中でリピート再生されるんだわ。
しかし流石は張儁乂。オールラウンダーの異名は伊達ではなく、てきぱきと敵兵の受け入れと収容、隔離を行っている。
もしかしたら未来ではSCP財団に所属してるエージェントなのかもしれない。妙に手慣れたところがこええよ。
「ピッ! ピッ!」
「ピッ!!」
マジで何言ってるのかわかんねえが、兵士たちとは意思疎通がこなせているらしい。微妙なアクセントとか、語尾の上げ下げとかで判別してんのかね。
深く考えると頭が半濁音で占拠されてしまいそうなので、そのまま張郃に後を任せ、俺は再び関靖の元へ赴く。
「さて、関靖殿。大変長らくお待たせした。江南より取り寄せた茶葉はお口にあっただろうか」
「死に行くものへの格別なご配慮、誠に痛み入る所存。これで悔いはありませぬ」
自ら木製の牢に入ることを求め、陣地中央にて衆目に晒されることを選んだ。
関靖は全てをやりきった男の顔をしている。
「関靖殿の才は惜しい。お考え直しはいただけないだろうか」
「こればかりは大恩ある袁家の頼みでも、承服できかねまする。某は主君を殺し、守るべき城砦を放棄いたしました。生き恥は十分重ねたと存じます」
「……左様である、か」
止めたいよ、俺だって。
でもさ、こういうの声かけらんねーんだよ。これ以上は。
現代日本とは違って、三国時代は死が身近にある。それぞれに思いのたけはあるだろうが、死生観ってのは大きく異なってるんだ。
心を落ち着けるための茶も、末期の水と受け取ってしまったのだろう。
できうるならば、彼の考えを変えて、生きてほしいと思う。
だがそれは、この時代に生きる壮士の名誉を損なうことになるんじゃないかと感じてしまうんだ。
「……関靖殿の所望通りにいたそう。何か希望があれば、言ってくれ」
「出来ますれば、我が首を北方に向けて埋めていただけると幸いです。この荒々しき大地は、我ら公孫の旗が開拓した土地。ならば死後も見守るのが道理かと」
「あいわかった――せめてもの情けとして、袁家二枚看板の猛者である文将軍に刀を任せようと思う」
目をつむり、関靖はそっと頭を下げる。
覚悟が重い。
ふっと再び、関靖と目が合う。
笑っていた。
勝敗は兵家の常なり。ご厚情感謝。
そう言っていたようにも見える。
やがて衛兵に先導され、公孫の降兵が見守る中で関靖は斬首された。
後悔が無いと言えばウソになる。それに、今にも吐きそうだ。
だがそれだけは、俺がやってはいけないことだ。
公孫の旗を破き、袁の旗を奮わせる。
悩むことを止めてはいけない。されど、必要以上に悔やむことも駄目だ。
俺は河北から戦乱を消し去り、いずれ来る曹操との対決に全神経を集中させなくてはいけないのだ。
立ち止まるのは、事を成してからでいい。
ふっと空を見上げると、一番星が煌々と輝いていた。
蘭……そして綾よ。俺は必ず帰る。そして平和な世界に家族そろって突入するんだ。死亡フラグにも聞こえそうな胸中の想いだが、口に出さなければセーフ。
「関靖殿の最期、見事なり。この儀をもって、公孫に仕えし全ての将兵の罪は問わぬこととする。皆を家族の元に帰すことを約束しよう!」
「おおお!」
「関靖様……ありがたや……」
「袁煕様はなんという慈悲深き御仁か……」
喝采や慟哭。そして喜色と悲壮。
まさしく悲喜交々だが、全てを飲み込んでいかなくては。
俺は引き続き北平攻略に取り掛かることにした。
先手には文醜を筆頭に、郭嘉・高覧・田豫をつける。
異民族対策として、降った田豫の存在は大きい。彼がいないと、もしかしたら二正面作戦を強いられるかもしれん。
電光石火とまでは言わないが、割と手早く軍の再編成を済ませ、出撃させられた。
中でも文醜隊の異様さは群を抜いている。
「ハァ……ハァ……敵、敵はいねがぁ……」
「首ぃ……手柄首はどこじゃぁ……」
「もけけけけけけ、血じゃ、血が足りぬわいっ!」
状態だけ見れば、末期症状の患者だらけであり、すぐさま格子付きの病院に閉じ込めなくちゃいけないピーポーの群れだけどな。
こいつらがまぁ、つええのなんの。
常時変なお薬でガンギマリになってるんじゃねっていう。
日本だと島津とかその辺が該当するだろうか。
味方も当然こんな化け物どもと関わっていたくないわけで、とっとと出撃させてほしいとの声が強かった。
良かったな、先鋒だぞ、と高覧に告げたところ、彼は胃を押さえて厠に駆け込んでしまった。
コレと相対する異民族だか、公孫の残党だかは憐れだよなぁ。
偉い人も言っていた。
『バケモンにはバケモンをぶつけんだよ!』
と。
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