第五十七話 両軍激突!
「殿、臣めに特別のご用事があるとのこと。この郭公則、犬馬の労をいとわずに主命を果たして見せましょうぞ」
「うむ。実はやってほしいことがあるのだ。伯言、例のものを」
公孫瓚軍の前曲との激突が間近に迫る中、俺は郭図に一つの策を授ける。
軍馬が慌ただしく動き、兵士たちが陣形を組み立てる。一見すると統率が取れていないようにも思えるが、兵士の移動ってのはこんなもんだとわかっている。
俺も成長したんだろうか。
いつの間にかステータスに『豪運』とかついてたしな。
アバウトなスキルだが、デバフっぽくはないので一安心はしている。
「公則殿、こちらの袋の中に密命が入っております。貴殿には一度後陣に下がっていただき、決戦を左右する一撃をお願いしたい」
「かしこまりましたぞ。これ伯言、臣にその袋を渡すがよい」
「はい、お師匠様!」
お師匠様……なんとも複雑な光景だな。
果たしてこのまま郭図に師事させていいのかどうか、非常に迷うところだ。
陸遜はかねてより用意していた秘策袋を持ち、うやうやしく郭図へ渡した。
「よろしい。では殿、この公則、一度下がらせていただきますぞ」
「この戦は公則殿の働きにかかっておりますからな。任せたぞ」
拱手にて一礼を取ると、『こんな前線にいられるか!』と言わんばかりの勢いで、郭図はあっという間に遠ざかって行ってしまった。
「これで仕上げは良し……と。あとは敵の陣容と戦法次第か」
城攻めは下策なれど、先鋒部隊としては露払いをするのが必須。
故に突出してきている白馬陣は必ずぶっ叩いておかなくてはならない。
古の孫武いわく『まず勝利を得、それから戦え』とあった。
天の時・地の利・人の和。
そのどれもが欠けても戦いの均衡は崩れる。
無論万全に揃うことなどは稀であり、どの軍隊もどこかに瑕疵を持つ状況であると思われる。
「しかしなぁ……敵陣の情報が一向に入ってこないってのは不気味だよな」
斥候を放っているが、無事に戻って来た者は少ない。
具体的な数字を言えば、1/100ぐらいの帰還率だろうか。
「殿、全軍体勢が整いましてございます」
討ち死にした袁春卿に代わり、近衛を統括している許攸が告げる。
「よし、それじゃあいっちょやってみようか」
「はっ、それでは前進の合図をいたします」
戦太鼓が打ち鳴らされる。
袁家の兵士たちは重装の盾を構え、じりじりと公孫瓚の軍勢と間を狭めていくのだが――
長槍は騎馬に勝つ。
そして重い弩兵による斉射は、軽装騎兵を倒すにはうってつけだ。
過去の戦いで、麹義将軍が使用した戦術だが、さて効果のほどは……と。
◇
開戦直後に、突撃の号令が下される。
野戦総大将の公孫越の命令により、左右両翼に展開している騎兵が袁煕の陣へと走った。
右翼大将公孫範、副将に田豫がつく。
左翼大将公孫続、副将に趙雲が補佐していた。
短弓と手槍を装備し、一撃離脱の構えを取る公孫範の部隊。それとは対象的に、公孫続と趙雲は馬上槍を構えて突進する姿勢を見せている。
正面衝突した場合、互いの歩兵同士が鎬を削る一進一退の攻防になるだろう。
事実前列は大混乱の極みにあり、阿鼻叫喚の激突が繰り広げられている。
鉄がぶつかり合い、肉に刃が食い込む。首が宙を舞い、血は河となる。
中央部が膠着しているのであれば、包囲を完成させるため、両翼の騎兵の重要度が増す。
公孫越の軍団が採用したのは、白馬陣を改良した形式のものだった。
突破力のある公孫続・趙雲が戦端を食い破り、袁煕の軍深くまで浸透する予定だ。
逆に公孫範と田豫が率いているのは、騎上射撃が得意な者で構成された軍である。
一撃離脱を旨とする部隊運用なので、後方から大回りに迂回し、袁煕の横腹を突こうと試みていた。
「これぞ白馬斜線陣なり。力の配分に工夫を凝らした我が陣形、対応できるかな」
公孫越の含み笑いが戦場に灯る。
中央の部隊は未だ混迷を極めているが、彼は勝利を確信している。
身内には絶大な信頼を置いている。
しかし、客将である趙雲と田豫の能力は公孫軍中でも群を抜いている。
河北を平定した暁には、然るべき身分を与え、公孫の手駒として動いてもらわなくてはならない。
「この戦にて、一気に王手をかける。袁家の子せがれを討ち取り、一気に南皮を落とすぞ!」
気炎万丈は指揮する部隊にも伝播していく。
公孫軍の大攻勢が始まった。
◇
右翼部隊を指揮するは張郃だ。
百戦錬磨の勇将であるが、今戦場で一番の危機を感じていた。
ひたすらに突撃を続ける公孫続軍。その先頭をひた走るのは、趙雲子龍である。
袁家の兵を、当たるを幸いに突き倒し、斬り伏せていく姿は、一身これまさに肝であろう。
「張郃将軍、敵武将の圧力甚だしく、押し込まれています。このままでは……」
「…………槍を構えるッピ」
張郃は戦の大一番は、自分の眼前で展開されると読んでいた。
事実、一心不乱に旗を目指して来る若武者からは、なみなみならぬ気配が漂ってきている。
「勝負は水物……しかし、ここで死ぬわけには行かないッピ」
戦の勘が囁いている。
気を一瞬たりとも抜けば、それすなわち死であると。
袁家の騎兵は鐙を装備し、安定した攻防の能力を得ている。
だがそれでも北方にて異民族相手に磨かれた、公孫の馬術には少し及ばない。
「殿が開発してくれなければ、今頃は……天運はあるッピね」
大きく息を吸い込み、張郃は駆ける。
随伴する供回りもそれに続き、一直線に青き鎧の若武者へ。
「そこな者! 我が名は張郃、字を儁乂。いざ尋常に勝負だッピ!」
「……いいだろう。私は趙雲、字を子龍という。大将首、頂いていく」
千変万化にて、変幻自在の張郃。対して剛毅果断で実直、明鏡止水の趙雲。
僅かな筋肉の動きや、視線すらも見逃さない、手汗握る一騎打ちがここに始まった。
趙雲の竜槍が流麗な一画を描く。
穂先が向かうは張郃の心臓部だ。
金属音が激しく交差し、互いに急所を狙いあいながらも牽制し、虚実を綯交ぜにして槍の芸術を競い合っている。
かかっているのは己の命であり、指揮する軍の命運だ。
一歩たりとも譲ることは出来ない、男同士の――熟練者同士の死闘は続いていく。
◇
「ふぅ……ふぅ……。疲れましたぞ。殿の命によれば、この公則が公孫の小僧どもに天誅を下す一手になるとのこと。戦功第一位はいただきでございまするな」
山と積まれた金を夢想し、郭図は垂れている涎も気にせず、単騎で馬と駆ける。
「くくく、儁乂殿が真面目に一騎打ちをしている間に、臣めが背後から一突き。敵の最も強き部分を崩すとは、殿も中々の策士ですなぁ」
与えられたのは白旗と毒刃。
戦場を白旗を持って駆けまわり、疑似的な投降と見せかけるのだ。
無論袁煕は、郭図にそれが出来るとは思っていない。
だが、こと騎馬戦においては相手の攪乱こそが重要だと考えてはいる。
ならば使うしかない、このリーサルウェポンを。
やれと言ったことは出来ず、やるなと言ったことは出来る。
袁煕は気軽に言ったのだ。
「公則先生、軍のために『死ぬ気で』『敵将を暗殺』してきてください」
と。
そのための隙は作るので、袁家を信じてほしい。恩賞はこれまでにないほど重いということも添えて、袋を手渡したのだ。
◇
郭図はまだ知らない。袁煕もまだ知る由もない。
趙雲子龍。彼の固有能力は『明鏡止水』
如何なる状況でも乱さず、狼狽えず、忠実に任務を続行する力だ。
故に奇策にも動じず、己が成すべきことを第一に考えて、最善の結果を手にするように戦うのだ。
そしてまだ誰も知らない。
第二の固有能力の存在があることに。
その名も『郭図封印』と言う。
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