第百七十二話 決戦⑮ 袁煕最強説浮上
――袁煕
将まさに雌雄を決さんと至るに、それを止める武力が俺には無い。
義の荒神・張飛。そして西涼の錦・馬超。
どちらも御するのは難しく、さりとてここでどちらかが斃れるのは惜しい。
「――起動」
鉄の火花にかき消され、いつもの銅鑼の音は小さく聞こえた。
両者とももはや気力だけで戦っている。少しでも槍の穂先がかすれば一瞬で勝負は決することだろう。
【馬超 孟起】
武力:96
統率:84
知力:42
政治:31
魅力:78
得意兵科:騎兵
得意兵法:一騎 奇襲 足止 罵声 人望低下
固有戦法:一日千里→騎兵のみで編成された場合、機動力三倍
固有性癖:馬娘春麗
※騎兵編成だが、拠点攻撃も得意。
部下に背かれる可能性UP。
控えめに言ってDQN。
――
なるほど、極めた脳筋ってやつだね。
伊達に西涼のあちこちで反旗を翻されたわけじゃねえな。ナチュラルにデバフかかってるなんて悲しいことだよ。
それじゃあ早速イジらせてもらおうかね。
袁家の財も大分俺が私的に使っちまったからな……今後は増々能力をセーブしていかないとアカン。
オラ、編集ッ! おめーの武力、ねーから!
馬超 武力96→1
張飛 武力99→1
無論後で元に戻すという追加課金が必要だが、これはコラテラルダメージと言う奴だ。なんせ死亡した武将は復活させられんのだからね。
途端に剣撃の音が小さくなった。もっと言えばしょぼくなった。
当人たちは汗だくになりながら矛を振っているのだが、既に先ほどまでの迫力は霧散している。
「あいや、御両人。ここは一つこの袁顕奕に場をお預け下され」
「んだぁっ!? 袁の字、おめーはすっこんでろ! こいつは俺様がぶっ殺す」
「むぅ、貴様が大将首だな。そこで大人しくしているのだ。すぐにこの馬孟起が引導を渡してやろう」
割って入った俺に対しての敵愾心高すぎ。
馬超は張飛なんぞ放っておいて俺を捕縛たりとかさ。
張飛も俺に目もくれず馬超を攻撃するとかさ。
君たち、もっとこう優先度あるでしょ。
まあ、ヤンチャしたがる切れた若人なのは俺も同じだけど。
だからおもむろにこうして剣を抜いてみたりするんだわ。
「む、貴様が戦うのか? 愚かな選択だぞ」
「袁の字、俺たちの戦に茶々入れようってか? んなことしてみろ、おめーからぶっ飛ばすぞ!」
一陣の風が舞う。
西部劇でいうところのタンブルウィードでも転がっていきそうな空気だ。
「是非も無し、馬孟起よ、この袁顕奕が相手になろう」
「――死期を早めたな、袁家の長男よ。よかろう、天を貫く我が銀槍でその体を穿ってみせよう!」
「てめえら、俺様を無視するんじゃねえっ!」
「なんだったら、張翼徳よ、貴殿もかかってきてよいぞ」
「ああん!?」
怒気というには生温い。
殺気というには優しすぎる。
生きるミンチメーカーと化した二人の猛将相手に、なーに自殺宣言してんだこのバカっていう風に見えてるのだろう。
「行くぞっ! 受けられるものならば受けて見よ!」
「はい、キャッチ」
「むぅっ!?」
西涼の錦が、西の蛮族の腰ミノぐらいに劣化してたわ。
槍がほとばしる――いや、ヨボヨボと迫ってくる間に、俺は背中をボリボリ搔いていたくらいだ。
「納得のいかない顔だな。ならばもう一度試してみるといい」
「今のは何かの間違いだ。その豪運、いつまでも続くと思うなよ!」
「はいキャッチ」
タンブルウィード、追加で要るかい?
「馬鹿な……しかも動かぬ……こ、この男は一体!?」
「おいおいおい、袁の字。おめぇ、その動き……」
「お気づきかな張翼徳殿。貴殿も相手をしたことがある男がいるだろう」
張飛はその場で腰をぬかしたかのようにどさりと座り込んでしまった。
「郭公則先生の一番弟子とはこの袁顕奕のことよ。その名を聞いてもまだ戦う気があるのかな?」
「ぐぅぅ……まさか剣聖のお弟子サンだったとはな……いや、ダメだ。このままじゃ俺様がてめぇの武に自信を持てねえ!」
立ち上がり咆哮する張飛。理不尽な目にあって申し訳ないのだが、ここは力業で制圧させてもらおうか。
「さあ、剣聖の弟子の力量、とくと刮目してみるがいい。両者ともにかかってきなさい」
「むぅ、ここは一時休戦だ。いいな?」
「ったりめーだ! 俺様は郭公則先生の背中を追うんだ!」
袁家の宝剣が天女の舞を踊り、剣閃は神仙の吐息の如く天衣無縫に。
両将ともに体力の限界だろう。それに加えて地球最下等の武力に叩きこんだんだ。
そりゃ青筋立ててピキっても、アウトプットされるのは幼児のようなごっこ遊びよな。
「おらぁぁぁぁあっ! どきやがれってんだ!!!!!
「はっはっは、甘いぞ翼徳殿」
「ならば俺が! 喰らえっ!」
「はい、キャッチ」
「むぅ。なんと面妖な……」
散々打ち込み、斬りかかり、突き、薙ぐ。
しかしそのどれもが俺という凡人には届かない。
人の能力を下げて優越感に浸るのはここまでにしよう。
借り物の力でマウント取っても、決してそれは自分のためにならない。
「さて、まだ続けるかな? できればここで観念して欲しいのだが」
「ぐ……くっ、ちきしょう、俺様の負けだっ」
「むぅ……同じく敗北を認める。好きにするがいい」
俺はまず張飛を下がらせ、ゆっくりと休養するように申しつけておいた。
不満そうな顔をしていたが、酒を飲んでいいと伝えたらウッキウキで去って行ったわ。ある意味依存症だと思うんだが、どうだろうか。
「さて、西涼の馬家の方々、改めて自己紹介させてもらう」
袁煕なりと名乗っても、怪訝そうな目で見られるのは覚悟していた。
だが次期当主ということが内定していると知っていたらしく、名族の威光的なものが通じてくれてよかった。
実にスムーズに対話に持ち込めることになったよ。
「――なるほど、帝からの詔を賜ったと。ですが河北袁家に反乱の兆しありとの誤報を流したのは、新たに魏公就任した曹子桓ですぞ」
「魏公が何故我らを謀るのだ。漢室に忠義を尽くしてきたからこそ公として認められたのであろう」
「それが、実は――」
はーい、爆弾はいりまーす。
あ、ダイナマイト定食大盛りで。それからC4の刺身とニトロ汁追加で。
「孟徳公を……弑せんとした……だと!?」
「然り。だが一命をとりとめ、孟徳公は我が父袁本初と同盟を組んだ由ですよ」
「なんだったのだ……我らの遠征は一体何だったというのだ」
「恐らくですが、絶対的に兵が足りぬと踏んだのでしょう。それゆえ帝のご威光に縋り、各地より義勇兵を募ったのではないかと」
馬超さんが槍を地面に叩きつけた。一瞬無双乱舞でも始まるのかと思ったぜ。
しかし、憤怒の形相ってやつを俺は初めて見た気がする。
何というか美丈夫が歯を食いしばってガン切れしてるのは、マジでタマヒュンするレベルでこえーわ。
「これが同盟の宣誓書の写しです。紋章管理の者に見せれば、捺印されている両家の璽がまがい物でないことがわかるかと」
「……承知した。こちらでも照合させてもらう」
数分後にはそれが真実であると確定し、西涼の一軍は旗色をぐるりと変えた。
「帝に欺瞞情報を吹き込み、あまつさえ実父を殺害せんとした大逆の男。これ以上命を聞く必要無し」
「では我らは手を取り会えると思うのですが。少なくとも俺は西涼の皆さんと同じく、平和を望んでいると信じています」
「……見事に欺かれた我らに対し寛大な処置、誠感謝の念に堪えない。我が軍はこれより袁家と共に逆賊を討つ!」
よかった。
いがみ合うよりも肩を組んで進んだ方がいいに決まってる。
さて、俺も一時自軍に引こう。郭嘉ならば状況を整理して新たな戦術を組み立ててくれるに違いない。
◇
「ただいまー。やー、というわけでもう争う必要なくなったよ」
「こ……」
「ん? れーちゃん、何か今言ったかな」
「この大馬鹿者---------ッ!!」
「ぐええっ」
「どれだけ心配したのか、我が君はわかっておるのか! おるのか!」
「ほんげええええっ」
俺はボロ泣きしてるれーちゃんにガックンガックン揺すられ、あちこちに頭をぶつけてしまう。
あ、まずい……これは落ち……てしま……。
総大将袁煕、気絶。
この事件があってからというもの、れーちゃんは袁家最強の将であると皆から恐れられたそうな。
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