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第百六十七話 決戦⑩ 戦う理由……なくなっちゃったね……

――袁煕


 敵軍前面に見ゆ。

 もう後戻りできない世紀の戦いが始まるんだな……。


 魏延率いる歩兵部隊が展開し、敵の先手と激突したと報があった。

 陣形的に見れば魚鱗対魚鱗の相克である。勝敗を分けるのは将の力量と戦術、そして秘めている策によるだろう。


「左右両翼の軍で突破を図ろう。顔・文両将に攻撃の命令を!」

「承知いたしました!」


 伝令を走らせ、側面から相手を崩す戦法を執る。まんまハンニバルの戦い方なんだが、勝率が高いんだからしゃーない。

 

「しかし……頑強だな。魏延の攻めをものともしていない」

「死兵となっているのでしょうな。本来であれば誘引して火計で一網打尽にすべきでした」

「見抜けなかった俺の落ち度だな。一度引かせた方がいいかな?」

「いえ、相手を上回る打撃力を抽出し、一気呵成に撃破してしまいましょう」


 許攸は元々謀略畑の人間だ。この手の拮抗した状態を打開するのは得意なのだろう。


「よし、呂姫と文遠殿に攻撃開始の合図を出してくれ。それから張飛殿にもな。置いていくと後で何をされるかわからないからね」

「ははは、承知仕りました。直ちに伝えましょうぞ」


 やや早めの投入になるが、兵力ってのは小出しにするのが一番危険だと言う。

 一気に飽和攻撃を行った方が被害が少なくて済むのだ……って郭嘉が言ってたな。

 

 さて、我が軍きっての武闘派をブチ込むわけだが……。

 もう嫌な未来予想図しか見えない。味方でよかったと心から思うわ。



――魏延


「ふぬぅっ、相手は小勢ぞ! 押して押して押しまくれい!!」

「うわ、うるせっ。わかったわかった。文長の言は正しい」


 慣れたやり取りで魏延を黙らせると、王威は後方に控えている兵士を前面へと繰り出した。

 その様、まるで魚の鱗のよう。

 各集団による波状攻撃で敵の薄い鱗をはぎ取っていく――はずであった。


「ぬう、しぶとい、か。ここを死に場所と心得ているのだろうな。これは時間がかかりそうだわい」

「王威!! 手を休めずにお前も戦え!!」

「やかましい! こっちも手一杯じゃ!」


 魏延兵の練度は高い。ある一点に触れると文醜軍との演習で培った経験が生きる。

 しかし必死の形相で抵抗してくる相手を前に、兵士が恐れを抱いてしまった。


「ええい、引くな! 殿がもうすぐ援軍を送ってくれるぞ!」

「それまで持つかの。いやはや、夏侯家の将は生え抜きとは聞いていたが、これほどまでとはの」


 敵は只管に突撃してくるわけではなかった。

 死を厭わない戦い方のまま、打撃と射撃を繰り返して魏延兵の出血を強いていく。

 

 流れが変わったのは左右両翼の顔良・文醜が優勢になった頃合いであった。

 彼らもまた生を諦め、決死の炎を滾らせている騎兵相手に苦戦していたのである。

 だが、そこに呂姫と張遼の援軍が到着した。


「姫、文将軍の元へはこの文遠が参ります。顔将軍の右翼をお頼みしてもよろしいでしょうか?」

「それで構わない。いかな相手であろうとも、父上が手塩にかけて育てられた『飛天』が叩き潰す」

「かしこまりました。ではご武運を!」

「うむ。さて、だ」


 去っていく張遼を尻目に、呂玲綺は己が直下の軍団に檄を飛ばさんとしていた。


「者ども、待たせたな。殿は我らにご馳走を振舞ってくれるらしいぞ」

「さぞや食いでのある獲物でしょうなぁ」

「相手は死兵なれど情をかける必要なし。いつものように蹂躙せよ」

「応ッ!!」


 槍を日輪目掛けて示し、その後に穂先を敵騎兵部隊へと向ける。

 無き父である呂布奉先が敵の撃滅を日輪に誓っていたことに由来する構えだ。


「天に輝く陽光よ、照覧あれ! 我らこれより死を告げる凶徒とならん!」

 

 確かに兵士たちは見た。呂玲綺の姿に、亡き君主である呂布の面影を。


「全騎突撃!! 一人たりとも生かして帰すな!!」

「うおおおおおおおおっ!!」


 その荒々しい蹄の音は、中原狭しと暴れまわった飛将軍を支えた武侠たちのもの。

 この平地で、しかも騎兵戦で。

 こと呂玲綺率いる飛天を相手にするのは、まさしく自殺行為と同義であった。



――顔良


 何度目の突撃だろうか。

 敵の騎兵は命の使いどころを心得ている。顔良は覚悟の違いが戦において勝敗を分けることがあると悟った。

 

「やるじゃねえか。こいつら、死ぬときは淡々と向かってくるくせに、合間合間に伏兵を仕込んでやがる。クソ、めんどくせえ!」


 敵が用意していたのは伏兵だけではない。

 馬を止めるための縄、杭、弓。ただ勢いに任せて攻撃することを得意とする顔良にとって、夏侯家の部隊は相性が悪すぎた。

 

「チ、埒が開かねぇ。それに戦の気配的にも、単騎駆けはちと不味いな……」


 故に一撃離脱を繰り返しているが、開けた穴はすぐに敵兵が埋めてしまう。

 かと思えば馬ごと突進してきて、顔良兵を巻き込んで轢死させていく。

 泥沼の騎兵戦であったが、漸く到着した援軍によって潮目ががらりと変化した。


「なんだ? ん、おお! 味方か! よっしゃ、これで形成逆転だぜ」

「報告します! 本陣より後詰めが参っております。旗印は漆黒の呂です!」

「へっ、なるほどな。小賢しい巧緻な戦いは殿も望んでねぇってか。いいね、そういうの俺も好きだぜ」


 いくら相手が戦上手と言えど、圧倒的な武の力でねじ伏せよとのお達しである。

 顔良は隊列を整えると、呂玲綺の攻撃に合わせて再び再突入を開始した。


「いくぞてめぇら! ズタズタに切り裂いてやれ!」

「承知ッ!」


「飛天に告ぐ。一兵も生かして帰すな。ただ果実を摘むが如く殺れ」

「かしこまりました、お嬢様」


 河北が、否、中華が誇る武の結晶が戦場でまばゆく光る。

 たとえそれが血と汗、そして末期の涙で彩られようとも、決して砕けることはないのであった。



――夏侯二将


「ぐ……ここまでか……殿を頼む」

「逝くな陳! くそ、他に動ける奴はいないのか!?」

「黄……黄よ、無念だが我らはここまでだ。尚様の身を……ごふっ」

「丹のおっさん……くそ、畜生! おめおめと生きて帰れるか!」


 瀕死の獅子は最後の雄叫びを上げる。

 だが無情にも飛来した手槍で串刺しにされ、そのまま大地に鶏頭の花を咲かせた。


「制圧完了しました。我ら飛天に脱落者はおりませぬ」

「うむ。それでこそ呂家の神髄よ。我が君もお喜びになるだろう」

「お嬢様、このまま敵側面の攻撃に移りますがよろしいでしょうか?」

「そうだな……顔良将軍の部隊は損耗が激しい。ここは我らで切り拓くとしよう」


 呂玲綺が一つ手を上げると、一糸乱れぬ軍列が出来上がる。

 彼らを突き動かすのは唯一つ、誇りであった。

 中華を震撼させた武威。それを守るために魂までも燃やして戦う。


「駆けよ飛天。あれに見えるは敵の柔らかなどてっぱらだ。呂家の神獣たちよ、食い放題だ!」

「行くぞ! お嬢様に後れを取るな!!」


 魏延と対峙していた夏侯徳は敗走の予感をぬぐい切れずにいた。

 敵の歩兵部隊――魏延隊は練度が桁違いである。こちらは覚悟のみで戦っているが、やがて地力の差が出てくるだろう。

 

「急報! か、夏侯徳様!」

「俺は今忙しい、そのまま述べよ!」

「はっ。左右両翼の騎兵部隊は潰走。賈信将軍、戦死!」

「奴には済まぬことをした。それで、伯仁はどうした?」


 伝令が良い澱む。

 その様子を横目で見た夏侯徳は、全てを察して唇を噛んだ。


「漆黒の呂旗に突入され、乱戦に。捕縛されたとのことです」

「我が弟よ、よく戦った。あとはこの兄に任せてくれ……」


 槍を握る手は既に限界が近い。

 それでも只管に振るい、敵を薙ぐ。


「敵将や何処! この魏文長を討てる者はおるか!」

「最後に一発くれてやるか。おう、ここにいるぞ!!」

「良き返答なり。名を名乗れ!」

「我が名は夏侯徳。曹魏の先駆けにして魏武を擁する者ぞ!」


 魏延の持つ大薙刀は、息も絶え絶えの相手を前に妖しく光る。

 白刃が交差し、どちらかの首が落ちるのは明白であった。


 のだが。


「ん、おい。貴様は夏侯と言ったな」

「それが……どうした。情けなど無用だぞ」

「いや、なんというかだな。戦う理由が無くなってしまったのだが……むむむ」

「何がむむむだ! いざ尋常に勝負せよ!」


 一陣の風が舞う。


「曹孟徳は、生きておるぞ」

「へっ?」


 夏侯徳の手から槍が滑り落ち、乾いた音を立てて転がるのであった。

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