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袁煕立志伝withパワーアップセット おい、起きたら妻がNTRされる雑魚武将になってたんだが。いいだろう、やりたい放題やってやる!  作者: 織笠トリノ
200年 春 第二次官渡の戦い

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第百六十二話 決戦⑤ 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

――夏侯惇


 敵の斥候部隊を捕らえ、曹操のいる本陣へと向かわせたのがつい数日前のこと。

 急激に敵兵の抵抗が弱まったことに、夏侯惇は手ごたえを感じていた。


「孟徳が策を用いたか。よし、俺たちはこのまま前進して敵拠点を制圧するぞ」

「お待ちくださいっ! 孟徳公より早馬で書状が参っております!」

「ふむ。まだ孟徳の仕掛けは始まったばかりということか。であるならば無駄に動くのは悪手だな」


 汗を滴らせて走って来た兵士から封がされた手紙を受け取る。

 目を走らせていくに従い、夏侯惇の口角が上がっていく。


「なるほどな。つまりは敵の調略と策の破壊を同時にやるわけだな。面白い。それでこそ俺が惚れた漢よ」

「全軍出撃の準備が整っておりますが、いかがいたしましょうか?」

「進軍速度を緩める。しかし敵の抵抗があった場合は容赦なく叩き潰せ」

「はっ! それでは先頭に通達を出して参ります!」


 曹の旗を高らかに掲げる。

 我らはここにあり。

 いざ、堂々と歩むべし。


「……なるべく多く助かるといいんだがな。チ、損な役回りだ」


 これから待ち受ける地獄を想像し、夏侯惇はかつての仲間の無事を祈らずにはいられなかった。



――呂虔・李通


「夏侯の旗を確認した。李通、準備はいいな?」

「……俺は納得がいかねえ。アンタは大将だろう? だったら一兵でも多く先導する義務があるんじゃないのか」

「問答は無用だ。これは軍務命令である」

「死ぬぞ、呂虔」


 呂虔は何も答えない。

 それもそのはず。彼は既に死地に留まって、曹子桓の目を欺く役目を買って出たからである。それ即ち生を諦めるという選択でもあった。


「曹家ゆかりの将への説得……か。埋伏破りはすぐに露見しちまうかもしれねえぞ」

「その時は死ぬまでだ。最後まで孟徳公に忠義を尽くす。それこそが曹家への恩義を果たすことになるのだ」

「呂虔、お前馬鹿だよ。それだけの才を持ちながら、こんなところで死ぬのは天下の損失だぞ」

「話は終わりだ。行け、李通。夜になる前に勝負を決めるぞ」


 合戦で最も効果があると言われているのは払暁の時間帯だそうだ。

 敵兵の注意力が散漫になり、戦意が落ちる頃合いである。

 しかし同時に味方の兵士も力を十全に発揮できない恐れがあった。 

 故に夕食前。兵糧袋を準備し、気力が満ちている時間帯に事を進める。


「――さらばだ、李通。泉下で待っている」

「勝手に待つなよ。俺は行かねえぞ」


 無表情の呂虔が、ほんの少しだけ微笑んだ。

 それは彼らの別離であることは、語るべくもない。



 夕暮れ前。

 呂虔は僅か五騎の供回りを連れ、丘陵の頂で松明に火をつける。


「狼煙台は湿っておらぬな。よし、ならば始めるぞ」

「はっ。最後まで御身をお守りいたします。存分にお勤めを果たされよ」


 これよりここは乱戦——否、終末の大地となる。

 もうもうと煙を天へとくゆらせる狼煙を見上げ、呂虔は傷だらけの手で弓を握りしめた。


「さあ、来い」


 林が、森が、洞が動いた。

 丘陵に向かって無数の軍団が群がり始める。

 

 呂虔が点けた狼煙は、敵大将を誘引することに成功した証となっている。

 無論自分たち以外は誰もいないのだが、伏兵たちは作戦成功を信じているだろう。


「ほう、一番槍は子廉殿か。流石は孟徳公の血族だな」


 猛進撃と呼ぶに相応しい、一直線の猪突。

 曹洪の部隊が怒気と殺気をまき散らしながら丘陵を昇って来た。


「はぁ、はぁ……呂虔か。敵将はどこだ! 夏侯の兄弟はどうしたのだ!?」

「落ち着かれよ。子廉殿に水を」

「そんなものはどうでもいい! 兄上の仇を討つまでは雨露でも飲んで凌ぐわ!」


 困ったものだ、と呂虔は肩をすくめる。

 金銭にがめつく、視野が狭い。しかして勇猛さは曹軍の中でも目を見張るものだ。

 辺りを見回し、曹洪は敵影が居ないことを悟ると呂虔に詰めよってきた。


「説明しろ呂虔。まさかこの狼煙は虚偽ではあるまいな」

「虚偽だ。そも、我らが討つべき敵などこの場所には居ない」

「……貴様まで裏切るか。この不忠者め、曹子廉が成敗してくれん」

「この書状を読んでも意見を変えぬというのであれば、首などいくらでも献じよう」


 懐疑の瞳を保ちつつ、曹洪は引っ手繰るように呂虔が差し出したものに目を通す。

 最後の璽を見るや否や、曹洪ははらはらと落涙し始めるのだった。


「あ、あ、兄上……まさか……ご存命であったとは! 何故、どうしてこのような事態に!? 夏侯家が裏切ったのではなかったのか」

「我らの本当の敵が何処にいるのか、理解できたか?」

「……甥っ子と思うてその健気さを信じておったのだが、まさかこのような」


 ゆらりと幽鬼のように立ち上がると、曹洪は大声で吼えた。

 それは怒りの絶叫と、血族の裏切りに対する絶望の嘆きであった。


「殺す。あのガキ、生かしておくものか」

「落ち着け子廉殿。それよりも重要な話がある。この埋伏計は《《貴殿らの攻撃しか》》ないのか?」

「何を言っているのだ? もとよりこの丘陵に誘引する予定であったろう。それを我らが囲んで討つ作戦なのは知っておろうに」

「本当に……それだけなのか?」


 丘陵目指して多くの曹家直参の兵士たちが集って来る。

 多くは青州を平定したときに得た精鋭であり、曹操が最も信頼している強壮な部隊であった。


「火だ!」


 それは誰の声であっただろうか。

 丘陵に殺到する兵士たちを取り囲むように、大きく火が円を描く。

 様々な物に油が染みこませてあったのか、火勢は瞬く間に激しくなっていった。


「子廉殿、兵をまとめて離脱するのだ。伏兵の部隊は曹家の声が良く通るはず」

「……我らをここでまとめて焼殺する腹積もりだったか。おのれ……」


 パン、と呂虔が曹洪の頬を叩いた。

 

「子廉、今は兵士を逃がすことに専心せよ。残りは某が受け持つ」

「残り……とは。ええい、問答している時間は無いか。曹家の勇者たちよ、我が旗に続け! 窮地を脱し、再起を図るぞ!」


 押し合い、へし合い。

 落下し、潰され、時には酸欠で失神する。

 そのいずれもが猛火で焼かれ、黒い炭へと姿を変えていった。


「行ったか。我が役目はここからだな」

「お供仕りまする。如何様にも御命令下さい」

「ならば撤収せよ。子廉殿に続き、命を長らえよ」


「聞こえませんなぁ」

「何?」

「この猛火で耳が大変悪ぅなりました。今の我々は『供をせよ』以外の言葉が聞こえぬ体になっております故」

「……愚か者どもめ」


 呂虔は部下の覚悟を噛み締め、本懐を果たすべく行動を開始した。

 必ず埋伏計の後追いで罠が仕組まれている。ならばその罠の実行役こそが孟徳公を討った曹子桓に繋がっている人物に違いない。


「火付けの屑どもを討つ。如何なる人物であろうとも容赦はするな」

「おっと、ようやっと耳が通りましたぞ。お任せください、地獄の果てまでお供いたしまするぞ」

「……器用な耳だな、まったく」


 呂虔は最後に澄んだ空気を吸い、丹田に力を込める。


「我に続け! 敵は炎の中にあり!」

「応ッ!!」


 丘陵から逆落としに走り、身を焙られながらも前へ、前へ、前へ。

 炎の壁を馬蹄で踏みつけ、燃え尽きた死骸を横目にしつつも前へ。


「抜けろおおおおおおおおおおっ!!」


 瞬間、視界の赫が消える。

 煙の塊が質量を持って湧き出たように、呂虔は爛れた皮膚を引きずって獄炎の外へと飛び出した。


「……彼奴等か」


 丘陵の林に向かって火矢を放っている部隊が目に入る。

 呂虔の供回りは残り三名。

 十分だ。この弓が手にある限り。部下の魂が共にある限り。


「曹純様、火計から脱してきた部隊が。射殺しますか?」

「ああそうだな。使えない廃棄物は疾く始末せよ。時間の無駄だ」

「承知いたしました」


 黒一色の鎧を着こんだ精鋭・虎豹騎の一群が呂虔へと迫る。

 騎射にも通暁しているのか、巧みに馬を操りつつ弓を構え――


「があっ!?」


 呂虔の矢が先頭の兵を射抜いた。

 続いて斉射、五連。


 体の一部は炭化しており、目も霞む始末であった。

 しかし必中。

 

「ぬおおおおおおおおおおおっ!!」


 射る。射る。射る。

 只管に怨敵を屠り、再び前へ。


「貴様……誰だ……? 我が虎豹騎が……寡兵とはいえ、まさかたった四人で……」

「名など不要成。この身は刺客、我が弓は不忠に咎なす断罪の一撃と知れ!」


 供回りの兵が力尽きていく。

 残り、一人。


「討て、この者を討ち取れ!」


 曹純の金切り声が響くと同時に、兵士たちが群がってくる。

 火付けを途中でやめ、大将の危機に駆けつけるとは中々の働きだと感心するが。


 そして最後の供……友が逝く。


「が……ふ……呂虔様……ご武運を」

「すぐに某も参る。彼奴の首を持ってな」


 ニッカリと笑い、呂虔兵は虎豹騎の首筋に噛みついたまま絶命した。

 その有様。死兵の鬼哭に戦慄が走る。


「死ね、不忠者。貴様に曹家の旗は不要だ」

「ひ、ひいっ!?」


 矢をつがえ、狙いは眉間。

 彼我を遮るものも無く、風も無し。

 そして武運も無し。


 バツン、と乾いた音とともに弓の弦が切れた。

 それは瀕死の呂虔を支えていた気力も潰えたことを意味する。


「は、はは……本当、に……某は無能だ……な」


 馬から崩れ落ち、呂虔の身体は永遠に動きを止めた。

 その死に顔はむっつりと唇を引き結んでおり、死して尚護国の鬼たらんとする気概の表れであったかのようである。


 呂虔による捨て身の特攻は、一見何の成果もあげられなかったかのように思えた。

 しかし虎豹騎が火付けを止めた場所は、まさに未来の名将である曹真が居た場所であった。


 老兵は死す。ただ若き獅子を生かすために。

お読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
曹操ガチ切れ案件・・・・ 優秀な人材大好きなのにNTR野郎のせいでバンバン死んでく・・・ やりきれないだろうなぁ・・・
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