第百六十一話 決戦④ 例え歴史が刻まずとも
――袁煕
もうね、なんていうか怖い。
助攻としての曹操軍が破竹の勢いで進撃し、触るもの皆傷つける切れたナイフになっとる。
余計にヤベーのは、客分の大戦果を聞いてウチのチンピラ……もとい精鋭武将たちがやる気マックスになってることよ。
「奉孝殿、敵軍先鋒を南阪の丘陵地帯に追い詰めたが、これはアレだよな?」
「そッスねー。敵さんの思考としては、どうも見方を囮としてこちらを誘引することに執心してるようで。本来であれば乗っかる振りをして、外周を包み込むのが正解なんスけど……」
「一筋縄ではいかない、か」
「でしょうねー。以前に一度埋伏狩りを殿がやっちゃってますんで、同じ轍は踏まないでしょうから」
余計なことしちまったかな。
まあそうだよな。敵も同じ策を使ってくるほどアホじゃないだろう。
引っかかったな、馬鹿め! ってのをやりたい人種ってのはどこでもいるもんだ。
「孟徳公に進軍停止を勧告した方がいいだろうか? このままにしておくのは危険やもしれん」
「大丈夫っしょ。あっちは何と言っても文和センセがいますからね。誘い込み技巧者に同じ土俵で挑むのは、命知らずと言うか……」
「そうだったな……この世界はプロフェッショナルが多すぎてビビるわ、ったく」
火付け、盗賊、かどわかし。
およそ犯罪と呼ばれる概念が、乱世では強みになっちゃうんだから世も末よ。
「さて、我々も大軍を持て余していても仕方がない。やれることはやっておきたいと思うんだが、どうだろうか」
「色々と気になる情報が上がってきてるんスよ。本来であれば根源一気……白馬を直撃して数の暴力でぶちのめすのが正解なんスけど」
「敵に隠し玉が無いことが前提、と。そして当然防備は固めてあるに違いないか」
「その通りッスねー。狙いやすすぎて、却って不審なんスよ。曹一族が前線に出てくる目は見えてるんスけどね……まだ何かありそうで」
曹仁、曹休、曹洪、曹真。
眩暈がするほどの名将が出張ってきてるのだが、どうもまだ相手も『やる』気にはなってない気配だそうだ。
ここからは知恵者による読み合い差し合いになるだろう。
「形勢は有利……っつか、有利過ぎるんスよね。某だったらどうするかな……」
郭嘉はブツブツと一人の世界に入ってしまった。
さっきから郭図がジャラジャラと牌を摘まんで遊んでいるが、もう気にしたら負けだと思っている。
あいつには極力YES/NOの二択で回答させた方がいい。それ以上でも以下でもねえ。
知恵熱で焦げそうな陣幕の中だ。どうせだったら俺も何か考えてみるとしよう。
そうだな、ド定番のムーブとして敵の先鋒を追っていったところに伏兵がドーン!
囲まれて分断、各個撃破の的になるのが効率的な方法だろう。
「でもなぁ……兵力差がありすぎるし、地の利もこっちにあるんだよなぁ」
自軍よりも巨大な相手を撃破するのにはどうするか。
そんなん考えるまでもねえ。火計は水計に限るわな。
「火計……火計か。多分相手はどこかしらに火を放っては来るだろうな。それはどこだっつーのが問題か」
狙うならばまあ、三か所に限られるか。
パッパの居る鄴都、曹操の支隊、そして俺の本隊だ。
軍隊ってのは戦力を徐々に潰していくのも一つの手ではあるが、指揮系統を直で狙った方が勝率が良い。
「パッパはともかくとして、俺と曹操は河北を自由に動き回れる身だ。狙って付け火するにはギャンブル要素が強いんだよな。じゃあどうするか……美味しい罠を仕掛けて待つよなぁ」
南阪の丘陵は罠。ここまではOK。
まさか自軍を巻き込んで火計をブッパすんのか? 嘘だろ?
「なあ奉孝殿、敵が味方を撒き餌にして火をつける可能性はあるだろうか」
「……ありうるっスね。っていうか普通にそこまでは織り込み済みッス」
「マジかよ……」
ドン引きだわ。
まだ俺の心の中で『まさかそこまでは』って気持ちが残ってるんだが。
そんな甘い考えを一手で斬られたし。
「文和センセも孟徳公も承知の上で進軍してると思いますよ。なのでこちらの動きとしては、白馬をなるべく丸裸に出来るよう、敵の支隊を討っていく感じッスかね」
「……皆現実を見てるんだな。負けてはいられん、ならば俺たちはなるべく敵を狩りつつ進軍していこうか」
「そうッスね。あ、顕思殿の部隊を一応孟徳公への援軍として向かわせておいた方がいいかも。流石に敵の主力があっちに居た場合、衆寡敵せずってことになりかねないので」
異論はナッシング。
おねーちゃんの部隊も猛将ズが揃ってるしな。
「では我らは警戒を厳にしつつ白馬へと進軍。袁顕思の軍三万を孟徳公の後備えとして派遣しよう」
「承知ッス。ではそのように手配しときますよ」
ぬぐい切れない不安感は、俺の中に眠る袁煕の魂が叫んでいるからだろうか。
宿敵を目の前にして、逸る気持ちが抑えきれない。
だが今俺は河北の人々の生活を背負う身だ。この一戦に敗れれば未曽有の大混乱と破壊が起きるだろう。
「勝たないとな……絶対」
「ひょひょひょ、殿、こちらで麻雀でもしませぬか? あ、それロンですぞ」
「……お前さぁ」
倍満上がって高笑いしていた郭図。
蹴りたい背中ってのは、正しくこういうことを指すのだろうか。
張飛がハコテンになったところで強制終了。お前らそろそろ仕事の時間だぞ。
「ま、固くなって縮こまるよりは良い……のかな」
割と自由な風潮でやってきた我が軍だ。
今更厳格な軍務を敷いても、どうせ郭図がかき乱すだろうしね。
「諸将、遊びは終わりにしよう。戦争の時間に入ろうか」
「いよいよですな。ひょひょひょ、我が知の冴え、とくと御覧じろ」
「へっ、腕が鳴るぜ。袁の字、俺が先陣だよな!?」
相変わらずの動物園で安心した。
だがふざけていても、流石は乱世を渡る壮士たちだ。
戦の一声で顔つきが覚悟決まってる感じになる。
「張儁乂将軍に伝達、白馬方面へ全軍を動かす。敵の斥候や支隊はなるべく撃破し、情報を得つつ敵本陣を陥落せしむる!」
罠がある確率がクッソ高いが、そんなん覚悟の上だ。
敵も優秀かもしれんが、こっちの陣容も負けてはいないと信じている。
――徐商、そして呂虔、李通
冷たくなった徐商が、自陣のすぐ目と鼻の先で発見された。
冬の風雨に晒され、まるで老人のように精魂尽き果てた様子は両将の胸を打つ。
「馬鹿者め……任務に正直すぎるのだ、お主は」
「徐商……何故若武者から先に逝っちまうんだろうなぁ」
呂虔は徐商の懐から、木箱に入って雨除けされた文書を読む。
途端、がくりと膝を大地に落とし、瘧のように体を震わせてしまう。
「お、おい呂虔、呂虔! ちょっと俺にもその紙見せてみろ」
「……勝手にせい」
何度も目を通す。
そのたびに電流のようなものが脳を走り、李通は全身の力が抜けたかのように呆けてしまった。
「嘘……だろ……これは、孟徳様の……」
「徐商は……任務を全うしたのだ。我らを……正しき路に案内するために、その命を賭してここまで駆けたのだ……」
「クソ……なんてことだよ、ったく! 野郎、あの野郎……曹子桓、やってくれやがったな!!」
我が目は曇っていたのか。
徐商、すまぬ。そう呂虔は長年流したことの無い涙を落とした。
「こいつを……故郷に帰してやらねえとよ。そんときは戦功第一だ。曹の軍旗に包んで、盛大に弔ってやろうぜ」
「言うではないか。これから風情の無い戦をするというのに」
「呂虔、俺たちに間違えはもう許されない」
「語るに及ばず」
誘引の計が崩れた。
劉岱、徐商。
決して輝かしい戦果を挙げた将ではない彼らが見せた、一瞬の火花。
それは曹子桓の野望を挫く、最初の矢となったのである。
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