第百五十六話 英雄は英雄を知り、天才は天才を得る
――袁煕
どうしてこうなった。
宿命のライバル同士が手を組むってのは胸熱展開だが、その舵取りのチョイスよ。
曹操を襲った曹丕討伐を掲げ、河北動乱の首謀者としてターゲッティングしたらしい。いくら乱世とはいえ、ヘイトの擦り付け方が露骨すぎるんよ。
「――であるからして、我らは共に道を歩むことになった。我らの祖霊が眠るこの河北に未曽有の被害をもたらした首魁を討つ」
「おおおおっ! 曹丕討つべし! 討つべし! 討つべし!」
袁家の威光ってのはバカにならんね。
パッパの演説はツッコミどころ多数なんだが、それでも兵士たちは目の色を変えて熱狂してしまっている。
袁・曹同盟の知らせは鄴を駆け巡り、民衆までもが礼賛してるんだからなぁ……。
「して、本初よ。此度の連合軍の盟主はいかがする。またお主が指揮を執るのか?」
「儂を試すな阿瞞。董卓戦でとうに懲りておる。儂の家には栄光あれど、儂自身に導くための力が足りておらぬ」
「曹軍が旗を振っても兵はついてこぬだろう。なによりも儂らは小勢故、前面に出て口出しをするのは統率の道に外れる」
「フ、ならば代わりの者を立てるまでよ。丁度いい試練になるだろうしな」
「ふむ……そうだな。あの者であれば誰もが納得するであろう」
あ、俺用事を思いついたわ。
ちょっと陳琳先生の絵草紙買いに行くから、この辺で帰ろう。
「総大将が濫りに動くな、顕奕」
だーかーらー!
中華大陸のツートップブチ抜いて頭になるとか、キャパオーバーにもほどがある。
俺は超笑顔の近衛兵に両サイドを固められ、パッパと曹操が座る椅子の前まで連行された。
「顕奕よ、お前には特筆すべき武も、相手の裏を突く知もまだ足りぬ。しかし多くの者がお前に忠を尽くしているのは事実だ」
「ははは……すべては袁家の威光の賜物ですよ。私は後方で固く守りをですね……」
「兵の将となるには力不足だが、貴様は将の将となれる。この試練を乗り越え、河北に安寧をもたらして見せよ。ひいてはそれが乱世の終焉にもつながる」
「……かしこ……まりまし……た」
吐きそう。
頭を掻きむしって、道端のウンコ食うくらいには冷静さを欠いていると自覚している。後継者指名されてからの持ち上げとしては、些か荷が重いのではなかろうか。
「どうした、顕奕。儂らはお前を信じておるのだぞ」
「この曹孟徳が下に付くのだ。歴史書に残る戦を見せるがよい」
今まで圧を受け続けてきた身なのだが、今回はちょっとヤベーッス。
だが中華大陸で最強の圧迫面接に、俺はイエスと答えるしかできないのだった。
「本初の息子にしては見どころがある。繰り返しになるが自信を持て。この曹孟徳は人を褒めぬことで有名なのだぞ」
「阿瞞も丸くなったものだ。よいか顕奕、お前の取り柄はその『誠実さ』だ。物事に対して至誠を失うことなく当たる姿勢こそが評価されている。ゆめ粗略に扱う莫れ」
「……骨身に刻みとうございます。この袁顕奕、河北と中原の平和のため、奸賊たる曹子桓を討ち取って見せましょう」
あー言っちゃった、言っちゃった。
もう後戻りできねえぞ、ボケ。俺は一体何を口にしてるんだ。
ふと二人の英雄の顔を見る。
パッパ……結構顔にしわが増えたな。胃病を患ったときは天地がひっくり返るほど驚いたが、それからは健康に過ごしてくれていて何よりだ。
見慣れた双肩に、いつも多くの民と兵の運命を乗せてきたんだろう。
連綿と繋がれていく絆は、俺が受け取る時期になったのかもしれない。
曹操も額から険が取れたような気がする。
目的のために必死に剣を奮い、策を巡らせるのはさぞ気が張って仕方ないだろう。
時には残酷に振舞い、時には聖人のようになる。
人は好き好んで二面性を持つわけではないのだと、最近になってわかってきた。
俺の……番になったんかね、これ。
人は誰しも老い、夢を抱えて死ぬ。
見果てぬ理想は手に届かず、日落ちて道暗し。
蘭……綾……呂姫。
シンプルでいい。深く考えるのは駄目だ。
家族を守る。姉妹を守る。そのためには歯を食いしばってでも頑張らないといけないんだ。
ふっと心が軽くなった気がした。
きっとこれまでに紡いできた仲間の思いが、今の俺を支えていてくれるのだろう。
「この袁顕奕、菲才の身なれど必ずや目的を達成いたします。天地におわす神仙と祖霊に誓って敵を撃滅せしめてご覧に入れましょう」
「その言や良し。本初、貴様の息子、儂にくれんか?」
「馬鹿を抜かすな。顕奕は河北の至宝よ」
鼻垂れ小僧は卒業だ。
乱世の定めに従い、俺は曹丕を討つ!
――曹丕
「程仲徳よ、中々に面白きことになって来たな。お前の読み通りか」
「然り。邪魔な虫共はまとめて潰すのが上策なれば」
「それにしては虫の図体はやけに大きいのだがな。勝算を聞こう」
「は……それでは」
程昱、字を仲徳。
現在曹丕の軍師として側に侍り、帷幕深く策を巡らせる男だ。
不要な者は味方でさえ囮に使い、兵糧が切れれば人肉を食わせる。
合理的に過ぎる考え方には敵が多く発生するものである。だが程昱よりも更に無慈悲な曹丕にとっては、余人に代えがたい才能でもあった。
「我らが白馬に陣取り、乱痴気騒ぎをしていたと誤認していることでしょう。また鄴攻めの編成を行っていたため、敵も迂闊には顔を出せぬ状況を作りました」
「ああ、面白いようにこちらの意図に嵌ってくれたな」
「左様ですな。中原の各地より『少数の援軍』が『無数に』こちらへ向かっております。あと数日もすれば白馬は不落の要塞へと仕上がるでしょう」
曹丕とて愚かではない。
劉表、劉璋、張魯、馬騰、孫策。
主だった名士対して相互不可侵の約定を取り付けるための使者を送っていた。
「返事がないのは孫家の田舎者だけか。まあよかろう。未だに江南を征する事が出来ぬ男に用はない」
「現在反旗を翻した陳留を除き、全ての地域・都市から物資を濮陽に集めております。また青州・徐州を得たことにより懸念されていた兵糧不足の問題も解決したとみてよろしいでしょうな」
袁家が絶対的に有利だった物資の豊富さは、既に追いつかれつつあった。
特に主要都市に新しく売り出された穀物は、その味や保管年数も相まって天の恵みとも言われるほどの重宝ぶりである。
「米だったか。未開な南部の蛮族の餌と思っていたが、なかなかどうして食わせてくれるものだ」
「河北から米を売りに出している賊徒どもがおりましてな。身元は保証できかねますが、使い捨ての駒としては有能です。今後も定期的に米を補充することができるでしょう」
「確か奔慈とかいう者が首魁でしたな。働きによっては碌を与えてもよろしいかと」
精査すべき情報は多い。
馬騰が援軍を申し出てきた件。
孫策からの回答が無い件。
劉表が戦支度を始めた件。
張魯が米を買いたいと打診してきた件。
群雄の動きは今袁煕と曹丕の二名を中心として、熱気を孕んで動きつつあった。
しかして両陣営の激突に近づくにあたり、状況は一刻と変化をしていく。
陳留の陥落に荀彧・荀攸が捕縛された。
衆寡敵せず、知恵だけでは補うことができない兵力差が勝負を決めた。
剛よく柔を断つ。
名士一族にして荀子の末裔は虜囚の身となり果ててしまう。
しかし作戦を指揮していた諸葛孔明の姿だけは杳として知れずじまいであった。
――諸葛亮
多くの者を死なせた咎が身を焦がす。
弟の死に対して弁舌や法律ではなく、人の命を以て贖おうとした罰であろうかと、孔明は無念の臍を噛む。
失意のままに流れ行き、気づけば長江のほとりに立ち尽くしていた。
「均……そして士元、元直。無能な私を赦してください。やはり過ぎたる野望は身を亡ぼすということでしたね……」
水魚の交わりを得られなかった男は、今自らの運命を決しようとしていた。
冷静であれば無限に策を浮かばせる頭脳も、今は暗雲の中で沈黙している。
ならばその体に意味はなく、生きる必要も無し。
「さらばだ。皆、愚かな私を恨んでくれ」
飛び込もうとして、後ろから襟首を引っ張られた。
「フハハハハハ、なんだ貴様。その辛気臭いツラは!」
「な、止めないで頂きたい。この身は一死大罪を謝さねばならぬのです」
「起きたまま寝言をほざけるとは大した才能だな。ふむ、その身なりからして荊州出身の儒者か? まあいい、この司馬仲達が貴様を拾ってやろう。私の書生となり己を見つめなおすがいい」
何を、と憤慨するのだが相手はカラカラと高笑いをするのみ。
これも運命かと諦めた孔明は、司馬仲達と名乗った男に身柄を委ねることにした。
新たな水魚が、江南にて生を受ける。
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