第百五十五話 お上と香辛料
――袁煕 一週間後
色々と投げ捨てるモノは多かったが、それでも最大級の結果を出したと言い張りたい。
乱世の奸雄をリブートさせていいのか問題はあるが、パッパがやれっつったんだからしゃーない。
トラブルがあった時はあった時に考えるという、郭図的思考で事の推移を見つめようと思う。
そんな俺は今日も今日とて曹操に呼び出されていた。
あの野郎、何かにつけて小間使いの如く俺をコキ使いやがる。
そのうち泣かせてやりたいところだが、基本能力値に差がありすぎて手も足もでないのが悲しい現実なのだ。
「お呼びですか、孟徳公」
「おお、来たか。うむ、実は儂の使っている筆が折れてしまってな。聞けば鄴都には良い文具店があるというではないか」
「……つまり買ってこいということでしょうか」
「察しが良いな。青を基調としたもので、書き心地を重視したものを見繕って来てくれ」
これだもんよ。
俺こう見えても結構忙しいのよ?
パッパから正式に後継者指名されてしまって以降、面会に訪れる人が爆増した。それに加えて通常の政務・軍務もある。
このままだと過労死コース待ったなしだぞ。
「……では後ほど時間を作って行ってまいります。民生の巡察も兼ねますので、少々お待ちいただきたい」
「構わん。貴様の矜持に悖ることの無きようにするがよい」
「はいはい、それじゃあまた後程に」
まあいっそのこと気分転換とした方がいいのかもしれないな。
俺は軽装に着替え、マオと一緒に華やぐ鄴の街並みに繰り出すことにした。
◇
しかし何回訪れても圧倒される。
他の都市とは異なり、鄴はしっかりと区画整理されている。とりわけ商業区の整然さは目を見張るものがあった。
概ね他の都市はジベタリアンが乱雑に商品を押し付けてくるんだが、鄴ではご法度だ。それぞれの領域をきちんと守りつつも活気的な呼び込みを行っている。
「さてさて。マオ、ちょいと一服しようか。この前来福屋の串焼きが美味しいと言っていたよね」
「はぅあ! お恥ずかしい限りでございますよ……。顕奕様にお出しするには些か恐ろしくもあるのですが」
「気にしない気にしない。こういう買い食いも好きなんだよね。よかったら案内してくれないか?」
「はい! 万事恙なく猫にお任せ下さいですよ!」
十分ほど歩き、俺はほこほこと湯気を上げる串焼き肉を手に持つことができた。
うーん、このいかにもブツ切り肉を焼きました感が素晴らしいね。
異世界的というかサバイバル飯っぽくて好き。
さて、味は……おっ!?
「うんめええええっ!? な、なんだこれ。ただの串焼きじゃねえぞ!」
「えっへん。猫お勧めなのでございますよ。これは他では味わえないものです!」
「この風味がまた……ん? この味、どこかで……待て、待て待て。まさか、これは!」
鼻を近づけてフレグランス。
目で確かめてフォーリンラブ。
頬張ってみてフォールアウト。
これさ……微妙な味加減だけど、カレーよな。
スパイスとかの調合比率が現代のそれとは違うのはしょうがないが、原形としては出来上がっている。
「マオ、この串焼き一本いくらだっけ」
「銅貨五枚でございますよ! 庶民の味方なのです!」
「うっそだろ、おい……」
見つけちまったぜ、ダイヤの原石をよぅ……。
これは磨けば光る。というか、というか。
現代メシっぽいのが食える!!
「店主、突然の申し出で恐縮なのだが、袁家で働く気はないか?」
「はぁっ? おいあんちゃん、いきなりなに寝言抜かしてんだ。商売の邪魔だよ」
「すまん、俺はこういう者だ」
水戸黄門の印籠よろしく、俺は袁家の紋章が入った短刀を見せる。
「おいおい、あんたまさか袁家のお坊ちゃんかい。こいつは悪いこと言っちまったな」
「不躾なのは俺の方だからお相子ということで。それよりもこの串焼きなんだが、非常に気に入ったんだ。資金は出すからもっと味に改良を加えてもらいたいのだが」
「へぇ、貴人さんの舌に刺さるとは嬉しいねぇ。しかしこれはちっと特殊な製法でやっててな。中々に時間がかかると思うぞ」
「構わない。衣食住資金、その全てを用意しよう」
目を真ん丸にしていた親父さんだったが、俺の腐ったトロロのような粘りによって無事陥落してくれた。
「しかしこの味……随分と貴重な調味料を使っているのでは?」
「ん、そうだな。実は俺の親戚が益州に住んでてな、南蛮や天竺と取引してるらしくてよ」
「天竺……インドか。だよな、そうなるよな」
「お、おう。ただ坊ちゃんも食った通り、使いどころが難しい食材を通貨代わりに渡されて困ってたそうなんだ。んで回り回って俺ん家の蔵にドサドサと置いてったわけなんだ」
なにその宝物庫。
串焼き職人よ、スパイスの貯蔵は十分か?
俺が全部買い占めてもいいんだぞ。
「実に素晴らしいことですな。できれば貿易の点も詰めてお話をさせていただきたいと存じます」
「いいのかよ。ぶっちゃけ適当に調合しただけだぞ」
この男を逃してはならない。
全ての俺の味覚細胞がレッドアラートを鳴らしている。
インドから山のようにスパイス調達できる串焼き屋とか、存在自体がイレギュラー過ぎてビビるしかない。だが実際目の前に居るんだからしょうがねえ。
「では後日改めて商談に参ります。専門の者を連れてきますので、条件などを検討されておいてください」
「おう、気長に待ってるぜ!」
いやぁ、外出してみるもんだな。
広く門戸を開け、在野に眠る多くの可能性を探るのも悪くはないかもしれない。
歴史的に言えば今後科挙制度とかの時代に突入しそうだが、極端な官僚主義も弊害が大きいだろうね。
「もう少し、色々と回りたかったな。戦争三昧ってのは心も体も不健康になるね」
「顕奕様でしたらきっと……いえ、一介の侍女の言葉ではありませんでした。お許しくださいませ」
「いや、そう思ってくれるようこれからも頑張るよ。ありがとうな、マオ」
俺はお礼に五本ほど串焼きをマオに追加して差し上げた。
いつも世話になりっきりで、この程度では返せないのも承知の上だが、今はこれでいいと思う。
「おいひぃですねー顕奕様」
「うむ。やはり香辛料は世界を変えるな」
俺たちは巡察と称してあちこちを冷やかし、たくさんの物珍しい土産を手に屋敷へと戻ったのであった。
◇
「筆」
「……すいません」
「謝罪など不要だ。筆を献じよ」
「……ダッシュで行ってきます」
楽しい時間すぎて、曹操の応えなどすっかり失念していたよ。
さすが乱世の奸雄。見下す目の冷たさたるや、人間のものじゃねえ。
「畜生、いつか顎で使ってやるからな。それまで首を洗って待っていろよ!」
吠え面に泣きっ面をかいた俺は、真冬だと言うのに汗だくになって買い物に戻るのであった。
閉店間際に滑り込んだ文房具屋で泣いて頼んだ結果、かなり上質な青い筆を購入することができた。
はぁ……あと何回俺はパシられる羽目になるんだろう。
曹操の野郎、もう絶対元気だよな。
◇
「さて、久しぶりと言っておこうか阿瞞。息災になり喜ばしい限りだ」
「うむ。貴様にしてはよい対応だったな本初よ。それから阿瞞はよせ。もうお互いよい歳だろう」
「いくつになっても童子の心は抜けぬのが人よ。さて、折り入っての話とはなんだ、阿瞞よ」
「まったくこやつめ……まあいい、実はな――」
曹操の提案に袁紹は目を大きく開き、二度見、三度見をしてしまう。
それほどまでにありえない内容であったからだ。
「阿瞞……お前、本当にそれでよいのか?」
「男に二言は無い。だが相応の報酬は用意してもらうぞ」
「ふむぅ……よし、儂も袁家の頭領だ。お主の覚悟をしかと受け取らせてもらおう」
後に袁煕が席に呼ばれ、鼻水を垂らして腰を抜かしたという。
袁・曹同盟締結。
河北を袁家の支配地域と認めること。そして見返りに魏公を僭称した曹丕を討つという約定が結ばれた。
不倶戴天の敵同士であった、袁紹と曹操が馬を並べて戦場に立つことになる。
条約文書には青い色の豪華な筆で署名がされた。
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