第百五十四話 曹操救出劇② 僕を見る目が怪しくて
――袁煕
マオがモリモリ成長していくのを見て、軽く戦慄を覚えている。
流石初期からの追加武将だ。伸びしろが半端ねえなと納得するトコでもあるが。
「マオ、このいかれた音声が聞こえるの……か?」
「はいですよ! どちら様なのかは存じ上げませぬが、顕奕様のご友人であらせられますでしょうか」
「いや……うん、そうだな。マオには黙っていたのだが、俺専門の隠密がいるんだ。正体を探るのは勘弁願いたい」
「はぅぁ! これはまた猫が粗相をば……。下がった方がよろしゅうございますか?」
可哀想なくらいかしこまってしまった。
システムボイスで『えっへん』とかクソ舐めた台詞吐いてる電子妖精に殺意が湧く。課金したらこいつらを磔刑に処すオプションとかはないのだろうかね。
「下がらなくていいんだ。寧ろこのまま手伝いをしてほしい」
「猫にできることでしたら何なりとお申し付けくださいですよ!」
言ったね?
それじゃあ君をナイチンゲール化させてもらおう。
「マオ、実は今から孟徳公の治療をしなくてはいけないんだ。是非とも力を貸してほしいと思う」
「猫の力が及ぶでしょうか……。何の取り柄もない下女でございますれば、取り返しのつかない失敗をしてしまいそうですよ」
「そうならないためにマオには特別な力を授けたい。看護の力を強引にでも得てもらうことになるが」
「はぅ……お勉強は苦手なのですが……」
しょんぼりしているマオには申し訳ないが、問答をしている場合じゃない。
ここは主従の権力で押させてもらおう。
「さあ、目をつむってご覧……」
「えええええ! 顕奕様、その……猫はまだ未通でございますれば、お好みに合うかどうかわかりかねるのですよ……」
そんな無節操に襲わんっての。
蘭とれーちゃんに四肢もがれるから。
「行くぞ、強力編集発動!」
「猫の純潔、おさらばでございます!」
びよんびよんびよん、と間の抜けた音が鳴った。
電子妖精(仮名・ピヨちゃんと命名)がムスッとしている。どうもマオと親し気にしているのが気に入らないようだ。
返す返すも意味不明の存在だよなぁ、コイツ。
「ふおおおおお、猫に何か降りて来たですよ!! なんでしょうこれ。医学の知識……でしょうか?」
「うむ。それが今俺が与えた天啓なんだ。もう一人援軍が来るから協力して事に当たってもらいたい」
「むむむ、猫の手も借りたいと仰せでございますね! かしこまりました!」
一つはこれでよし。
次に編集君にお願いするのは『名医召喚』だ。
多分時代的に華佗先生とか来るんだろうな……。一回お目にかかりたいと思ってたんだわ。
「いざ往かん! 強力編集!」
ふよんふよんふよん。
やっぱやる気ねえな、これ。
ドンドンと扉が強く叩かれる。
「顕奕様、失礼いたします。お客様がお見えになりまして、至急お会いしたいと」
「うむ、ちょっぱやな対応は嫌いじゃないぞ。許先生、早速通してくれ」
「かしこまりました。少々お待ちくだされ」
蔵の金がマッハで減っていくが、ここは袁家の底力を信じるとしよう。
我が家の財力と曹操の命を天秤に乗せた結果、消費の道を選んだまでよ。
「殿、華佗先生をお連れ致しました」
「おほっ! コホン、失礼した。ようこそお越しくださいました。高名な先生に見えることができて恐悦でございます」
「初めまして袁顕奕様。許子将先生の卜占により河北の鄴にて吉祥ありとのお言葉を頂きましてな。こうして赴かせていただいた次第でございますれば」
「行幸です、先生。是非とも診て頂きたい患者がおりましてな」
「左様でございますか。では不肖この華佗、お手を差し伸べさせていただいてもよろしいでしょうかな」
よろしいです。やっちゃってください。
直ちに影響があることをしてくれ。
俺たちはそれぞれの分野で配置につく。
華佗先生は容体を診る。マオは注射をしてもらおう。
俺は……いざというときに編集でカバーするために待機だ。
約一名役に立ってないとか言うな。
「孟徳公、かろうじて命をつなげておりますが極めて危険な状態ですな」
「そんな大変な状態で、貴人相手に猫はどうすればいいのでしょうか……」
俺は懐から怪しい白い粉を出し、水に適量溶いて注射器に充填する。
こいつを静脈にズブリとやると飛ぶらしい。
先に試さなくていいのかと不安になるが、ここは神仙チートを信じよう。
「マオ、何も言わずにこの針先を孟徳公の腕に刺してくれ」
「えええええっ!? 貴人を傷つけてしまえば打ち首になるですよ……」
「そんなことは俺がさせない。だから一つ頼む。今のマオであれば上手にできるはずなんだ」
「ううう、怖いですが頑張ります……」
ゴムチューブなんて存在しないので、俺は硬く絞った手ぬぐいで腕を縛る。
手をグーに握らせ、マオに曹操の腕を差し出した。
「では行きますですよ……ていっ!」
音声の割には迫力が皆無だったが、逆にあったらあったで困るのも事実だ。
なんと驚くことに、熟練老看護師の如き素早さで注射を完了させた。
ビグン! と曹操の体が跳ねる。
おいおい、打ってからまだ十秒も経ってねえぞ。どうなってんだ?
「心音が強くなりましたな。しかし呼吸が乱れております。このままでは停止する可能性も出てまいりました」
「なぬっ!? マジかよ、それはやべぇな……」
著しい発汗と反比例して、曹操の息が静かになっていく。
そして胸の上下が完全に止まってしまった。
おいおいおい、話が違ぇぞ。
イカン、どうすればいい? AED、AEDは無いか?
辺りを見回すも、脈を取って首を横に振る華佗と、涙目になっているマオしかいない。
クソ、仕方がない。
「袁顕奕様、残念ですがもはや打つ手は……」
「場所を変わってくれ。俺がやる」
男袁煕、一世一代の救命活動だ。
心臓マッサージを三十回。いち、に、さん……。
そして、だ。
「ここで見たことは口外禁止とする」
「は、はい……」
「お約束いたしますですよ!」
俺は曹操の鼻を摘まみ、顎をやや上向きにする。
そして乾いた唇に――
ぶっちゅううううううううぅぅぅぅぅぅ。
マウス! トゥ! マウス!
息を吹き込み、空気を循環させる。
そして再び心臓マッサージの繰り返しだ。
戻ってこい、曹操孟徳!!
「む……ぐ……」
「お、おおお。孟徳公?」
「ここはどこだ。儂は何を……」
意識が……戻った!
声も次第に張りが出てきているので、回復傾向にあるのだろう。
やるじゃん、蓬莱の薬。伊達にお高いだけはあるわ。
「そこのチョビ髭、今の状況を説明せよ」
「チョビ……俺か。お初にお目にかかります。私は袁顕奕と申す者。負傷された孟徳公の手当てを、我が父袁本初より仰せつかっておりました次第」
「本初が? ふむ……そうか……。つまり儂は貴様らに負けたということか」
「身柄の所在が全てであればそうなりましょう。しかしお心はまだ落ち着かれぬご様子ですな。配下に薬膳を用意させますので、しばしの間お体をお休めあれ」
すまぬな、と一言零す孟徳公。
精神を整理する時間も必要だろう。夏侯兄弟も喜ぶだろうし、少しそっとしておいたほうがいいかもな。
「後ほど孟徳公の手の者をお呼びしますので、こちらでお寛ぎ下さい」
「袁顕奕と申したか。儂の命は危うかったのか?」
「一時は。しかしもう大丈夫でしょう。名医華佗先生をお呼びしておりますので、指示に従っていただければと」
「そうか……ならば貴様は儂の恩人ということだな。その功は覚えておこう」
猛禽のような目で射すくめられ、俺はぶるりと背筋が凍り付いた。
いついかなる時も英傑の態度というものは変わらないらしい。
「では、私と従者はこれにて。ご養生あれ」
「感謝する」
◇
「ふぅ、寿命が縮まるかと思った。あんなに威圧せんでもいいじゃないか。なぁ、マオ?」
ススススス、とマオが遠ざかる。
「え、いや、どうして?」
「顕奕様……男色の……いえ、何でもございませんよ! 猫はこれからも……うぐ、ぐすん……顕奕様の理解者であることを勤めますですよ!」
「待て、盛大に勘違いしてないか。あれは心肺蘇生法と言ってだな」
ススススス。
ああ、マオが遠い。
俺をどこぞの邪心像でも見るような目で見ている。
ミッションは成功した。多分な。
だが俺はこの時代にそぐわない方法を見せたらしい。
暫しの間、マオは俺に近寄ろうとはしなかったのである。
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