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袁煕立志伝withパワーアップセット おい、起きたら妻がNTRされる雑魚武将になってたんだが。いいだろう、やりたい放題やってやる!  作者: 織笠トリノ
199年 秋 邯鄲奪還戦 

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第百五十話 未明の糸、切れず

――夏侯惇・夏侯淵


 彼らの世界から光が消えた。

 共に轡を並べ、並み居る強豪と刃鳴り散らす。

 駆け抜けた日々は苦しさよりも充足感が勝っていたのだろう。


「兄者……孟徳様をお連れしよう。許都までは遠いけどよぅ……俺たちが護らないといけねぇよ」

「妙才、俺は夢でも見ているのか? 乱世に輝いた曹の旗が……この俺がいながら、何故こんなことになった?」

「……すまねえ、兄者!」


 頬を叩く乾いた音が響いた。

 呆然自失の夏侯惇を正気に戻すには他に手段がなかったのだろう。

 もっといい手段があったのかもしれないが、夏侯淵の脳も十全の働きをしていない。


「行こうぜ兄者。俺たちが俯いてたら、殿も安楽に休めねえよ」

「――そうだったな。我らは曹魏の刃。武威の象徴。如何なるときであっても弱音を吐くことなど許されないな」


 顔を上げた夏侯惇はその場の空気を吹き飛ばすかのように叫ぶ。


「全軍、退却する! この夏侯元譲が必ず貴様らを故郷に帰すと約束しよう。孟徳に笑われぬよう一糸乱れず正々堂々と転進するのだ!」


 打ちひしがれていた兵士たちは血涙を流して咆哮する将を見て、自らも奮い立たねばと心を決める。

 唯々諾々と上意下達に従うだけでは駄目だ。

 曹孟徳は常々、己の知恵を絞って生活することが重要であると説いていた。

 彼らは偉大なる長の意志を思い出し、行軍を開始し始めていくのであった。



 どれほど歩いていて来たのだろうか。

 飢え、渇き、疲労。はたまたその全てよりも重いものが曹軍に圧し掛かっていた。

 倒れる者は一人もいない。悲しみと怒り、行き場の無い負の感情だけが彼らを突き動かしていた。


「なんだ、あの旗は?」


 誰が発した言葉だろうか。斥候に出られる体力が尽き、警戒網も緩んでいた頃である。

 

「袁家の黄色旗……だと。チッ、こんなところに兵を伏せていたのか」

「兄者、ここは俺が道を開くぜ。その隙に離脱してくれ!」

「不要だ妙才。この状況では脱出することすらままならん。であれば答えは一つよ」


 最後に武勇を焼き付けん。

 自らの刃で敵兵を一人でも多く屠るのみ。

 きっと自軍はここで消滅するだろう。しかしその志は決して消えない。そう信じて最後まで抵抗するのが定めと信じて。


「――行くぞ。我ら今より修羅道に入る」

「へへへ、しょうがねえよなぁ」


 疲労困憊の体に鞭打って武器を構えると、敵軍から一騎進み出てくるのが見えた。


「おい、テメーら曹軍だな? って、ボロッボロじゃねえか。チ、なんだよ……こんなの聞いてねえぞ」

「舐めるな小娘。この夏侯元譲、満身創痍でも貴様のそっ首叩き落とすことなぞ容易なことよ」

「強がるなよオッサン。そういうのやめろって。だってよ……」


 そんな泣きながら佇んでるなんて、悲しすぎて戦にならねえよ。

 袁譚は彫りの深いエキゾチックな顔をしかめ、鼻をすすりながら語りかけて来た。


「武人を……愚弄するか」

「そんなことしねえよ。けどよ、刃で語るより他に何かあんじゃねえのかって、そう思っただけなんだ」

「死兵を侮るな……貴様ら生きて帰れると思うなよ」

「戦わねえよ。オレにはオレの美学ってのがあるんだ。正々堂々と真正面から殴り合うのは好きだ。それで負けるなら悔いはねえ。でもな……」

「……」


 気づけば完全に包囲されていた。

 しかして袁家の軍は戦うそぶりを見せないでいる。

 

「メシ、食うか?」

「…………かたじけない」

「おう、たらふく食え」


 袁譚は変わった。

 今までの彼女は自らの権威を見せつけることに執着し、人を使い潰すことにこそ価値があると思っていた。

 だが弟の姿を目にすることにより、それが間違っていることに気づいたのである。


 人は慈しまなくては活かせない。

 途端、世界が変わった。

 乱世においては甘く、惰弱に取られるかもしれない。

 しかし、明らかに人々の間に笑顔が増えたのだった。


「話、聞かせてくれよ。なんかあったんだろ」

「……一飯の恩義だ。内情を暴露しよう」


 衝撃の事実に袁譚の顔が引きつる。

 今まで血眼になって袁家が追っていた男が倒れたということに、怒りを抑えきれないでいた。


「ふざっけんな!!! そんな、そんな馬鹿なことあってたまるか!!」

「お、おい……兄者、何を吹き込んだんだよ」

「事実を述べただけだが……こいつは何に怒っているんだろうか」


 激昂した袁譚が落ち着きを取り戻したのは、ゆうに四半刻ほど経ってからであった。それほどまでに悔しかったのである。


「ひぐっ、どこのクソ野郎だ! オレたちの、オレたち一家の戦いに水をさしたウジ虫は!! ぐすっ、ありえねえよ……オレたちはなぁ、曹孟徳っつーデカい山を越えるために、どれだけ必死こいてきたと思ってるんだよ……」

「貴様にまで評価されて、孟徳も喜んでいるに違いない。感謝の言葉を述べておこう」


 世の中には宿敵という概念がある。 

 袁家にとって曹家は正しくその位置にいた。

 それ故に許せない。袁譚が感じた喪失感は袁家の者であれば大なり小なり、心の中に浮かぶものであろう。


「なぁ、兄者。俺思うんだけどよ、袁家の奴らが刺客を出したって考えづらくないか?」

「言うな妙才。感覚や直感も大事だが、一門の運命を決めるには早いぞ」


 ガシガシと頭を掻きながら、袁譚がぶっきらぼうに口を開く。


「なあお前ら。いっそ降らないか? 聞いてる限り、どうも身内に狙われたんじゃねえかって気が済んだよ」

「何故そう思う。これが貴様ら袁家の策略でない保証はどこにもなかろう」

「確かその于禁だったか? ソイツは官渡の戦いで捕虜にしたっつーのは聞いてる。でもなんで于禁が曹操を狙うんだ? オレはバカだからよくわかんねえんだよ」


 一様に押し黙ってしまう。

 夏侯惇の頭にはふとした疑念が浮かんでいた。

 なぜ于禁はこちらの場所を正確に把握していたのか。

 虜囚の身であれば、そのまま本国に逃げ帰り養生するのが道だろう。


「孟徳を襲って利を得る者。それは袁家も然りだが、それでは辻褄が合わん。まさか……!」

「孔子の教えに背く馬鹿がいるんかよ、兄者? でも、いや、そんな……」

「心当たりあるんか? オレはそっちの内情までは知らんからさぁ」


 曹子桓。

 あの高慢で上昇志向の塊が一方的に得をする。

 夏侯兄弟の脳内で、ピタリと複雑な絡繰りがはまった。


「――そうか、そういうことか。いや、孟徳はもとより焙り出す腹積もりもあったんだろう。チ、何でも一人で抱え込みやがって」

「子桓様がねぇ……へへへ、ありうるのが怖ぇよなぁ」


 両将は目くばせをすると、膝を正して袁譚に向き直る。


「状況が変わった。我らは袁家に降る」

「だな。このまま帰ったらハメ殺されるのがオチだわな」

「おいおい、いいのか簡単に決めて。オレが言うのもなんだが、お前ら結構な重臣だろ?」


「兵の命には代えられん。それに孟徳の為でもある」


 決意にじみ出る隻眼を見て、袁譚は覚悟のほどを悟る。

 何が何やら良くわからないままであるが、受け入れる他にないだろうと。


「じゃあ恰好だけでもつけないとな。お前らは保身のために降ったのではなく、最後まで戦い衆寡敵せず、やむを得ない状態で降ったということにすっか」

「甘い小娘だ。敵に塩を送る真似を」

「そうしねーとオレがこそばゆいんだよ。天下の二夏侯を迎えるんだ、それ相応の礼儀ってのがあんだろ」

「…………感謝する」



 王脩は夏侯惇・夏侯淵を連れて戻って来た袁譚を二度見、三度見して目をこすった。

 いやいやいや、これは拙者の妄想だろうと頭を振るが、現実は何も変わらない。

 

「よう、王脩。悪いが客人とそのツレをもてなす用意してくれ。いやー色々大変でよー」

「は、はぁ……。その、戦った形跡がないのですが、本当に大丈夫なんでしょうか?」

「肝っ玉の小さいヤツだな。オレが良いって言ってんだから良いんだよ!」


 肩をすくめ、王脩は曹軍の兵士たちを救護すべく準備に入る。

 いかんせん皆煤と泥にまみれ、今にも天に召されそうな勢いだったから。


「まあゆっくりしていってくれ。ウチの医官は腕がいいからな。すぐに良くなるさ」

「何から何まですまん。この恩は必ず返すと誓おう」

「おう、気長に待ってるぜ」

「……佳き女性だな、貴殿は」

「ばっか。最高に決まってんだろ。オレはなんせ顕奕のおねーちゃんだからな!」


 ニシシ、と笑う袁譚に夏侯惇は心が高鳴るのを感じていた。

 だがそれも一瞬のこと。一番大切な課題に取り組まなくてはならない。

 兵士に括り付けて運んでいた貴人をゆっくりと降ろし、そっと胸に手を当てる。


「孟徳、まだお前の心音は聞こえているぞ。だから早く帰ってこい」


 一縷の望みを抱いて、夏侯惇はそっと戦友にして親友の手を握った。

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