第百四十七話 褒め殺しの袁煕と呼んでくれ
――袁煕
甘い判断と言われたらそれまでなんだが、龐統は生かしておくことにしたさ。
暫定だがな。
てめーのケツはてめーで拭かせるのが袁家流ということで、顕甫ちゃんの下で血反吐吐くまで働いてもらおう。
逢紀によって物理的にケツが血反吐噴くかもしれんが、そこまでは責任もてん。
今は乱世だ。自分の貞操くらいは頑張って守ってもらおうかね。
「しかし……まさか鄴にまで攻め入られるとはな。力では落とせない都として有名なはずなんだが」
「時代は移り行くものかと。殿のお力で此度の戦は持ちこたえました故、今度はそれを上回る防備を掛けねばなりませぬかと」
「瑁、古来より落ちぬ城など存在はしない。如何に鄴へと近づかせぬかが肝要だ」
陸兄弟も随分と活発に議論をするようになってきた。
未来の才能は約束されているとはいえ、こうして若き俊英が成長していくのは頼もしい気持ちになる。
「まあ今はよかろう。物見の報告では、敵は再び白馬に陣を構えたそうだ。先手の将を討ったとはいえこちらも無傷ではない」
「はっ、出過ぎた真似をいたしました」
しゅんと項垂れる姿がどう見ても美しく儚げな少女です。
良かった、俺妻子がいて。あぶねぇ道に踏み外しそうになってもおかしくねーぞ。
「それはそれとして、今のうちに労うものは労わないとな。死して勲章を墓に飾られても嬉しさ半減だろうし」
「信賞必罰でございますな」
「ああ。しかし孟徳公の軍勢を押し返せぬ時は泡となって消えてしまうかもしれん」
「我ら家臣、知勇を尽くして宸襟を安んじて見せましょう!」
ということで、現代風でいうと社員表彰。三国時代流ならば論功行賞をおっぱじめよう。
まあ危機が去ってない状況でやるのもいかがなものかと思うがね。
連戦に続く連戦を凌いできた部下たちに報いたいんだ。
忠誠は金で買えっていう良くないワードもあるが、それは一つのリアルだからね。
「殿、諸将が集まりましてございます。この陸瑁めが先導いたしましょう」
「ああ、よろしく頼むよ」
「ははぁっ!」
◇式典会場 御座所前
「よくぞ河北の民を守り抜いてくれた! 諸君らのような傑物が袁家に仕えてくれていることを、この袁顕奕一生の誉れと思う!」
鎧兜を脱ぎ、皆儀礼用の衣服に身を包んでいる。
この場で帯剣をしているのは俺とマオ、そして甄姫と呂玲綺のみ。
他は非武装だが、恐らくそんなことを気にしているのは俺ぐらいだろう。
だってこいつら、素手でも俺一個中隊くらい余裕で撲殺できるからね。
「暫定的ではあるが、第一次孟徳公の侵攻、玄徳公の乱、龐統の奸計。そして第二次曹家との争いに関しての論功行賞を行う。これは軍事・内政に区別なく、河北を安んじてきた功によるものだ」
古来より形式的には文官を、精神的には武官を尊んできたのが中華民族だ。
故にここで俺は文化の融合をしてみようと思う。
「では陸瑁よ、第一功の封じ紙を持て」
「は、これにございます」
心臓が口から月までぶっ飛びそうだ。
こんなに注目を浴びる機会なんぞなかったしな。
落ち着け俺。ちゃんと早馬でパパンにも確認してもらってるし。
気づけば袁紹はすぐ隣の河間という土地まで進軍してきていた。くっそ、援軍間に合ったじゃんと喉を搔きむしったのはいい思い出。
「第一功! チッ、郭公則殿、前へ!」
「ひょひょひょ、流石は殿……魚心がコホン、いえ、失礼いたしました」
(殴りたい)
中年太りを隠せない腹を揺すって、郭図は満面の笑みで俺に傅く。
「郭公則、南方より輸入した米の栽培と大収穫を成し、袁家に兵糧不足という悩みを消し去った功は見事と言う他にない。また奇策を用いて勝利すること多数。特に龐統捕縛は功大なり」
「すべては殿の差配によりますもの……この公則めは微力を尽くしたにすぎませぬ」
「ぐ、クソ……。二階級特進し、袁家の太倉令に任ずる。また五百戸の加増、名剣の授与、袁家所有の宝物を二点授ける」
「はは、ありがたく頂戴いたしまする」
しょうがなかったんだよ!!
だってこいつ、逆張りやると全部成功すんだもん!
そんな的中率マイナス百パーセントの人材、使わない方がどうかしてるでしょ!
クソ、いつまでも言い訳が出ちまう。
俺はいつまでこの腐れ外道に憑依され続けなければならないのだろうか。
郭図が下がると、見計らったタイミングで次の封じ紙が手元に上げられてくる。
「第二功! 張郃儁乂殿、前へ!」
「ピョッ!!」
声が上ずっとる。
まあ武官の中で誰をとなれば、何を差し置いても彼だろう。
俺が従軍したほぼ全ての戦で指揮を担い、オールラウンダーの名に相応しい活躍を遂げてきた。
甲乙つけがたい将は他にもいるが、袁家の柱石として今や欠かせぬ人物になっているのだからね。
「張儁乂、出陣せし全ての戦いにおいて不敗。軍勢を任せることこの上ないばかりか、彼の武神・関羽を討ち取る際にも決死の挺身を以て忠義を示した。袁家の守護神とはまさに其方に相応しい」
「p、ppppppppppッピ」
着信かな?
なんか伝えようとしてるようだが、感極まっているのかもはや意味不明だった。
しかし日頃冷静な闘将の涙は、俺まで胸打たれるものがある。
彼らに報いるべく、よき主筋の男でありたいものだ。
「一階級昇進し、袁家において左将軍に任ずる。また袁家秘蔵の宝槍を授与。加増二百戸。宝物を一品贈ろう」
「…………これほどまでの厚遇、受けたことが無かったッピ。故にどのように今の心情を述べるべきかわからないッピ」
「男の涙が全てを教えてくれている。これからも頼りにさせてもらうぞ」
「我が身命を賭して袁家と殿に忠義を捧げるッピ!」
セーフ、今度はうつらなかった。
張郃の語尾は伝染力がパネぇからな。式典中半濁音に支配されるのは勘弁願いたいもんだ。
「続いて第三功! 趙子龍殿、郭奉孝殿、前へ!」
「お。某にお声ッスね。っと、趙サン、大丈夫ですかい?」
「……痛み入る」
そうか、趙雲は徐晃にフルボッコにされたんだっけか。
顔の青タンが痛々しい。恐らく歩くのも辛いはずだ。
「その場でよい。俺が行こう」
「い、いけません殿!」
「いいんだ、陸兄弟よ。民を守って大怪我をしたのだ、行かねば申し訳が立たぬ」
智謀の臣にして発明家。甄姫と共に兵器工廠を立ち上げ、三国時代にはありえなかった兵器を製造・配備するに至った。
また豪胆にして冷静無比。北の公孫においては単騎で北平に入った。
龐統の前では咄嗟の機転で仲たがいまで演じてみせたのだ。
報いねば嘘というものだろう。
「まずは郭奉孝。千里を見通すその頭脳、まさに我が子房なり。前線と後方における兵器の開発・整備・配置・運搬を有機的に担い、途切れさせぬこと蕭何の如く。これを功と言わずして何と言おうか」
「照れくせーッスね。でも、悪い気しねーッスよ」
「身分を一つ昇進させ、袁家内において御史中丞に任ずる。加えて百戸の加増、宝物一点を贈る」
「はいさ。ありがたく拝領いたしますよ」
昭和のガキ大将よろしく、鼻下を指でこすりながら郭嘉は下がっていった。
ほんと、郭嘉がいる曹操陣営とか勝てる気しねえからな。マジでその存在はありがたいことこの上ないんだよなぁ。
「それでは趙子龍よ、其方の番だ。転戦に続く転戦、名のある将の撃破。まさに龍の綽名に相応しき活躍だ。知っているか? 鄴では其方を真似して槍を習う子が増えているというぞ」
「身に余る光栄でございます。河北の民のため、袁家のため。そして温かく迎えてくれた殿と同僚のために……終生忠を尽くすとお約束いたします」
「袁家内において貴殿を後将軍に任ずる。加増百戸の他に宝槍を授けよう」
「……故郷に錦を纏いて凱旋できること、喜びの言葉が見つかりませぬ」
あ、そうそう。
これ言っとかないとな。複雑な心境だろうから、本人からは口に出せないし。
「付け加えて命ずることがある。上党に玄徳公の遺骨があるのだが、これを涿県楼桑村にいつか届けてほしい。一度は仕えた主君の亡骸だ、其方と張翼徳殿に託すのがよかろう」
「……!! 多大なるご配慮を頂き、もはや語るべきものはございませぬ。河北に安寧が訪れし際は必ずやご命令を実行いたします」
「玄徳公も英雄の一人だ。風雨に晒すのはしのびなくてな」
斯くして論功行賞は続き、俺は最後に黄忠を労うまで喋りっぱなしだった。
仕事はまだ終わらない。
新しく加入してくれた壮士たちと言葉を交わさなくてはならないからね。
しかしなぁ……。
こう、乱世に良い感じに揉まれてきたのか知らんけど、妙に口だけは達者になった気がするわ。
後世の歴史家は俺のことをなんて書くんだろうね。
『大衆を扇動し、脅威の演説で諸将を鼓舞し、戦に狂奔させるチョビヒゲ』
とかだったら、死んでも死にきれねえなぁ……。
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