第百四十五話 ブラック企業・袁家エンタープライズへようこそ!
――袁煕・鄴付近
あらあら、うふふ。
散々っぱら北方を荒らしてくれたクソ野郎を、ようやっと捕縛できましてよ。
まあ、郭図がドヤ顔で功を誇ってきてるのが心を逆なでるが、まあ良しとしよう。
じゃねえと話が進まないからな。
「龐統士元、今更聞くほどのことでもないが、何か言い分はあるか?」
「……無い。策が悉く裏目に出た。ただそれだけのこと」
強力編集によれば、龐統の策を破ればこいつを仲間にできるらしい。
しかしそんなんで俺が、臣下が。何よりも民衆が許すわけがないのだよ。
「我が君、この男を如何なさるおつもりか。この場で撫で斬りに処すのがよろしいと愚考しますが」
れーちゃん切れてるね。俺の返答を聞く前からダンビラ抜いてるし。
他の将にしても目の血走り方が異常だ。まぁ無理もないか。
何はなくともこの虫けらだけは生かしておかないという意気込みを感じる。
「もはや俺の生存は絶望なのは理解している。だが、最後に一つ聞いてくれまいか」
「その価値があるかによる。ご覧の通り、俺もいつまでも家臣を抑えておくことができない状況だしな」
「……無論価値はある。最後の頼みだと思って聞いてくれ」
龐統の最後のあがき、なのかな。
知恵のない俺にはこいつの発言の意図がわかりかねる。
何らかの言毒を含んでいるものに違いないだろうが、名軍師の末期の水だ。いっちょ聞いてやるとしようか。
「では……」
◇
龐統の語った内容は衝撃的だった。
河北一帯を巻き込んだ、壮絶な曹操包囲網を敷いていたこと。そして決して同時に集うことがなかった三人の名軍師が編み出した策であったことにも驚きだ。
「……卿らの企図したことは理解した。そしてそれは袁家の利となることもな」
「それは重畳。であれば、このまま南の伏龍と東の撃虎の差配を待ち、曹孟徳を討ち取るのが上策かと」
「一理ある。あるんだがな」
お前さ、自分で言ってることわかってる?
身内が殺られたからっつって、何の罪もない河北の住民を散々不幸にしたんだぜ。
つらつらとてめぇらの都合を語ってるけど、泥水啜ってきて塗炭の苦しみを味わってきたのはこっちなんだよなぁ……。
「俺は貴殿の構想を全て察するほどの知恵を持ち合わせてはいない。その上で聞いてもらえると嬉しいのだが」
「……伺いましょう」
聞きやがれ。
俺が民衆の怨嗟の声を代弁してやる。
「先ずは非業の死を遂げられた諸葛均殿に、衷心からお悔やみ申し上げる。彼の者の魂が天上で安らぎを得られんことを願ってやまない」
「――それを聞けば孔明も喜びましょう」
「されど貴殿の行いは看過でき得ぬものがある。問おう、其方らの策には河北の人民の生命をどの程度尊重していたのだ?」
「返す言葉もない」
顕甫ちゃんが熱心に育てた邯鄲。
咎のない上党と晋陽の民。
そして鄴の臣民。
「彼らには生きる権利があり、愛を見つけ、子を育てる未来があった。時は乱世故、少しの匙加減で安寧を損なうこともあろう」
「……はい」
「だがこの河北に住まう民は、袁家がその一生を保障しうるものと知れ。貴殿らはその威信を賭けた統治にクソを塗りたくったのだ」
俺は目の前にあった木製の器を拳で叩き割った。
モノに当たるのは未熟者の証であるのだが、どうにも怒りが収まらない。
手から出血していたらしいが、マオが急いで拭き始めたことで初めて気づいた。
「貴殿らの行いは目的を達成する為には理にかなったものであろう。それは俺の足りない頭脳でも解することができる。だがな――」
俺は剣を抜く。
そして目の前に机に思い切り振り降ろし、真っ二つに両断した。
「あんまり舐めてんじゃねえぞ、コラ。こっちは数十万の人間の命を預かってるんだ。腐れ策士の机上の論理で弄んでいいもんじゃねえんだぞ!!」
「……時には非情なる手段も執りうるのが軍師なれば」
「ほう……」
こいつの刑は決まった。
途中で損なわれることがあろうとも、責任ってやつをとことん取らせてやる。
「何と言われようとも、この龐士元、曹孟徳を滅するにはこの策しかないと主張いたす。仕方がなかったのだ」
「その任務は俺が引き継ごう。貴殿は己の才に自信をお持ちのようだしな。ならば今から下す沙汰にも耐えきれると信ずるものである」
龐統士元。
邯鄲太守・袁尚と軍師逢紀の監視下において、街の復興主事に任ずる。
「多くの者が死んだ……。子を殺され、娘を犯され、父母が火で焼かれた。食うや食わずの日々の中、ある者は飢えで。ある者は病で倒れていった」
目が泳いでいるぞ、龐士元。
てめーのケツはてめーで拭けや。
「今まさに怨嗟の声渦巻く場所にて、その実行犯が矢面に立って復興せよ。運がよければ貴殿は生きてまた相まみえることもあるだろう」
「死刑執行……ですな。しかし、敗れたからには勝者の命令に従うのもまた乱世の倣い。謹んでお受けいたしましょう」
「貴殿は残りの生を、民の信頼を取り戻すために使え」
ああ、そうそう。
「逃げたら……わかってるな? 伏龍と撃虎、諸葛孔明と徐元直だったな。連座もありうると知れ」
「……粉骨砕身し、邯鄲の復興に尽くすと誓います」
「龐統士元。お前は知の使い道を二度と間違えるな。学問は人を殺す術よりも、人を活かす方法こそを尊ぶものだ。心に刻め」
【ジャーン! ジャーン!
クエスト達成! おめでとう、袁煕君!
龐統士元が仲間になったよ】
ねえ、今さ……俺結構いいこと言ったよね?
なんでこう空気読まないのかな、強力編集君さぁ。
まあ、場違いな音声で少し冷静になれたかな。
このままだと邯鄲に辿り着く前に暗殺されちまいそうだしな、このチャラ男。
「聞いての通りだ。この男は死すら生温い罰を以て袁家と民に尽くす。よって、これ以上の私刑は認めない……わかったな、呂姫?」
「……かしこまりました。我が君がそのようにお望みであれば、妻として否はございませぬ」
「気持ちはわかるよ。だが今は前面に集中しなくてはいけない時なんだ」
呂玲綺の筋肉ゴツ盛り親衛隊に囲まれ、龐統は項垂れて退室……もとい、連行されていった。あの野郎はこれから最大級の針の筵に座らせられるんだろうね。
顕甫ちゃんのパーフェクトストーム、出るんだろうなぁ……。
◇
腹に鉛でも入っているような顔を誰もがしている。
きっと俺もそうに違いない。
龐統をぶった斬ればそれで済むと思われるし、実際その行いは支持されることだろう。
だがそれが罠なんだよなぁ。
やっちまったら最後。水鏡先生の門下が全部ガチの敵に変わる。
偽の包囲網がマジの包囲網になってしまうので、それだけは避けねばならんのよ。
「さて呂姫。攻めてきているのは『曹操』で間違いないのか?」
「首実験をいたしましたが、その可能性が高いかと」
「なるほど。だが異なる情報も届いているんだ」
この時代はスマホねぇ、ネットもねぇ、馬を乗り継ぎぐーるぐるだ。
タイムラグはもちろん、内容に齟齬があることは茶飯・インシデントである。
「東の鳥巣方面に孟徳公の『帥』の旗があったと報が届いている。二路にて攻めてきているのは確実なのだが、もしかしたら鄴を直撃する作戦こそが主攻かもしれんな」
「東に曹孟徳がいるのであれば、そちらが本命ではないでしょうか? それに比較的防備の浅い城があると聞き及んでいます」
「そうだなぁ……」
『夏侯兄弟を撃破し、我悠々と凱旋せり』
とかいう怪文書が送られてきたんだわ。これ多分淳于瓊が調子こいて頭ハッピーセットになってるってことよな。
功を盛ってる可能性もあるが、無かったことにはしない男だろう。
故にこれは事実だ。
「鳥巣奪取に失敗したとみるのが妥当だろう。であれば進軍は平原城に目標を定めていたと考えられる」
「しかし殿、平原が落とされれば鄴都と南皮の両方に危機が迫りまする」
「兄上に同意でございます。それに孟徳公が苦杯を味わったのであれば今が好機ですぞ」
ちょっと思考パターンが郭図に似て来たね。
勝ち戦の時のバーバリアンスタイルは嫌いじゃないが、今は微妙な天秤の揺れなんよ。
「とかく、今後の対応を急いで練る必要があるね。呂玲綺は軍をまとめて先導し、鄴へと入城せよ」
「はっ!」
「陸兄弟は顕甫ちゃんのところに出向き、必要な救援を行ってくれ。もう心身ともにボロッボロだと思うから」
「承知いたしました!」
曹操が東にいる。
じゃあ今目の前に展開している軍の大将は誰だ?
心臓が掴まれたようにズクンと痛む。
体が、何か不穏なものを感じたかように微かに震えていた。
「いかがなされましたかな、殿。この郭公則めが憂いをお払いして進ぜましょうぞ」
「……いつの間にここにいた?」
「ひょっひょっひょ。縦横無尽の行軍は軍師の嗜みですぞ」
油ぎったドヤ顔が妙に鬱陶しかったので、俺は郭図の馬の尻に密やかに鞭を入れた。
「ぬおおおおおおおっ!?」
そのままドナドナされていけ。
だが、今回ばかりは少し気が楽になった。なんだかんだ言って、一番功を上げているのが郭図なのも事実だしな……。
今度旨い酒でも送ってやるか。
一瓶はヒヒジジイのために。
そしてもう一瓶は、戦争で塗炭の苦しみを味わった河北の民への手向けとして。
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