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1-6 あのお日さまにかけて

   §


 第五騎士団の厩舎にはずらりと馬が並んでいた。どの馬も毛並みが揃って艶めいている。

 そして、大きい。

 アマルが栗毛の馬を見上げると、つぶらな瞳と目が合った。


「お前に乗るのは、二回目だな。よろしく」


 今日のアマルは、髪の毛が邪魔にならないように、普段のように結ぶだけではなく三つ編みにしてだんご状にまとめてもらっている。髪の毛が揺れないだけで動きやすさが増すというのは新たな発見だった。


 前回――亡命時は訳も分からない状態で乗馬した。とにかくサニア皇国から出られれば何でもよかった。

 今回は、はっきりとした目的がある。前人未到の聖樹へ辿りつくことだ。

 乗馬服まで用意してもらった。気合も覚悟も十分すぎるほどだ。

 

「おっ。アマル様、乗馬服も髪型も似合ってるじゃん」


 白馬を連れたエドワードが、アマルへ近づいてきた。

 シンシア()の前で見せた切実さはみじんも感じられない。あの光景を他人に開示するということは、彼にとっては重大なことなのだろう。その()()を共有してもらったという点において、アマルはエドワードに気を許していた。

 何としてでもシンシアを目覚めさせるのだという想いもある。


「ありがとう。でも、ブーツってきついな」

「慣れるしかありません。乗馬服は安全のために丈夫に作られているのですから」


 遅れてセオドアが現れた。今日は事務日ではないので、眼鏡をかけていない。前髪も後ろへ撫でつけている。


「アマル様。本当に、前回と同じでなくてよいのですか?」

「うん。練習したし、大丈夫だろ」


 サニアから亡命したとき、アマルはセオドアの前に横乗りで馬に乗った。

 今回は乗馬服ということもあり、セオドアの前に座るのは同じだが、馬にまたがることになっている。

 そしてアマルが馬へ乗りやすくするため、踏み台が用意された。


「緊張は馬に伝わります。心を落ち着けてください」

「あぁ」


(あたしじゃなきゃできないことをしに行くんだ。覚悟はできてる)


「? アマル様?」


 踏み台へ足をかけようとしてやめる。アマルはセオドアへ顔を向けた。

 アマルは珍しく雲の少ない青空を指差す。その人差し指は、太陽に真っ直ぐ向かっていた。


「団長を信頼するよ。あのお日さまにかけて」

「!?」

「おぉ!?」


 にわかにその場がざわついた。

 しかも、驚いているのはセオドアだけではない。その場にいる全員が、それぞれ何かしら反応している。エドワードにいたっては先日のように笑いをかみ殺していた。


(え!? なんか、まずいことでも言ったか……?)


 アマルはクラド語の教本を頭のなかでめくるが、思い当たる節が見当たらない。

 するとセオドアがこめかみを指で押さえて溜め息をついた。


「……あなたという人は」

「もしかして変なこと言った? そうだとしたら、ごめん」

「上級のクラド語教本を貸しましょう。遠征が終わったら」

「あ、あぁ?」


(暴言ではない、ってことか? どうして誰も教えてくれないんだよ)


 アマルの発言の意味はうやむやにされたまま、一行は神域の森へと出発した。


   §


 神域の森――


 それは決して、人間が足を踏み入れてはいけない場所、ということではない。

 木の実を取ったりするぐらいなら問題はないのだ。実際にアマルも子どもの頃は神域の森を遊び場にしたことがある。

 許されていないのは『聖樹を探すこと』。

 聖樹は決して人の目に触れてはならない。神が大陸を創造したときにそのように取り決めたと言われている。


「乗り心地はいかがですか」

「いい感じだよ」


 アマルの後ろからセオドアが声をかけてきた。


(団長がまるで大きな椅子の背もたれみたいだ、とは言えないけれど)


 アマルは言葉を飲み込む。しかし実際のところ、セオドアが後ろにいるおかげで安定感は抜群だった。


「アマル様は体幹がしっかりされているから問題なさそうですね」

「へへへ。そうかな」


 一定の距離を保ちながら、左右や後方には団員たち。しんがりはエドワードが務めていた。


「団長ってなんだかいいにおいがする。お日さまのにおいと同じ」

「はい?」


 わずかにセオドアの声が裏返る。それから、咳払いがアマルの耳に届いた。


「アマル様」

「ん?」

「不用意にそのようなことを口にしない方がいいと思います」

「そうか?」

「そうです」


 セオドアは言葉を続けなかった。

 馬の足音や息遣いが、重なりながら静かな森に響き渡る。

 バランスを崩さない程度に、アマルは森を見渡した。常緑樹は風を受けて葉や枝を揺らす。時折、小動物たちが目の前を横切ったり、一行を見つめたりしてくる。

 木漏れ日がアマルの手の甲に光で絵を描いては消えた。


 しばらく進んだところで、セオドアが馬を止めた。


「泉があります。一旦、休憩しましょうか」

「はい!」


 団員たちも応じた。めいめいが馬に水を飲ませて果実を与える。アマルもならって栗毛の馬へりんごを差し出した。


「この後が正念場だ。がんばれよ」


 馬もアマルに懐きはじめたようで、りんごをむしゃむしゃとかじってくれる。

 食べ終わるのを待って散歩をしようとしたところで、アマルは気づく。 

 輪から離れたところでセオドアとエドワードが神妙そうな表情をしていた。アマルが近づいていくと、同じタイミングでふたりは振り返った。


「どうしたんだ」

「方位磁針が狂いはじめました」

「どうやら早々に神のお怒りを買っちまったようだな」


 言葉は軽いが、エドワードもセオドア同様に笑っていない。

 アマルがセオドアの手の中の方位磁針を覗き込むと、くるくると磁針が回転していた。


「うわー……」

「地図もあてにならないでしょうね」

「ここから先はアマル様の野生の勘頼りってとこか。竜笛が磁針になったらいいのにな」

「どうだろう」


 アマルは竜笛を取り出した。


「どうもしないな」

「うーん。やっぱり駄目か」

「団長の聖剣はどうだ? 聖剣も聖樹でできているんだろう?」


 今度はアマルから提案する。


「最初に確認しましたが、無反応でした」


 ぼちゃんっ!

 セオドアの言葉に被せるようにして、泉へ何かが落ちる音が響いた。


「団長! 泉から腕が出て馬が喰われましたっ!」

「何だと!?」


 アマルもつられるようにして泉へ顔を向けた。

 腕。水でできた腕だ。指は四本。それが、次々と馬を捕えては泉へ引き込んでいた。水しぶきが激しく音を立てる。


「おいおいおいおい」


 まじか、というエドワードの呟きは掠れて消えた。同時に大地を蹴ったのはセオドアだった。

 馬の次は人だと言わんばかりに、水の腕が団員たちへと襲いかかってきたのだ。


「う、うわぁーッ!」

「させません」


 鞘から抜けない聖剣をセオドアが振るう。水の腕が飛沫に変わる。

 セオドアは、再生する腕を次から次へと薙ぎ払う。

 エドワードがアマルの腕を引き寄せて泉から遠ざけようとする。


「アマル様はこっち」

「で、でも」

()()は最強だから」


 エドワードの声はいたって真面目だった。

 そしてその言葉通り、セオドアは誰も泉へ落とさなかった。助けられた団員たちが泉から離れるようにアマルたちの方へ走ってくる。水の腕はしびれを切らしたのか、それとも諦めたのか。水のかたまりそのものとなってセオドアへ襲いかかろうとしてきた。

 引きずり込むのではなく丸ごと飲み込もうとする意志すら感じさせるような動き。


「団長!」

「あっ、ちょっと、アマル様!」


 アマルは大地を蹴った。エドワードを振り払って走り出す。

 そして、セオドアへ向かって必死に右腕を伸ばした。


「掴まって!!」


 エドワードがアマルの手を掴もうとした瞬間――

 ばしゃんっ!!

 ――ふたりとも、泉に飲み込まれてしまった。

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