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(……?)

 モードウェンは首を傾げた。国王陛下のお出ましは舞踏会の終盤のはずだ。デビュタントのお披露目もその時で、弱小男爵家の娘であるモードウェンの名前が呼ばれるのは最後の最後になるはずだ。とは言っても、その時だけ顔を見せるのでは眉を顰められてしまう。少なくとも国王陛下よりは前から会場に入っておくべきで、だからこうしてモードウェンも早めに舞踏会に出ていたのだが……

(まさかもうお披露目が始まっている!? ううん、いくらなんでも早すぎる。何かあったの……?)

 辺りを見回してみると、原因はすぐに見つかった。人々が見上げる先に、一人の年若い貴公子がいる。吹き抜けになった大広間をぐるりと取り巻く二階の回廊、階段の上に立っている。モードウェンのいるところからそう遠くないあたりだ。

 何気なく見上げて、モードウェンは思わず呻いて目を逸らした。

「うわあ……」

 靄が纏わりつき、影が濃かったからではない。逆だ。その人物が、輝かしくて眩しすぎたからだ。

 きらきらした金髪は長からず短からず、白を基調とした宮廷服を颯爽と着こなしている。肌は適度に日に焼けており、姿勢がよく――猫背気味のモードウェンとは対照的だ――、均整の取れた体格で、顔立ちも整っていることが見て取れる。どこにいても輪の中心になり、頭一つ抜けた存在感を放ち、女性に人気があるような人物なのだろう。――こういう人物は苦手だ。

「カイウス殿下だわ! 今夜の舞踏会にはお出でにならないと聞いていましたのに」

「何かあったのかしら? ともかくも幸運じゃない! 目の保養になるわ」

 周りの令嬢たちの会話を聞くともなしに拾ってしまい、モードウェンはその場で膝から崩れ落ちそうになった。

(カイウス殿下って……第二王子のことでしょう!? あの方が!?)

 キースの警告を、あの王子に伝えなければならないのか。あんなに目立つ、あんなに眩しい、モードウェンにとっては悪夢の塊にも等しいような人に。

(…………気が遠くなりそう……)

 モードウェンは思わず壁にすがった。近付く道筋がまったく見えない。そもそも、近付きたくない。まるで舞台照明のような人だ。悪夢だ。日陰でひっそりと息をしているモードウェンにとって、第二王子は劇物のようなものだ。

 絶望するモードウェンをよそに、第二王子は良く通る声で会場に向かって挨拶を述べた。何か仕掛けがあるのか、声が反響して会場の隅々にまで届いているようだ。

 収穫祭の最後を飾る舞踏会に相応しい、収穫への言祝ぎ。労働に対する労い。王室を支える多くの人々への感謝。集まってくれて嬉しい、この会を存分に楽しんでほしい……。

 しかし、会場の人々は戸惑い気味だ。本来ならこういった祝辞は、主催者たる国王が述べるべきものだからだ。

 果たして、王子は言った。

「陛下は今宵、おいでにならない。心待ちにしてくれていた諸君には誠に申し訳なく思う」

「ええっ!?」

 モードウェンは思わず声を上げた。慌てて口を押さえるが、周りでも同じように驚く声が上がっており、目立たずに済んだ。それはいいとして、

(それじゃあ、私はいったい何のために舞踏会に参加したの……!?)

 とんだ無駄足だ。モードウェンほど強くそう思った人は少ないだろうが、それでも周りから失望や怒りの声が聞こえる。王を出せというあからさまな声こそないものの、それに近いような無礼すれすれの言葉も聞こえてくる。そもそも国王がどうしてお出ましになれないのか。

 ざわめきが収まるのを待って、第二王子は続けて述べた。

「不満は分かる。とりわけ、デビュタントの諸君は残念だろう。だが、別の機会を設けさせてもらう。……趣向を凝らすから、楽しみにしていてほしい」

 その言葉に、今度は期待のざわめきが起きる。王宮ではいつだって、面白いことや目新しいことは歓迎されるものだ。今夜も、このままでは終わらないだろう。何らかの埋め合わせがあるに違いない。人々はそのことも期待していた。

(いらない! いらないから……って、ちょっと待って)

 条件反射で拒絶したあと、モードウェンは瞬いた。もしかするとこれは、第二王子に近付けるきっかけができるのかもしれない。彼が出てきたということは、きっとそういうことだ。

「陛下の代わりにはなれないが、今宵は私たちが持て成しをさせていただく」

(やった……!)

 期待通りの展開に、モードウェンは思わず拳を握った。周りの女性たちは黄色い声を上げたり口元に扇子を当てたりして上品に淑やかに喜んでいるが、モードウェンの喜び方はこんなものだ。飛び跳ねて喜ぶような無邪気さの持ち合わせも無い。

 第二王子が言葉を終えると、二階の回廊に、さらに二人の人物が現れた。男性が一人、女性が一人だ。会場に湧き上がったどよめきに、その二人が第一王子と第一王女であると知る。

 今上国王の三人の子が揃うのは珍しいのか、それともただの条件反射なのか、人々が歓呼する。第一王子イーノス殿下、第一王女プレシダ殿下、そして、第二王子カイウス殿下。

 三人はそれぞれゆっくりと回廊をめぐり、別々の階段から大広間に下りてくる。王子王女がたがこの場の人々の話し相手に――もしかしたら、舞踏の相手にも――なってくれるということだ。国王陛下の不在に不満を漏らしていた人々の目の色が変わった。

(陛下の代わりにはなれないが、って……どの口が言うの)

 たちまち場を掌握した三人に、モードウェンは半ば呆れて口を曲げた。

 第二王子カイウスはもとより、第一王子イーノスも、第一王女プレシダも、それぞれに煌びやかで華やかだった。

 第一王子イーノスは背が高くやや痩身で、金髪に甘い顔立ちをしている。穏やかな雰囲気もあって、貴婦人方の溜め息を誘っている。

 第一王女プレシダはまるで女王のように気高く、気位も高そうだった。繊細な金の巻き毛を結い上げてティアラを乗せ、滑らかな額から胸元までの完璧な線と真っ白な肌が真紅のドレスに映える。

 少し見ただけで強烈な印象が焼き付き、モードウェンは思わず瞼を押さえた。

(もうやだ……王族こわい……)

 きらきらしていて、きらきらを通り越してぎらぎらしていて、目が潰れそうなくらい眩しい。会場を見るに、地位のありそうな人ほど暗い靄を多く纏わりつかせているようなのに、その頂点に立つ王子や王女は、そうした陰りをいっさい寄せ付けていなかった。臣民の一人としては頼もしく思うが、できれば自分の目に入らないところにいてほしい。自分まで消し飛ばされそうだ。

 貴族らしからぬことを考えていたモードウェンは、三人が会場の人波に消えたあたりで、はっと我に返った。

 第二王子とお近付きになる好機が降って湧いたようにやってきたのだ。キースの警告をそのまま伝えるのは難しいだろうが、取っ掛かりだけでも掴まなくては。

 モードウェンは唇を引き結ぶと、気持ちを奮い立たせて人波に目を据えた。

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