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「やっと、全部終わった…………」

「まだ何も終わっていませんけどね」

 一連の事件が終わって、自室の長椅子にぐったりとうつ伏せるモードウェンの言葉に、ナフィが容赦なく突っ込みを入れた。

 そうなのだ。まだ、何も終わっていない。肝心のお披露目が済んでいない。

「でも、それももう目前だし、終わったようなものよ。今までの苦労を考えれば……お披露目そのものではなくて、そこに至るまでの道筋をつけることに奮闘しなければならなかったことを考えれば……」

 モードウェンの働きもあって事件は解決し、国王もようやく体調が戻って公の場に出られるようになった。

 明日の降誕祭は舞踏会ではないが、急遽デビュタントのお披露目の時間が設けられることになった。ホールに集まって聖歌を聞き、一緒に歌い、教会の偉い人の話を聞いて厳かに過ごすのが例年の降誕祭だが、それに付け加えた形だ。

 モードウェンはあまりこの手の行事に参加した経験がない。小さい頃はともかく、災禍があってからはあまりこうした場に慰めを見いだせなくなっていたのだ。

 だが、今回ばかりは粛々と参加しようと思う。キースと、秘密さんと、ゼランドに眠る人々と、とにかく思いつく限りの人々を思って祈るつもりだ。

(そういえば、秘密さん……まさか、名前がなかったなんて)

 後に国王となる少年の身代わりとして育てられた彼は、自身の名前を持っていなかったのだ。彼の存在を半分信じた国王が彼のために名前を考えるそうで、墓にも刻ませるつもりだという。

 墓は王宮の中にはなく、王宮の外郭部に接する森の中にあるというが、王宮の中にもそちらを遙拝する場所が設けられていた。

 キースはそちらではなく伯爵の領地に眠っているようだが、王宮内での不幸ということで、モードウェンもその遙拝所を利用させてもらった。白大理石に光のさす厳かな空間で頭を垂れると、ひねたところのあるモードウェンでも胸に来るものがあった。

 キースのためにそこへ行きたいと言ったモードウェンにカイウスがなぜか少し不機嫌になったのだが、いざ一緒に行くと彼も彼でいろいろと思うところがあったらしく、珍しくモードウェンをからかうこともなく神妙にしていた。

 彼がキースに強く責任を感じていたことの意味が、彼が身代わりとして育てられたことを知ると納得できる。みなそれぞれ事情を抱えていたのだ。

「お嬢様! 今お話ししてよろしいでしょうか!?」

 お下げを跳ねさせて、リーザが急ぎ足で部屋に入ってくる。以前であれば足音を立てて駆け込んできただろうが、彼女も成長している。気が急いていても走ることをせず、まだまだ付け焼刃の域を出ないが淑やかで目立たず自然な仕草を心掛けている。ノックなしで入室していいと許可を出しているから、その点でも問題ない。

 モードウェンが椅子でぐったりしている様子を見たリーザは少し目を瞠ったものの、たいして驚いた様子もない。モードウェンはしょっちゅうこんな感じになっているので――なにせ気苦労が多すぎた――、リーザも慣れたものだ。

 モードウェンは億劫げに上体を起こし、話を聞く姿勢を取った。

「その様子だと、大丈夫だったのね?」

「はい! 公爵夫人が許可を下さいました! 下っ端の見習いからですが、使用人として召し抱えてくださるそうです!」

「よかった! すごいじゃない!」

 思わずというように駆け寄ってきたリーザの頭を撫でる。リーザは嬉しげに笑って受けた。

 リーザももちろん、あの災禍を生き延びた一人だ。まだ十歳にもならない中で大変な経験をしたのだから、その埋め合わせとしても今後は幸いがたくさんあってほしいと心から思う。

 王宮に残ることを希望したリーザに、アーガイル公爵家の使用人として経験を積んではどうかと提案したのはモードウェンだ。お茶会での人脈をこんなふうに生かすことになるとは思わなかったが、公爵家は王宮内に建物を丸ごと一つ借り上げて使い続けている大貴族だ。使用人はいくらいても足りないだろうと思って夫人に話を持ち掛けたのだが、そうして本当によかった。

「あ、それでお嬢様……」

「お邪魔するわね」

 不意に響いた美しい声に、モードウェンはぎょっとして椅子の上で硬直した。はっとして立ち上がり、礼を取る。

「王女殿下……」

「顔を上げていいわ。楽にしてちょうだい」

 他人の部屋に入ってきて我が物顔にふるまうのは弟と同じようだ。まあカイウスのおかげで使わせてもらっているのだから抗議するつもりもない。

 プレシダは人払いをして、勧められる前に椅子に腰を下ろした。

「リーザのこと、ありがとうございます」

「私は何もしていないわ。あとはあの子の働き次第よ」

 プレシダは公爵家に降嫁することになっている。リーザにとっては主筋に当たるわけで、挨拶は必要だった。

「それより、聞きたいことがあるのではないの?」

 単刀直入に王女は問う。モードウェンは頷いた。

「指輪のこと……ですね」

 モードウェンが拾い、リーザが届け、プレシダが自分のものとして受け取った指輪だ。

 それがなぜか、プレシダの婚約者であるディーンの指に嵌まっているのを見た。アーガイル公爵に会ったときにひっかかり、後で気付いたのだが、彼の服のボタンの意匠が指輪のものと同じだったのだ。調べたところによると、公爵家の家紋らしい。

「あの指輪はね、公爵家に伝わるものなの。私が降嫁した際にディーンから贈られるはずの」

「でも、まだ王女殿下のものではない。そうですね?」

 それなのに、なぜ自分のものと嘘をついたのか。あの庭でいろいろなことがあったから、もしかしたら犯人に繋がるものかもしれない可能性を考えたし、正直なところ混乱していた。

 プレシダは溜息をついた。

「悪かったわね。公爵家がこの件に無関係ということが示されたから言えるのだけど……正直なところ、私も少し疑っていたの。だって大貴族だもの、いろいろあるでしょうし」

 プレシダの率直で意外な言葉に、モードウェンは何とも反応できず瞬いた。

「もしも公爵家がそんな事件に関わっていたら、降嫁の話も無しになるわ。私は、それを避けたかった」

「……なるほど」

 だからプレシダは嘘をついたのだ。事件現場に落ちていたあの指輪は公爵家のものではなく、王女のものであると。

「ガーデンパーティで落とした、というのは?」

「そう聞いていたからそう言っただけよ。親戚の集まりがあったときに持ち出して、嫌がらせで落とされたそうよ。あまり信じていなかったのだけど、本当にそうだったのかも」

「…………なるほど……」

 王女は悪意で嘘をついたわけではなかった。公爵家が事件に関わっていなかったからよかったというだけで結果論ではあるが。

 モードウェンが謁見の間へ行く前にアーガイル公爵の名前を出したのも、彼がいない場所への案内と知って引き受けたのも、知ってみれば納得できる。王女は公爵を疑っていたのだ。

 なんとも言いがたい顔をしたモードウェンに、プレシダは美しく微笑んだ。

「だから言ったでしょう? 嘘はもっともらしく吐くものだ、って」

(……王女こわい…………)

 こんな人々の下で、リーザは上手くやっていけるのだろうか。

 どうか頑張って強く生きてほしい、とモードウェンは心から願った。

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