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「そんなこと言ってる場合じゃ……いや、説明した方が早いな。僕はユーティスの身代わりだ」

 ユーティス、と言われて、貴族社会に疎いモードウェンでもさすがに分かった。それは国王陛下の名前だ。同名の者が他にいるのかは知らないが、身代わりを置くほどの者は限られる。

「国王陛下の……!?」

 ナフィが息を呑んだ。少年の幽霊はそちらにちらりと顔を向けたが、すぐにモードウェンに視線を戻した。モードウェンは慎重に言った。

「身代わりとして……亡くなった、ということね……」

「そう。僕は幼い頃に王宮に連れて来られた。たぶん売られたんだと思う。僕みたいな子は他に何人もいて、でも結局、身代わり兼傍仕えになったのは僕だけだった。見た目がいちばん似ていたからかな」

 彼の言葉で、彼が王宮全体を行動範囲としていることに納得した。幼い頃にここへ連れて来られた彼にとって、王宮は世界のすべてだったのだ。世界とするにはあまりに狭い、あまりに限られた、それでも子供の身ではあまりに広すぎる王宮が。

 王族は幽霊や思念を寄せ付けない。国王に憑くことができない以上、彼の拠り所は王宮そのものなのだ。

 では、彼の心残りは……

「ユーティスが危ない。僕は、彼を助けたい」

「……それがあなたの心残りなのね」

「そう。彼は、僕のただひとりの友達だから」

「身代わりになって亡くなったのに?」

「思うところがないわけじゃないし、割り切れてもいないけど、彼に恨みはないよ。彼の代わりに死ねてよかったとは思わないけど、彼に死んでほしかったとも思わない。それに、身代わりってそういうものだしね。たぶん僕は貧しい生まれなのだろうけれど、ここへ来てからは食べるものも他のすべてのものも充分以上に与えられたから。唯一、自由だけがなかったけれど」

 モードウェンは痛ましい思いで彼を見つめた。割り切れていないと彼は言ったけれど、それは彼自身の死のことについてだけで、選択の余地なく連れてこられ、身代わりとして育ったことには疑問を感じていないのだ。

 モードウェンの価値観では、それはかわいそうなことだ。だが、少年のあっけらかんとした様子を見ていると、モードウェンの感覚の方がおかしいような気もしてくる。王宮の歪さは、それはそれで確立されているものかもしれない。少なくとも彼は飢えずに生きてこられたのだから。

「それに、僕みたいな立場の人って珍しくないしね。夏にも第二王子の周りで亡くなった人がいたけど、彼も王族の身代わりとして育てられた人だったし」

「キースのこと!?」

「そう。幽霊になった彼と話をしたよ。彼もやっぱり王子を恨んではいなかった。彼の心残りは、事件が解決して第二王子が無事でいてほしいという願いと、養父に心痛を与えてしまったことへの心苦しさだった。……こんな個人的なことを明かすのは彼に対して失礼だと思うけれど、彼はもういないんだもんね」

「キースの、心残り……」

 彼はモードウェンに、自分が養子であることと、自身の死によって養父に心痛を与えてしまったことへの苦痛については話さなかった。幽霊として現世に残ってしまうくらいに強い心残りだったにも関わらず、一貫して王子のことしか話さなかった。

 その不自然に、思い出す。彼の言動に違和感があったことを。

(嘘は、言っていなかった。でも……言葉を選んでいた。第二王子を助けたいという思いは本物だったけれど、もうひとつの心残りである養父については何も言っていなかった。それなのに、心残りを果たして消えた……)

 モードウェンは、彼に託されたのだ。第二王子のことだけではなくて……彼の養父のことも。

「秘密さん、急いでいるのに話を求めてごめんなさい。行きましょう」

「! 話が早……くもないけど、ありがとう。こっちへ来て!」

 浮遊する彼に先導されて部屋を出る。急いでいるとはいえさすがに走るわけにはいかないから早歩きだが――もっともモードウェンの場合、走ってもすぐにばててしまうので結果的にはあまり変わらないだろう――、そこまで長くかかることはないだろうと思う。国王陛下は王宮の中心部にいるはずだ。

「それにしても、どうして急に乗り気になったの? もっといろいろ説明を求められるかと思ってた」

 先導しながら少年が言う。モードウェンは早歩きで彼の後ろを進みながら答えた。

「あなたは悪霊ではないけれど、国王陛下に害意を持っていないとも限らないでしょう。心残りが何かなんて他人には確かめようがないのだから、嘘をつかれていても分からないもの。陛下をお助けしたいというのが本当なのかまでは確かめられなくても、少なくとも害意を持っていないようなのは確かめられたから」

 説明したモードウェンに、少年が呆れたような目を向けた。

「……そんなことを懸念していたわけ? 僕はもっと急ぎたかったんだけど?」

「急がせたなかで判断を迫るというのは詐欺の常套手段だもの。用心してかかるべきだし、急ぎだというのも確かめようがないしね」

「……お姉さん、つくづく性格悪いよね……。意地悪っていう意味じゃないんだけど、なんというか、曲者すぎるっていうか……」

「小さい頃の私は、それはもう素直で可愛い良い子だったのだけどね。いろいろあったのよ」

「ぜったい嘘だあ! ひねくれ具合に年季が入ってそうだもん!」

「お嬢様の性格はずっと変わっていませんよ。いろいろあったのは事実ですが」

 少年が憎まれ口を叩き、それにナフィが応える。

「まあ、いろいろあったようなのは分かるけれど」

 少年はナフィを見て言い、モードウェンに視線を戻した。

「これから行くのは、金樫宮の二階にある謁見の間、その奥の部屋。謁見の後、個人的に人を呼ぶようなときに使われる部屋だ。できるだけ近くまで案内するけど、どこまで近付けるか分からないから言っとく」

「分かったわ」

 モードウェンは頷いた。いくら少年が王宮内を自在に動けるとはいっても、もちろん王族のいるところに近付くことはできないし、人の多いところや、私的な空間にも行きにくい。生きている人の気配や思念の方が強いためだ。あまりに大勢の人のいるところなどは、自身の存在が希薄になってしまうため、幽霊は本能的にそうした場所を避けるものだ。幽霊の……というより、生き物の本能なのだろう。自分の存在が消えてしまうことへの恐怖というものは。

(でも……キースは私に託してくれた。第二王子のことと……かれの養父のことを。消えてしまう前に……)

 モードウェンが幽霊の心残りを片付ける手伝いをしていることや、困っている人からの頼みを断れないことは、キースには知りようがないことだった。なのに、なにか感じるものがあったのだろう。モードウェンがあまりに幽霊に慣れている様子や、話を聞く姿勢などから。

 助けてほしいと他人から言われたとき、断れない。……幽霊が相手なら、特に。

 ……難儀な性格をしていると、自分でも思う。

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