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案の定というべきか、ボネア公弟の用意したお茶には毒が仕込まれていたということだった。
その毒は珍しいものだったが、死刑囚に対する実験的な投与で確かめられた症状は国王陛下の症状と同じもので、おそらくは同じ毒だろうということだ。
公弟はすでに牢に入れられて取り調べを受けており、今回の第二王子の毒殺未遂――お茶に含まれていた毒は致死量に達していた――の罪を追及されると同時に、国王陛下への毒殺未遂の犯人としても立証が近そうだということだった。
「……公弟は次期国王たる兄の派閥に属しているが、名目だけで実際の立場は高くない。重用されているわけでもなく、影響力を持てているわけでもない。一連のことは第一王子側の立場に立って、邪魔な現国王や私を排除しようとしたのではなく、他国からの意を受けて動いていたということらしい」
オーナメントの品評会から二日後、カイウスはモードウェンの部屋に色々なものを持ってきた。
情報を持ってきたのは分かる。モードウェンも当事者なのだし、言ってしまえばカイウスの命の恩人だ。そのくらいのことはしてもらっても罰は当たらないと思う。
だからといって、贈り物としてお菓子だの宝飾品だの色々と持ってこられてはどうしていいか分からない。突き返すのは失礼に当たるだろうが、カイウスとの間のやりとりではお互いに失礼に当たることをしてばかりなので、今更としか思えない。
ともかくも申し訳程度にお菓子を受け取り、お茶請けとしてテーブルに出した。お茶を飲みながら楽しくする話にはならないだろうが、お茶でもないと間がもたない。
「色々と聞きたいことがあるのですが……公弟は生きているのですよね? 毒を飲んだはずでは?」
「そのことだが、君たちが食べたクッキーに解毒剤が入れられていた。私は生姜入りのクッキーを好まないが、この時期の一般的なお菓子であるし、刺激が強いから解毒剤の味も誤魔化しやすかっただろうな」
「あのクッキーが……」
毒ではなく解毒剤ということだが、得体の知れないものを食べてしまったと今更ながら思う。
それなら確かに、公弟自身や同席者――あの場ではモードウェンだけだったが――は無事なまま、目的のカイウスだけを毒で害することができただろう。自身を含めた全員に毒を盛り、目的の人物以外には解毒剤で中和させるということなら。
「もしかすると、国王陛下にも同じ方法が使われたのかもしれない。陛下も用心しておられたはずだが、それでも毒を盛られてしまったのだから」
「摂取なさった毒が致死量に届かなかったのではなく、解毒剤入りのものを少しお召しになって永らえられたのかもしれませんね」
「そうかもしれない。遠からず明らかになるだろう」
モードウェンはお茶を口に運びつつ頷いた。飲むものひとつにまでそんなふうに殺意が紛れ込むことがあるなんて、やっぱり王宮は怖いところだ。そもそも食べ物が勿体ないと思わないのだろうか。貴族とはいえ庶民に近いモードウェンとは感覚がまったく違いそうだ。
疑問は他にもある。モードウェンは次を尋ねた。
「いくら立場が弱かったとはいえ、公弟は第一王子派の者ですよね。順当に行けばそのまま第一王子殿下が王位を継承なさるはずで、何もいま急いで国王陛下を害しようとしたり、継承権が低い第二王子殿下を狙ったりする理由が薄い気がするのですが」
「他国の意を受けて、と言っただろう? 国王陛下が崩御なさったり、引継ぎが不十分なまま兄が即位されたりしてこの国が不安定になる状況を望む勢力の差し金ということだ。実際のところ、そうした勢力は多い。実力行使に出る者が少ないだけで」
「…………」
王族は国の支柱のようなものだ。対外的な国の顔でもある。そこを揺さぶろうとする者がいるというのは当然だが、国内のみならず国外からも狙われるのか。モードウェンは今更ながら、王族の眩さの理由の一端に触れたような気がした。舞台照明のただなかに立って、羨望と嫉妬と悪意とその他さまざまなものを一身に受ける王族が今日まで存続してきたのは、思念や幽霊を跳ね除ける力があったから。もしくは、途中で獲得したから。そうでなければ残れず、淘汰されてしまったから。……そういうことなのだろう。
「こちらはまだほとんど調べられていないが、他国での爵位や官位や所領などの見返りを提示された可能性が浮上している。冷遇される現状を国内で打破しようとするのではなく、国外に活路を見出そうとしたのかもしれない。尤も、そういった裏切り者はどこの国でも重用されることはないだろうし、今回の計画も失敗を織り込み済みだろうとは思う。毒殺まで行かなくても、国を混乱させられたらいいと。実際、国境付近での小競り合いが増えていると聞いている」
「……そうなんですね。南方のことはあまり知らなくて」
「ゼランド領は北方だからな。そちら側に隣接している国々は問題のない友好国が多い」
北方の隣国は関係のいい国が多く、行き来も活発だ。関係がいいという理由ばかりではなく、力の弱い小さな国が多いという理由で、北方の国境は比較的安定している。正規軍同士が睨み合うことはなくても、山賊などが出るので国境警備の必要性が薄いという話にはならないのだが。
(国王陛下が回復傾向で、第二王子殿下もご無事。今回のことがばれなければ公弟は第一王子殿下に近い立ち位置を維持したのだろうけれど……)
「……第一王女殿下は!? もしかして、そちらに何か仕掛けられたりなんてことは……」
思い至ってモードウェンは声を上げた。第一王子以外が狙われるなら、彼女に何かあってもおかしくない。
カイウスは首を振った。
「今のところ、何もない。王位継承権は確かに姉の方が高いのだが、特に南方の国々は男子継承が根強いところが多い。そちらの感覚では私の方が邪魔だろう」
「……なるほど」
「しかし、今回のことは本当に助かった。嘆願の件も承知したし、その他の見返りも期待してくれ。君が望むのならドレスでも何でも贈るのだが、ひとまずは宝飾品くらいにしておいた。なるべく換金しやすいものを選んだ」
「……お心遣い、有難く」
似合うものを選んだ、ではなく、換金しやすいものを選んだ、ときた。モードウェンのことをよく分かっている。……なけなしの乙女心が不満を訴えたが、掻き消す。
「公弟が怪しいということは見当がついていた。しかし証拠もないし、どう追っていけばいいか分からなかった。君を公弟の近親が参加するお茶会に行かせてみたのも何かしらの取っ掛かりを掴むためだったのだが、うまくいったな」
出席者の一人、エルシーがボネア公爵の妹だった。公弟の姉なのか妹なのか知らないが、近しい立場なのは確かだ。
「お茶会で取っ掛かりですか? 仰るようなことは何もなかったと思うのですが」
「君の存在を印象付けた。第二王子に近しい新参者として。気付かなかったか? 今回の私に対する毒殺未遂が未遂でなかったなら、君は容疑者の一人だ。公弟はその立場を以て、君を犯人に仕立て上げようとしたはずだ」
「…………!」




