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 そもそも本当に国王が毒で倒れたのか、疑わしいのは本当に三人なのか、モードウェンは改めて裏を取ることにした。

 理由は簡単で、カイウスの言葉がまったく信用できなくなったからだ。まさかモードウェンに協力を求めておきながら、実際はモードウェンを監視していたなんて、人を馬鹿にするにもほどがあるだろう。彼はモードウェンのことをお人よしと評したが、彼に比べれば誰だってお人よしになるに違いない。

 カイウスへの疑いから、そもそもの話の裏を取ることにしたのだが、これは案外簡単に裏付けが取れた。

 アリシアは自身が侯爵夫人という高い立場にあるうえ、かつてカイウスと行動を共にしていたということもあり、王宮内の人脈が広かった。

 彼女の伝手は王族の侍医を務める医師団にも及び、毒で苦しんでおられる国王陛下へのお見舞いを選びたいので、どういった毒が使われたのかを知りたい、せめてどういうものならお見舞いの品として適うのか知りたい、というふうに話を運べば、国王が毒で倒れたということ自体の裏付けは簡単に取れた。

 国内外問わずさまざまな者が集まる王宮なので簡単な情報統制をしていたらしいが、国内の高位貴族にまで厳重に隠す類のことではないということらしい。適度に情報を漏らしておけば、舞踏会に国王のお出ましがなかったことについても、高位貴族の不満が宥められるということもあるだろう。

 その場にはモードウェンもアリシア付きの侍女のような顔をして同席したのだが、毒という言葉をアリシアが確信を持って口に出したあとは、医師団の方にもそれ以上隠そうというつもりはないようだった。まだ消化器が弱っているから食べ物は贈らないように、花のたぐいも好ましくない、半身を起こして過ごす時間が長いから書物などはどうか、そういったことを教えてくれた。

 王に毒を盛った可能性のある三人について、こちらもカイウスに教えられた情報が正しかったことが確かめられた。

 モードウェンは知らないことだったが、王だけでなく王子王女についても、その行動がかなり細かく記録されることになっているらしい。こちらはカイウスに頼んで、改めて確認しておきたいのだと言えば、帳面を管理する役人に引き合わせてくれた。

 カイウスのことが信用できないが、権力でも伝手でも使えるものは使うのが早道だ。

(……私、どうしてこんなことをしているんだろう……)

 その思いが頭をかすめることもあるが、どのみちお披露目までは王宮に留まらなければならないし、無事に過ごすためにはカイウスから離れられないし、彼からの見返りを得るためには協力者という名の監視対象でいなければならない。

 それでも、監視対象に甘んじるのは嫌だという気概くらいは持っている。

 彼が調査への協力を求めたのがどこまで本当か、どこまで方便か、それは分からない。でも、分かる必要はないのだ。建前上モードウェンは協力者なのだし、彼が何を意図しているにせよ、事件を解決すれば話はそれで済む。

 できれば国王の体調が回復するまでに毒殺未遂の犯人を見つけ、国王を公の場に出られるようにし、お披露目を済ませる。カイウスが狙われているというのはどういうことなのかを突き止め、解決し、彼からの見返りを得る。できればどこかで彼を出し抜いて、彼の鼻を明かす。話は簡単だ。三つめが一番どうでもいいが、一番重要だ。

(それだけのはずなんだけど。そもそも第二王子殿下は本当に狙われているの……?)

 キースの必死な様子が嘘だとは思えないが、あまりに何もなくて首を捻りたくなってくる。情報を伝えたことで彼が警戒しているためならいいのだが。

 そう思っていた矢先に、事件が起こった。


 その品評会は、カイウスの主催だった。もうじき行われる降誕祭に先立って、国内各地のオーナメントを一堂に集め、品定めする趣旨のものだ。

 降誕祭は古い時代の冬至祭の流れを組むもので、王族の祖に祝福を与えたと言われる聖人の誕生を祝うものだ。冬至祭の常として常緑樹が用意され、そこにたくさんのオーナメントが付けられる。

 即売会を兼ねたその品評会では、太陽や星を模した金属製のもの、木製の彫り物、飴細工や砂糖菓子までさまざまな種類の飾りが出品された。

 会場になる大きな部屋の一角では休憩スペースを兼ねて飲食可能な場所が設けられ、購入した商品や試食品を飲み物とともに楽しめるようになっていた。

 モードウェンはその会場で、疑わしいとされている三人のうちの残り二人、アーガイル公爵と、ボネア公弟と引き合わされた。

 カイウスが本当に調査の手がかりを得るつもりでモードウェンを引き合わせたのか分からない――協力するという建前を守るためだけかもしれない――が、とりあえずどんな人なのかを知っておくことは大切だ。少し前のモードウェンであれば雲の上の人を相手にしり込みしたかもしれないが、カイウスに腹を立てている今、そのくらいのことは怒りで忘れていられる。

 アーガイル公爵は渋い雰囲気で口ひげが豊かな男性だった。末端貴族のモードウェンに対しても慇懃な口調を崩さなかったが、まるで関心を向けられていないのがよく分かった。お茶会で一緒になった公爵夫人カリンとの間の息子が第一王女プレシダの婚約者だ。

 もともと立場が高いうえに、王族とさらに強く結びつこうとしている人だ。領地に特色もない男爵令嬢ごときに用などないのだろう、引き合わせたカイウスの顔を立てるかたちで最低限の挨拶だけを済ませ、さっさと立ち去ろうとした。

(……あれ?)

 モードウェンは瞬いた。彼の服装は礼に適った深緑の重厚な宮廷服なのだが、そのどこかに何故かひっかかる感じがしたのだ。その正体を掴む前に彼が移動してしまったから分からずじまいだったが、何だったのだろうか。

 アーガイル公爵とは対照的に、ボネア公弟は話好きなたちらしかった。恰幅がよく表情も柔和で、モードウェンがたいしてお金を持っていないことを察しているだろうに、当家が仲介しているものだとして、商品をいろいろと勧めてくれた。南方由来の珍しい細工物や、熱帯植物を材質にしたもの、そのまま飾りになる乾燥果実などを楽しげに並べてくれた。

(アリシアの話によると、南方には多種多様な毒があるということだけど……)

 しかし、この場でそんな話題を出すわけにもいくまい。モードウェンは相槌を打ちながら聞き役に徹し、商品に関心を持っているふりをした。

(一つくらい買った方がいいかしら……)

 いろいろと話を聞かせてもらっているとそんな風に考えてしまう。

「どれか気に入ったものはあったか? よかったら贈ろう」

 カイウスが言ってくれるのにぽかんとして、そういえば恋人設定があったことを思い出した。

「いえ、ええと……」

 どう反応するのがいいのか分からずに視線を泳がせると、ちょうど給仕がお茶を三人の前に運んできたところだった。ずっと話し込んでいたので気を利かせてくれたのだろうか。

 そのとき、トレーに乗った黒っぽいポットが、誰も手を触れていないのに動いた。

(…………!?)

 モードウェンはぎょっとしてポットを凝視した。とっさに悲鳴を上げなかったことを自分で褒めたい。

 モードウェンが凝視する先で、見る間にポットは拭われたように白くなった。それを給仕が取り上げ、カップに注ぎ分ける。

 公弟もカイウスも特段の反応を示していない。

(今のって…………)

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